第46話 白スーツの敗北
白スーツ男こと秀郎による単調な魔法の乱打は、俺たちには一切当たらない。弾幕の意味すらないその攻撃の中で、俺は余裕でスキル発動の準備を進める。
「クソッ!」
「クソか。いいな、俺がクソ教師に教育してやるよ」
「それは我々の専売特許だ」
「へぇ」
準備完了。
俺の変化に気づくことなく、名の通り、ヒデー野郎の秀郎は俺のにらみで魔法を止めた。
「な、あ……くっ」
ただ、秀郎本人としては無自覚だろう。魔法を止めようとしたはずがない。その証拠に、秀郎は何が起きているのかわからない、という様子で顔をしかめた。
ざまあない。
そして、俺の背後にいた伊野尾も、攻撃が止んだことで、不思議そうに顔を出した。
「どうし、て……」
「まともに動けず、魔法も放てないだろ? いい加減うざいんでな、俺が止めさせてもらった。今やここは、俺の空間と言ってもいい」
「何を、したぁっ!」
「そんな態度の生徒に教えてやるかバーカ」
「バカ、だとぉっ!」
「ぷっ」
激昂したように、区切り区切りで声を荒らげる秀郎に俺は笑いをこらえきれなかった。
そうして俺が笑ったのを見ると、秀郎はさらに顔を真っ赤にして、どうにか魔法を使おうとしている。そんなもがくようにジタバタする様が滑稽すぎてさらに笑える。
「比企、何をしたの? わたしは魔法を使えるし、別に動けてるよ?」
「ん? ああ、甘露の偽ファンにしたのと同じ、と言っても伊野尾にはわからないか。そうだなぁ」
「偽ファン?」
甘露には似たような状況を見せていたから、甘露に説明するなら楽だったのだが、見てないとなるとそれはそれで説明が面倒だ。
なんと言おうか。
「まあ、ざっくり言えば伊野尾に使ったような憑依の応用なんだよ。俺より弱い相手の魂を俺の支配下に置く使い方なんだ」
「弱いって、言ったか!」
「つまり、おじさんに憑依してるの? でも、元の体のままだよね? あれはどう見ても比企じゃないし」
「そう。わかりやすく言えば、手錠で拘束してるようなもんだな。相手が探索者みたいだから、今回は、しっかり見張ってないといけないって感じさ」
そのせいで、以前やった時みたく俺が自由に行動できるわけではなかったりする。今は本体である俺も行動が多少制限されているのだ。といっても、秀郎二人とかなら遅れを取ることはない。
「ふっ、ペラペラと喋って。バカはそっちだろう」
「おっと。まだ生きていたのか」
「なんだと!」
ただ、気絶すらしないでこうして会話ができる以上、秀郎は探索者としては、そこそこの実力があることに間違いはない。今俺たちがいるのが下層ということを考えても、優秀な無名の男、ということは裏付けられている。一人で下層攻略なんて普通誰もやりたがらない。罰ゲームにしたら殺人同然だ。
「ここまでして、タダで済むと思うなよ」
「そうだな。伊野尾。あとは任せた。タダで済ませなくっていいらしぞ」
「え……、そのまま倒してくれるんじゃ」
「くっふふ。そいつに、何ができるって言うんだ。任せた? 笑わせる」
「わ、わたしには……」
秀郎の嘲笑を聞いて、伊野尾は体を震わせた。
魔法が止まり、一度は落ち着いていた震えも再び戻ってきてしまっている。
「ほらな。ぶぁかめ。そいつにゃ無理だよ。無能のそいつは私相手に魔法を使うことなどできやしない。弱者は強者に虐げられるものなんだ」
「伊野尾、もし命を奪ってしまうかもしれないと思っているなら、そんな心配は不要だ。応急措置なら俺がしてやる」
「でも」
なおも不安そうに俺を見上げてくる伊野尾に俺は優しくほほえみかけた。
「無理強いはしない。ただ、弱肉強食は相手がお望みだ。今まで何をされてきたのか、俺はほとんど知らない。その怯え具合から、ろくな扱いはされてこなかったってことくらいはわかる。だがな、俺はお前に憑依できても、お前本人にはなれない。力を与えることはできても、お前の問題全てを背負うことなんてできない。だが、お前なら自分の問題と向き合える。それに、俺はお前ならできると信じてる。この状況を突破できると心から思ってる」
「比企……」
伊野尾は少しだけ、しっかりとした目で俺の顔を見た。
「それにさ、こんなヤツにつまずいてたら、甘露の相手なんてできっこないぞ」
「……、うん!」
吹っ切れたように、伊野尾は大きくうなずいた。気づくと、体の震えも止まっている。
「いい目だ。頑張れ」
「任せて」
「何が任せてだ。何が頑張れだ。チンピラと落ちこぼれじゃあ、私の相手なんて務まらんぞ」
「ふぅぅ」
伊野尾は大きく深呼吸してから、無詠唱でうさぎ小屋ほどの大きさもある火球を出現させた。その火球は驚くほどに安定していて、突然出現したとは思えないほど、形が美しかった。
「な、なんだそれは! どこから出した」
「……」
「おい、答えろ!」
秀郎をまっすぐ見据えたまま、伊野尾は落ち着いた様子で火球を秀郎めがめて押し出した。
「おい、やめろ。やめてくれ。そんなもの食らったら全身大やけどだ。お前の世話もできなくなる。おい、やめろ、話を聞け。あとでただじゃ済まないぞ。待て。落ち着け、話をしよう。なあ、おい。クソッ! その笑みを消せ! お、お前さえ、お前さえいなければ、あの家で私が一番だったんだ。私の居場所をこれ以上奪うな! あ、ああああああああ!」
秀郎にぶつかる直前で、火球はボフッと音を立てて消えた。
俺がスキルを解除すると、白目をむいた秀郎がその場で受け身も取らずにどさりと倒れた。鈍い音がダンジョンに響く。
「どうやら、魔法がぶつかる直前に気絶したみたいだな」
秀郎を中心にダンジョンの地面がじわじわと変色していった。
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