第9話 俺の実力ねぇ

 俺が受けたダメージが偽物だと、バレていようが関係ない。都合のいい欲望があるのなら、そこに乗っかるだけだ。

 甘露はまだ、俺の傷を確かめていない。もう、面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。


 このまま押し切る。


「ゴフッ!」


 わざとらしくはあるが、内臓の損傷を装って、俺は吐血した。ように血のりを吹いた。


 嘘は大きく大胆に。


「……甘露の言うとおりになるかもな。俺は、さっきの攻撃で致命傷を負うような、貧弱なヒキニートだ。労働にすら耐えられない、弱い雑魚だ。わかったろ?」

「そんなこと、そんなことありません。だって」


 甘露は大きく目を見開いて、何度も左右に首を振った。


 手応えが薄くとも、ここまでゴリ押せば通りそうだ。

 実際に、血溜まりの中に倒れる俺を見れば、たとえ嘘だとしても、徐々に現実として刷り込まれる。


 これでいい。これでいい。


 だが、甘露は納得しない。俺を閉じ込めたいならチャンスのはずが、イヤイヤをする子どものように首を振って抵抗する。


「俺が意気地なしなら、お前は意固地だな」

「……わかりました」

「そうか? 俺から手を引くか?」

「いいえ。私がわかったのは、ヒキさんが私よりも能力が低い、かもしれない。という可能性だけです」


 それだけわかれば十分だろうと言いたいのだが、状況を理解し対処してきた甘露は、もうすでに、冷静さを取り戻しているように見える。


「なら、どうする?」

「ひとつ、聞かせてください」

「なんだ? それで諦めてくれるなら答えてやる」

「言いましたね?」


 俺から答えるという言葉を引き出すと、甘露は嬉しそうにニヤッと笑った。

 まるで、ここまでの対話は、俺にその言葉を言わせるためのものだったとでも言いたげな表情だ。


 そんなわけで、反射的に身構えてしまう。


 甘露は一つ咳払いをしてから、言った。


「ヒキさんは、どうしてこのダンジョンを攻略しないんですか?」

「できないからだ」


 疑われるより早く俺は答えた。


「ここで止まっているのが何よりの証拠だ。それに、甘露の攻撃をかわせないような俺が、このダンジョンを攻略できるはずがないだろ?」

「ここで止まっているのは今のことです。本来なら違うはずです」

「何を根拠に」

「ここは、特殊な能力を持つモンスターの現れない、純粋に力勝負を行えるダンジョンです」

「そうだな。ここのモンスターは、小手先の能力やからめ手は使ってこない」

「ええ。先ほどのキンググリズリーも、ここの個体は他とは訳が違います。今だって、震えが止まらないほどです」


 気づかなかった。


 完全に実力で勝っているから突っ込んだのだと思ったが、恐怖からそれを誤魔化すために突っ込んでしまったということか。


 言われてみれば、いや、ようやく震えを隠そうとしなくなったからか、甘露はガクガクと、膝から手から恐怖で震え、とても動けそうな状態ではなかった。

 疲労ではない。確実に恐怖からくる震え。それは、俺も知っている。ここのモンスターは、恐ろしく怖いのだ。いくらスキルがあろうとも、人間的本能が震えを強要してくる。

 他のところのモンスターとは、命を刈り取ることに対して余念がないと、体がわかってしまうのだ。


「それで? 俺が攻略できる証拠ってのは、その甘露がビビるほどのキンググリズリーを前にしても、震えひとつ見せないからってことか?」

「そこじゃありません。ここの別側面は、モンスターが特殊能力を使われないからこそ、初心者の練習用として重宝されている点です」

「ああ。他のところじゃ、入った瞬間視界を奪われて死ぬなんてこともあり得るからな」


 ここはそれがない。


 俺も近くに住んでいるのだ。遠方から休日を使って、わざわざ力をつけに来ている人たちをよく見かける。


「いい加減まどろっこしいな、何が聞きたい?」

「ここのダンジョン。他のダンジョンよりも、初心者が多いはずなのに、犠牲者がゼロなんです。しかも、強力なモンスターが外へ出たことも一切ない。他の同じようなダンジョンじゃ、こんなことはあり得ません。これは、ヒキさんの仕業じゃないんですか?」

「俺が何か小細工をしているから、初心者が安心して力をつけられ、外の人は安心して暮らせていると?」

「はい」

「だから、何を根拠に」

「根拠ならあります。小細工、いえ、細工。ダンジョン探索初心者が、間違って奥へ入らないように、奥にいる強力なモンスターが、間違っても外へ出ないように、ダンジョンの構造を捻じ曲げてありました。ここに来るまでの道のりも、他のダンジョンならあり得ない進み方をしていますよね? 実際、まっすぐ進んでいたはずなのに、階下同様のモンスターがいました」

「……」


 一度入って見ていたか。じっくりと、俺のいない間に。それとも今回の一回で気づいたのか。


「ヒキさんですよね?」

「それらがもし事実だとして、どうして俺だと?」

「痕跡です」

「……スキルか」

「はい」


 これは決まりだ。


 彼女は俺のやったこと全てに気づいて、何も知らないフリをして、俺に接近してきた。


 一度目は、完全に俺にすら気づかれないようにダンジョンへ潜り。

 二度目は、今、あえて存在感を隠さずに俺のところへとやってきて。


 このダンジョンはよく来ているから、探索中、もしくは家か何かと間違えたとしてもおかしくない。一度目はもしかしたらそんなタイミングだったのかもしれない。

 だから、今回は俺本体を追っかけていたのだろう。


「黙っているということは、図星ですね?」

「あははっ。はははっ。はーっはははははっ!」

「え、え?」


 もうこうなったら笑うしかない。


 ここまで的確に俺の所業を当てられたのは初めてだ。


「ああ。そうだ。甘露の言う通り。このダンジョンに細工をし、犠牲が出ないよう調整しているのは俺だ。バレちゃ仕方ない。隠しても仕方ない。そうだ。攻略しようとすればいつだってできる。攻略しない理由なんて決まっている。攻略したら潰れる。もう他にも似たようなダンジョンがあるとはいえ、潰れたら探索者が増えなくて困る。ダンジョンは需要と供給以前に害獣駆除の側面が大きい。そういうこと。普段の生活が快適な方が実績なんかより重要だろ?」

「やっぱり!」

「お見事だよ」


 実力差。

 これで、俺が攻撃をわざと受け、倒れているのが嘘だとバレてしまった。完全に露呈した。

 甘露なら、俺のやっていることに気づき、そのうえでヒントを頼りに、余裕をもってこのダンジョンを攻略するなり、管理してくれるかもと思ったが、まんまと策にハマってしまったわけか。


 それにこれで、俺は周りを見ることができない、ということは嘘だとバレてしまった。


「面倒だが、看破されたんだ。甘露、今一度、お前の要求を聞いてやろう。ただし、聞くだけな」

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