第44話 ヒキニートと探索少女の指導

 気を取り直してダンジョン探索。

 まだ少しばかり頭がほわほわしている気がするが、きっと気のせいだろう。


「そうだ。伊野尾のほうからも俺にしてほしいことはないのか? できればハグ以外で、あと探索関連がいいな」

「うぅ……」


 俺が先に釘を刺したからか、伊野尾は一瞬パーっとかがやかせた表情を、難しい顔でもするように歪めた。


「いや、特にないならいいんだが、探索に関して聞きたいこととかあれば、遠慮せず聞いてくれればと思ってさ」

「探索について?」


 どうやら今までほとんど一人でやってきたようだし、気になっても聞けないこともあったのではないだろうか、そう思っての提案だった。ただ、伊野尾のほうは、俺より余程優秀なようで、この提案にあまりピンときていないらしい。

 俺なんて、どうしたらいいのかわからなくて、周りに迷惑をかけまくりながら、なんとか探索者としてスキルを磨いていったというのに、うらやましい感性だ。


「ないならいいんだが」

「待って待って。比企、わたしに魔法を教えてくれない?」

「筋はいいと思うぞ」


 ぽんっと素直な感想を漏らすと、伊野尾は一瞬紅潮して硬直した。

 だが、すぐにぶんぶんと頭を振り出した。


「危ない危ない。危うくだまされるところだった」

「何をどうだまされるところだったんだ?」

「じゃなくって、もっとわたしを見てほしいの」

「伊野尾を?」


 まじまじと見るが、俺は残念ながらオーラや魔力の機微を感知できるほど魔法に関しては精通していない。わかるのはざっくりとした量程度。

 俺の体感としてだが、どうやらこの辺はスキルの中でも魔法系と非魔法系の違いが大きい部分のようで、幽霊みたいな俺の『憑依スキル』とは、また別のものらしいのだ。


 と、俺のスキルを振り返りつつ、しばらくの間、言われた通りに伊野尾を見つめていると、伊野尾は真っ赤になって顔を両手で隠した。


「そうじゃないそうじゃないの! 魔法を見てほしいの!」


 ちょっとうわずった声で言ってくる伊野尾。

 そう言われても、自分から言い出しただけに困ったな……。


「知っての通りだと思うが、俺の専門は魔法じゃないんだよ」

「でもぉ。教えてくれるんでしょ?」

「うーむ……」


 たしかに、才能がないだけで全く心得がないわけでもない。

 それに、一人での戦闘が多かっただろう伊野尾は、俺を守ることはあっても、俺との連携や俺の援護というものを考慮していない節がある。それなら、多分チームプレーの部分についてなら俺でも教えられるかもしれない。

 ま、集団行動も俺の苦手分野だが……。


「そうだな……、じゃあ、たとえばあれとかどうだ?」

「あれって、ここからじゃ何かはわからないけど、鉱石?」

「そう」


 俺はダンジョンにのみ存在している鉱石を指さした。あんなもの、探索者一人じゃ、モンスターを警戒しつつ採掘するなんて、ほとんどの場合できやしない。できたとしても、採り漏らしは覚悟する必要があるだろう。が、今はなにせツーマンセルだ。


「あの鉱石をこっから壊してここまで移動させられるか?」


 的までの距離としては、最初だしざっくり50メートルほど。


「モンスターに気づかれちゃうよ?」

「そんなら守ってやるさ。今は、俺とお前で二人いるんだ。どうだ?」

「わかった」


 こくり、と覚悟を決めたように伊野尾はうなずいた。今のところモンスターの気配はない。

 ゆっくりと狙いを定めて伊野尾の魔法発動。初めての的だからか、少し緊張しているらしく仕留め損なった。壁への魔法激突により、近くのモンスターたちが接近を始めた。

 続けて二発目。修正された火球は寸分の狂いなく鉱石へ激突。ただ、そんなタイミングでモンスター。


 いつかのようにリザードマンが姿を現した。


「あれは」

「気にするな。伊野尾は鉱石だけに集中しろ」


 普段はしない浮遊と移動によって引き寄せる動きのせいか、鉱石の動きは遅い。ただ、着実に動いてはいる。

 鉱石は反射具合からして、おそらく下層以下にしか存在しないクリアメタルだろう。どう使うかは詳しく知らないが、そこそこの値で売れたはずだ。硬度も高いはずだが、しっかりと破壊しているのはさすがだ。


 さて、俺も動くとするか。


 自分の肉体でのリザードマンとの戦闘は久しい。

 が、甘露と違ってトラウマになることすらなかった伊野尾は、姿を見てもひるんでいない。なら俺は失敗できない。

 軽く石を投げヘッドショットをかます。

 一体、二体、三体……。

 伊野尾の集中を切らさないよう静かにぶち倒す。


 そうこうしていると、鉱石は全て漏れなく伊野尾が運び終えていた。


「ふぅ」

「お疲れ。よくやったな」

「こんな探索初めてだよ」

「ただ、こうして前衛がいると、照準を調整できるだろ?」

「たしかに、考えてこともなかった」


 しかし、元から実力があったなら仲間くらいいてもおかしくなさそうだが、これは家庭の問題か?


「どうしてだ?」


 俺が聞くと伊野尾は照れたように、ちらちらとこちらを見てきた。


「なんかついてるか?」

「ううん。そうじゃなくって。ようやくいい人を見つけられたからかな」

「一人は同じってか」

「配信も見てる人はいなかったから」


 やっぱり、俺のジンクス、見る人は伸びないってやつか?


「ん?」


 俺は攻撃をこっそり防いだ。モンスターかと思ったが違う。甘露のちょっかいかとも思ったがそれも違った。受け流した感じからしてどうやら探索者らしい。それも、モンスターを狙っての流れ弾じゃない。


「くっ」


 それに、攻撃を隠すつもりもないようだ。誰かが魔法の雨霰を放ってきている。


「どうしたの?」


 そこで気づかれないってのは無理だったらしく、伊野尾にも気づかれてしまった。


「いやちょっとな」

「…………」


 ただ、伊野尾は俺たちに向かってくる火球の雨霰を見ておびえたように俺の背後に隠れた。


「ちょっとちょっと。何してんのさ君。せっっかく見つけたのに邪魔されちゃあ困るんだよ。いつものところにいるかと思って探したのにこんなところにいて。手間かけさせやがってさーあ?」


 声をかけてきたのは魔法をこちらに打ち出しつつ現れた男。メガネでしっかりした印象を受ける白スーツの男だった。

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