死と永遠とよろこびと
第33話 毒はわたしの中に
新しく庭に置かれたベンチに私とアリステアは並んで座ってみた。家の壁を背にして脇にはバラの茂み。レンガの小路と花壇が見渡せて夏の息吹がみずみずしい。
とても居心地のいいベンチね、ありがとうジャック。
ギクシャクしていた私たちが一緒に庭に出るのをジャックとメラニーは嬉しそうに見送ってくれた。でもごめん、二人で話すのは陰惨な計画についてなの。アリステアは空を見上げて微笑む。
「ウィンリーを呼び出す手はずはついた」
オーリッジの店に、よ。そこでウィンリー子爵をどうするかというと、ダイアナの情報を引き出してから――殺すのよね。
「――保守派の議員に顔がきくとメラニーが言っていたわ。その人にお願いしたの?」
「勘がいいね。昔の知り合いの、知り合いなんだ」
「昔……」
そういえばこの人、私に教えてくれたより年上疑惑があるんだった。そんなことどうでもいいんだって、この件が終わったらそれも伝えなくちゃ。
「オーリッジは料理人だから、ここにある毒草が役に立つ」
「……盛るの?」
「うーん、料理の材料になったウサギがたまたま毒草を食べてしまっていたんじゃないかな」
「……なるほどね。よくご存じで」
「それほどでも」
ベラドンナのことよ。あれは人間には猛毒だけど、食べても平気な動物がいるの。だけど餌にすると毒はその体内に残る。料理すると危険なのよね。
「でも致死量になるかどうかわからないわよ?」
「サラリと怖いことをいうね」
「かわいい女性と優雅な会話がしたいわけ? こんな話をしている時点でもう開き直りなさいよ」
「いいや、やっぱりエルシーは面白いと思っているだけだ」
アリステアは楽しげに目を細めた。共犯者として認めてもらえたということかしら。だけど妻としてはどうなのよ。
私は私らしく生きるべきって言われたけど、こういう直截な物言いも私なの。そんな私はアリステアの目には好ましく映っているのかどうか。
「毒は料理人が足せばいい。渡しておけば恨みをたっぷり盛り込んでくれるだろう」
「こんな怪しげな呼び出しで供された物を子爵が口にするかしら」
「そこで『シェフをここへ』だよ」
調理した本人をテーブルへ呼び、皿から直接少量食べてもらえばいいのだとアリステアは笑った。
「オーリッジには少量の毒で死に怯えてもらおう。そうしたらその後に毒消しを飲ませてあげてもいい」
「助けるの?」
「いいや? その毒消しが体に合わないかもしれないなあ」
平然と笑うアリステア。こんな計画を立てて、なんとも感じていないのね。
この人がこれまでに何を経験してきたのか、知るのは少し怖い。だけどアリステアのことならば知りたいと思う。その隣でも私らしくいられるようでありたい。
「――ねえ、私も店に行っていい?」
「エルシー――」
「私を死に追いやった人たちのことだもの。あなたは私の復讐のためにそうしてくれているのよ。見届けるのは私の権利だし責任だわ」
誰かの生死に関わるのなら、隠れているべきじゃないでしょう。彼らの末路は殺人犯として当然のむくいではあるけれど、私もその結果を負わなくちゃ。
視線を交わして私が腹をくくったのがわかったのか、アリステアはうなずいてくれた。
「わかった、一緒に行こう――きみがウィンリーの前に出てもいいというのなら、さらにやりようがあるし」
「会ってみてもいいわね。義父になるはずだった人だわ」
考えたらクスクスと笑えてしまった。怪しい魔術に傾倒して使用人を殺す、ずいぶんとクズな義父ね。
とんでもない家に嫁入りせずにすんで助かったという感想しかない。だからセオドアさまに出くわしたからって嫉妬なんてしないでアリステア。
私の笑顔をどう受けとめたのか、アリステアは戸惑ったようだった。
「きみは……胆が据わってきたね」
「あら、ありがとう。あなたのおかげね」
「私は何もしていない」
「いいえ、得難い経験をさせてもらってるもの」
私は微笑んで庭の草花をながめた。いやされる景色。
だけどその中にも毒はひそんでいる。そよ風に揺れる草が、料理人の元へ運ばれるのを待っていた。
細かい手はずをととのえるのはアリステアがやってくれた。指示を出すのは、てことよ。
毒草を収穫して店に届けたのはジャックだし、生きたウサギを調達して肥育したのはオーリッジ。子爵とのやり取りを直接したのは私が知らない議員さんだった。
何もかも揃ったところに登場するなんて、私こそが大物みたいじゃない? ちょっとおかしいな。だけどありがとうアリステア。
「――さあ、いよいよね」
今日の私たちはきちんとした身なりでオーリッジの店におもむいた。子爵さまと面会するんですもの、元嫁候補としては礼を失するわけにいかないし。
「……料理の下ごしらえは出来てる。これで本当に俺を許してくれるんだな? ジニーをなんとかしてくれるんだな?」
おどおどと言いながら卑屈におびえているのはケネス・オーリッジだった。
彼は私に対してずっと幽霊を見る目のまま。本当に恐ろしいのが誰なのか、わかっていないのね。そして利用され、もうすぐ消える。
――哀れなひと。
そう思うけど、私は何も言わなかった。
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