第10話 推しが重い
「聞くと言われても。はじめから複雑な話はしていません。話は単純です。私はヒキさんが好きなんです。だから、一緒にいたいんです。いてほしいんです」
当然の事実を言うように甘露は言った。
迷いなく、ためらいなく。
要求を聞こうと思っていたのだが、どうやら、本気の本気で第一の目的は好きという思い、のように見える。
「単に好きなだけ……? 本当にそれだけか?」
反射的にそう聞いていた。
いや、無理もないだろう。
正直、同世代からだって、俺は好きだなんて言われたことがない。女性からデートに誘われることなんて、ものの見事に一度としてなかった。
そんな俺が、年下の女子から好きとか言われるなんて、受け入れられるわけもないだろう。
「疑り深いですね。私が好きだと言ってるんです。信じるしかないでしょう」
「だが」
「あーもう! わかりました! 本当はどうにかヒキさんの方から引き出したかったんですけど、実力もヒキさんの方が上ですし、私から言います」
そこで、こほんと、甘露はひとつ咳払いをすると、改まった様子で俺の目をじっと見つめてきた。
「彼女にしてください。結婚してください。仲睦まじく一緒に暮らして、最期には、私のために死んでください」
「……」
なんかちょっと最後の部分は違う気がするが、告白は告白だろう。それも、愛の告白だ。
散々、こんな俺の好きな箇所を吐き出していた甘露は、わざわざ俺を見つけるためにスキルを使い、そして俺にこうして想いを伝え、俺を説得するために、ここまでやってきたってのか。
「まだわからないんですか? それはもう、意気地なし通り越して、警戒しすぎですよ」
「じゃあ家に来ようとしてたのは?」
「それは……、既成事実を作れたらなって」
「……」
家に行くと、なんかそういう関係ってことになるのか?
マジでわからん。
人との関係構築に難があったから、こうしてヒキニートとして生きてきた俺には、よくわからない理論だ。
「どうしてここまで言ってるのに、いいね、結婚しようって言えないんですか!」
「いや、キレられても困る。まだ俺に何かをやらせようとしている方が納得できるから。突飛な現実はこうも受け入れがたいのかと、自分でも驚いているところなんだって」
マジで本当にわからん。
喜ぶべき状況な気もするのだが、どうにも決断すらできない。
安易に、守るべきものを手にしたくないという気持ちもあるのだが、そうはいっても……。
「そんなに疑うなら、条件ってことでいいですよ」
あきれ返った様子で、甘露はため息混じりにそう言った。
もう俺を見る目にも、じゃっかんの期待外れ感が混じっているのだが、それでもまだ、俺をどうこうしたい気持ちは変わらないらしい。
なんだかここまでくると、おかしいのが俺のような気がしてくるのだが、俺は別に間違ったことはしてないよな……?
「ここの攻略をするか、私の問題を解決するために私と付き合うか……」
「二つに一つってことか」
人差し指、そして中指を順に立てた甘露に聞くと、彼女は首を横に振った。
「いえ、三つです」
「三つ?」
「はい。もしくは、私に憑依してその全てを実行するか、です」
「憑依……」
「憑依すれば、それも可能でしょう?」
どう実現するかは別として、憑依しながら対処するということも本気で考慮に入れていたのか。
「じゃあ、スキにしていいってのは、本当に? 言葉のまんまの意味ってことか?」
「はい」
「正気か?」
即答だった。
迷いなく、即座に返事を返してきた。
本当に、ちょっと助けたからって、俺が一体何をできると思っているのか。
わからない。
他人の魂が自分の体を占領してるってのは、嫌悪はすれど、好みはしないものじゃないのか。
「……」
わからない。だから俺は、黙ったまま甘露に近づいた。
甘露は逃げない。
まっすぐ俺の目だけを見つめて、その場から動こうともしない。
まるで、俺のことを恐れていない。恐怖する必要のないものと判断しているように、穏やかな表情で俺のことを見ていた。
「言ってることは本気か?」
俺は甘露の眼前、手を伸ばせば届く距離で立ち止まって聞いた。
「まだ疑ってるんですか? 本気の本気。大マジですよ。でも、意気地なしのヒキさんじゃ、何もできないと思いますよ?」
挑発するようなことを言っているが、それは言葉だけらしい。
甘露の表情は、あいかわらず愛おしいものでも、母親が子どもでも見るような、いや、彼女が恋人でも見るような顔で、俺のことを見ているだけだ。
なめられたものだ。
こんな薄汚い男に触られるのなんて、嫌で嫌で仕方がないだろうに。強がりも、大概にしろよ。
俺は甘露の髪に手を伸ばす。
「……」
撫でるように、すくように、俺は甘露の髪に指を通した。
初めこそ、俺の行動に面くらった様子だったが、甘露は言葉通り、嫌がる素振りを少しも見せなかった。
むしろ、俺の手を自ら引き寄せ、ほおずりまでしてくる始末。
「どうです? 手入れが行き届いていて、触り心地はいいでしょう? いつでもスキにしてもらえるよう。あれから可能な限り、体づくりに精を出してるんですよ?」
俺が助けてから、そんなに日は経っていないはずだが、嘘だと断じられるような、ものの言い方ではなかった。
初めて触る生きた女性の手触りは、とても柔らかく、そしてとても温かかった。
俺は確かに疑いすぎていたのかもしれない。
いや、違うな。こんなことしてるやつに感化されてどうする。
「甘露」
「はい」
「お前。覚悟が決まりすぎだ。たかが一度助けた程度で」
「程度じゃありません。その一度がなかったら、私は今ここにはいません。私の命は、ヒキさんのおかげでつながっていると言っても過言じゃありません」
「……過言だろ」
でも、そうか。甘露は俺をここまで信じてくれるのか。
過去の自分を慰めるような推し活も、方針転換の時がきたのかね。
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