第29話 探索少女を観察中

 甘露の思惑に乗らないため、少し遠くのダンジョンまでやってきた。とはいえ、ダンジョン探索が目的ではない。基本的には暇つぶし目的だ。

 だって今、魂だけだし。


「さて、平日だが、女の子はいるかな?」


 要するに配信を見るのとやることは同じ。特に危険がなければ、それはそれで見守ればいいし、あれば首を突っ込んで逃げるだけ。甘露以外に特定されていないことから、甘露が特別おかしな能力者ってだけなはずだし、別段問題もないだろう。そもそも、女性探索者に死なれては困る。特に、俺の目の前で。


 というわけで、ダンジョン内を歩いていると、人影が見えてきた。黒い闇のような色をした衣服に身を包んだ巨乳の少女だ。やたら装飾が多く、とても探索に向いているようには見えないものだが、ダンジョンにいる姿からは、探索慣れしているように見える。平日だし、プロだろうか。

 試しに近づいて手を振ってみるが、俺に気づいた様子はない。


「やっぱり見えないよな。友ちゃんとやらも気づいていないっぽかったし。甘露、どうなってんだよ」


 行動力と能力は認めるが、それも限度があると思うのだが……。まあ、言っても仕方がない。


 見つけた少女は、スマホを操作すると、迷うことなくダンジョン内を歩き出した。先ほどまではウォームアップでもしていたのかもしれない。


「えっと、テンコだよ。今日も探索していくよ」


 ぼそぼそとカメラに向かって挨拶だけして、少女、テンコちゃんは探索を始めた。


 ちょっとびっくりして改めて手を振ってみるが、やはり反応はない。俺に気づいて話し始めたのではなく、配信を開始しただけみたいだ。と言っても、甘露と違い、カメラは回しているだけ。それも、初めこそスマホで顔を映していたが、今は腕に装着したスマホのインカメで撮っているだけらしい。画角がいいとは思えない。コメントも特に見ていないところを見ると、あまり熱心な配信者でもないのかもしれない。


「一人で攻略するのか?」

「『ファイア』!」


 当然、俺の質問は無視される。

 風船のように浮かんだ齧歯類のようなモンスター、ネズバルーンへ火球を飛ばし、焼き焦がす。

 それからも、テンコちゃんは容赦がなく、現れる魔物は次々屠って中層へと降りて行った。

 格好に対して、攻略スピードはハイペース。武器はワンドで、スキルの構成はおそらく魔法使いという傾向なのだと思う。実際、肉弾戦は一度として行わず、上層を突破した。基本的に遠距離で魔法を放っての討伐がメインのようだ。ただ、そんなスキルにも関わらず、ソロ。一人だけでのダンジョン攻略。


「仲間はいないのか?」

「『ファイア・ボム』!」


 中層へと進み、筋肉質な馬、マッスルホースに対して、上層で使っていたものよりも強力な魔法で迎撃。接近前の先制攻撃ということもあり、初撃で倒せず向かってきたモンスターも、距離を活かして着実に倒している。たしかに、中層、かつあまり人の多くないダンジョンであれば、間違って他の探索者に攻撃を当てる心配もないし、実力的に問題がなさそうに見える。それこそ、中・遠距離で戦うパターンの俺が憑依する前の甘露、みたいな印象だ。実力は決して低くない。

 だが、テンコちゃんは動きにくそうな装備のままで中層でもペースを落とそうとしない。攻略ペースを維持したまま下層へと降りてしまった。まるで、自殺志願と思えるほどのペースで、周りの目も気にせず突き進んでいる。


「待つんだテンコちゃん。きみは確かに優秀だが、下層で通用するほどじゃない。まだ降りたばかりだ、今ならまだ引き返せる」


 俺の忠告は虚しく響かない。聞こえていないということで、俺のことは変わらず無視して、テンコちゃんは進んでしまう。配信を見ている視聴者としてコメントをしていたとしても同じだろう。安全マージンは守り、トラップにも慣れで対処できるようになっていった甘露と違い、テンコちゃんにそんなスキルは感じられない。

 とにかく自分の力ギリギリまで進まないといけない。そんな、切羽詰まった様子で、硬くなってしまったかたくなな思考で、足を止める様子がない。中層までならまだ理解できる趣味装備だとしても、下層では力不足だろう。こんなもの、頭を押さえられた状態で潜水するようなものだ。限界が来たら死ぬしかない。

 そして、不運にも、下層で先手を取ったのはダンジョンにひそむモンスターの方だった。いち早く気づいたリザードマンは足音も立てずに、ダンジョン内を疾走してくる。対して、テンコちゃんは走り出したリザードマンに気付いた様子はない。


 力の見極めができないのは、勇気じゃない。それはただの無謀だ。


「『憑依』」

「んはっ」


 いつもなら、もう少し様子を見てから憑依するところだが、今回ばかりはそうも言っていられない。見ていられなかった、というのもあるかもしれない。だが、それ以上に、ここで放置すれば、近接戦を行えないテンコちゃんは、抵抗もできず、串刺しにされて死んでしまう。

 人間、生きているのは現実だ。いかにファンタジーな能力を得ようとも、現実にコンティニューはない。


「さあ、バトルの時間だ。切り替えろ、俺」

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