第45話 ヒキニートと白スーツのおじさん

 魔力量は人より多そうな白スーツの男は、眼鏡をかけ直す余裕を見せつつ、魔法の連打を続けていた。

 放たれているのは火球。火属性の魔法だ。と言っても一発一発は弱い。まるでゴムボールでも投げられている程度のものだ。だが、いかんせん量が多い。


 うざったいな。


 伊野尾と同じ火の使い手。探索者だし、伊野尾にも恨まれるようなことはあったってことか? いや、そんなことは関係なく、やっぱり俺が原因かもしれない。それならそれで、軽く相手してスキを作るまでだ。


「何してる。何の目的だ。どうして俺たちを狙う」

「チッ。この量を防ぐか。困るんだよ。ダメなやつはダメなままでいてもらわないと」


 俺ではなく伊野尾をあざけるように言う白スーツ。俺の質問に答える気はないらしい。今の様子を見れば、おそらく伊野尾の客ってところか。いや、まだわからない。同行者がいるからって俺もダメ人間という分類にかけては右に出る者がいないタイプだ。


「伊野尾、知り合いか?」


 伊野尾は小さくうなずいた。どうやら本当に伊野尾目当ての男らしい。


「……わたしの父。育ての親の秀郎さん」

「育ての親って?」

「おじさん。血縁上の叔父……」

「よく言えました」


 拍手をしながら白スーツの男は言った。どうやら、伊野尾の話は本当らしい。

 父親、育ての親、おじさん、叔父。


「ならどうして、育ての親が、こんな伊野尾を殺すような真似?」

「当然、人殺しなんかじゃないとも。私がそいつを今の性格に教育したんだから、立ち直ってもらったら困るってだけのこと。わかるだろ? せっかく手塩にかけて教育してきたんだからな。他のいい生徒には見下す相手が必要っていう理屈だ。わかるだろ?」

「は?」


 世の理でも語るような感じで、白スーツの男は平然と言った。だが俺の頭には男の言葉が入ってこない。そのせいで、俺はおもわず聞き返してしまった。

 もしかして、俺の耳が悪くなったのだろうか。もしくは、今の教育理論ってのはそんな腐ったものなのか? そんなわけない。

 なんだか頭が痛くなってきた。


「おや、こんなこともわからないのか?」


 俺の反応を見て、白スーツこと秀郎はバカにするように俺のことも鼻で笑った。


「見下す相手がいるほうがいいに決まっているだろ? きょうだいでも学校でも何でも、下がいるってのはそれだけで素晴らしい。見下すことができるほうは気が楽だ。違うかい? 落ちる恐怖にもなる。アメとムチってやつだよ」

「あんた、それでも父親か?」

「誰も外に漏らさなきゃバレない話さ。君もいなくなれば誰にも知られない。なら、問題だと思う人間は一人だっていやしない。これでも世間からの評価はいいんでね。罰されてないんだ。私のやり方は間違ってないってことさ。そもそも、探索者が法律を気にしちゃやっていけない。君の反応は今の時代でもなかなか珍しいな」

「正気か?」

「もちろんだとも、父と言っても義理だがね。だから教育したとも言える。他の子のため。我々の家系のため。利用価値を引き出しているまでだ。存在として有効活用しているのなら、褒められはしても、けなされるような覚えはないな」

「腐ってやがる。性根も、そして魔法の腕前も」

「チンピラ風情が何を言う!」


 怒りに支配されたせいか、一瞬魔法にスキができたタイミングで、俺は秀郎の魔法を跳ね返し、全ての火球を相殺した。爆発による煙で視界が真っ白に染まる。

 やはり、伊野尾よりも火球の威力が弱い。

 そう、軽くて薄い秀郎の信念のように。


「やめたらどうだ? その教師面。向いてないぞ。いや、腐った教師にゃ、この日本語もわからないか」

「チッ! 教師は腐っていない。舐めるなよチンピラ! それは我々にみずみずしい感情をくれるんだよ。悪者に取られるほど安くないわ」


 先ほどよりも大量の火球が、秀郎の周りに待機し出した。

 正当な父親の態度なら、俺だって伊野尾を引き渡しただろう。だが、目の前の白スーツには何がなんでも渡せない。

 俺は秀郎の魂の色を見た。

 さあ、汚いその手を止めてもらおうか。

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