第2話 死霊術師 ※流血注意
「――ッ! ケホッ! ゲフッ!」
咳込むと血の味がした。開けた目のすぐそばに男の顔がある。そしてその腕が私の胸をはだけ、押さえつけていた。
「やぁッ! ゲ、ホッ」
「動かないで」
悲鳴をあげ逃げようとしたけど、のしかかられていて起き上がれない。
私の服は上半身が切り裂かれ胸があらわにされ――男が手のひらで触れているのは確か撃たれたと思った場所だ。
「――大丈夫かな」
ふんわり微笑んだ男が手をどけた。
痛みはないけど待ってちょうだい、女性の胸ながめて平然としてないでよね!
「いや、ケホッ、あッ」
動いたら咳込んでしまい、血の匂いが気持ち悪く、必死で破れた服をかき合わせ、それが血まみれなことに気づいて真っ青になり。
忙しいったらないわ。
「なん、なに、これ」
「うん、いけそうだな」
この人ったら満足そうに言ってる場合? でも身を起こした私は周りがどうなっているのかを見て凍りついた。
「ライ、ラ……」
馬車の中は血だらけだった。
ライラは座席に伏せてもたれるように倒れていた。その背中は血の赤に汚れ、ピクリとも動かない。開け放たれた扉の外に折り重なっている二人のうちの片方は見覚えが――カークだろう。みな絶命しているのだとわかった。
「ひ……っ!」
息をのんだ私のことを男はにこやかに見つめた。懐かしそうな瞳でつぶやく。
「エリー……」
伸ばされた手は血に染まっていた。私は悲鳴を上げることすらできずに硬直する。私も血にまみれているけれど、それとこれとは別問題。
殺されるの? いや、さっき私、殺されてなかったっけ。もう何がなんだか。
「さあおいで、外に出よう。こんなところを人に見られたら、きみも説明に困るだろう?」
男は動かない私の背をぐいと抱いた。ひきずられるように立たされ、かかえられて外に出る。ひょいと地面に降ろされたが崩れ落ちそうになった。腰が抜けていた。
「あれ、駄目?」
ふわりと横抱きにされた。
「仕方ない、こうして行こう」
「やめ、放して」
「だって立てないんだろう? うーん、ちゃんと生き返ったはずなんだが」
有無を言わさずに運ばれる。
生き返った、てなんのこと。何があったの。あなたは誰。
混乱の極致にある私を連れて、男は嬉しそうだ。だけど微笑む口もとには血がこびりついている。ぞっとした。どう考えてもヤバい人でしょ。
ここは丘の間を抜ける街道だった。すぐそこに馬が一頭いる。男は馬の脇で私を立たせて腰を支え、鞍に置いてあったマントでくるんでくれた。
「着替えはどこかで手に入れよう。まずここから離れなくては」
馬に私を押し上げ、自分もまたがり、私を抱え直す。とりあえず大切に扱ってもらっているようで私は少し落ち着いてきた。歩き出す馬上で男の顔をまじまじと見る。
年齢は私よりいくつか上ぐらいだろうか。顔立ちは整っていて気品があった。血がこびりついていなければ見とれたかも。茶色の瞳に、黒髪は伸ばして左耳の下で前にくくっていた。揺れて少しくすぐったい。
「あなた、誰なの」
「――アリステア。アリステア・カーヴェル」
名前を聞いてもなんの心あたりもなかった。私はおそるおそる訊いてみる。
「……私たちを襲ったのは、あなたの仲間?」
「まさか。きみを殺したのは別の誰かだ」
「じゃあ誰が――え? っていうか私、殺されたの?」
「そうだよ。撃たれたの覚えていないのかい? だから生き返らせたんじゃないか」
覚えてるわよ。覚えてるからわけがわからないの。眉をひそめる私のことをアリステアはよしよし、と肩をさすってなだめた。
「本当のところ、生き返ったのかどうか。死んでるには死んでるんだろうな」
「――おっしゃる意味がわからないのだけど?」
「うん、きみはね、死体なんだよ。生ける
「はい?」
なんとも冒涜的なことを言われた。私は別に信心深くないけど、生きとし生けるものたちへ喧嘩売ってるわよね、それ。
「……怒ったのかい?」
「怒ったんじゃなくて、納得いかないのよ」
「そんなこと言われても――そうだ、私が
「――どう、てあなた」
絶句した。ネクロマンシーというのは確か、死体を操る魔術だったかと。
魔法とかなんとか、それこそお伽話。しかも死霊術だなんて闇寄りだし邪法だし――ていうか、そんなもの実在するなんて聞いたことないわよ!
「あれ、信じない?」
「……信じられるとでも?」
「そうだね、世は科学の時代だから」
肩をすくめてうっすら笑うアリステア。私に何を言われてもまったく気にする様子はない。
少し恐ろしくなって私はぶる、と震えた。
「寒い?」
「……違うわ」
そう言ったのにアリステアは私の体をそっと抱き寄せる。
初めて会った男。しかも死霊術師を名乗る奇妙な人。その腕に包み込まれ、息まで震えてしまう。
「やめ、て」
「やめない」
「嫌」
「きみは私のものだ。私が生かして動かしているんだからね」
ささやく声は甘く、でも言われたことはとんでもなくて、私は泣きそう。なんなのよ、これ。
私が怯えているのを見たアリステアはむしろ楽しそうに笑い、私を抱きすくめた。その腕は強くて、私の肺から息がふう、と漏れる。
ほら私、呼吸してるじゃない。
死んでるなんて、きっと嘘なんだから。
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