第47話 ヒキニートとほっとした探索少女
伊野尾は、気絶した秀郎にゆっくりと近づいて確かめるように顔をのぞきこんだ。異臭がするのであまり近寄れないが、それでも、秀郎はぴくりともせず、その場に倒れたまま動かない。
「もしかして、死んじゃったとか?」
不安そうに聞いてくる伊野尾に、俺は首を左右に振った。
「そんなことはないだろ。仮にも探索者だ。トラックにひかれかけてショック死、みたいなダサいことにはなってない、はず」
さすがに漏らした成人男性の安否を確かめる勇気は俺にはないので、『憑依スキル』持ちである俺の所見ってところにはなる。が、まあ、生きているだろう。
それを聞くと少しホッとしたように伊野尾が息を吐いたのがわかった。
ま、殺人ってなったらやりすぎだものな。問題の秀郎だって、教育方針が狂っていただけで、さすがに人殺しまではしてないだろうし。
「でも、これを本当にわたしが?」
今さらになって伊野尾は聞いてきた。俺はそんな伊野尾の肩を軽く叩いてやった。
「そうだよ。よくやったな」
「そっか」
励ますために思わず強く叩きすぎたのか、伊野尾はまるで脱力ボタンでも押したみたく、急に力が抜けたように、よろよろと、俺に寄りかかるように倒れてきた。
「大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫。安心したら、力が抜けちゃった」
俺が支えてやると、少しだけ照れたように伊野尾ははにかんだ。
「そうか。お疲れ」
「うん」
ただ、実際のところ、安心しただけってこともないのだろう。
俺のせいでダンジョン暮らしをしなくてはいけなくなったのかと思ったが、そうではないと言っていた。今の秀郎の件を一緒に考えると、秀郎の家で暮らすことに耐えられなくなってダンジョン暮らしをしていたのではないか。
それでも、いくら秀郎の家よりダンジョンのほうがマシだったとして、心も体も休まっていたはずがない。ここにきて限界がきたってところだろう。
「あはは、だらしないなぁ」
「そんなことない。大したもんだよ」
「そうかな? こんな、比企に支えてもらわないと立ってられないのに?」
自虐するように笑う伊野尾に俺は首を横に振った。
「そんなことは関係ない。過去を乗り越えるのはキツイことだ。俺のあおりなんか無視して逃げ出したってよかったのに、伊野尾はそうはしなかった。目の前の秀郎に立ち向かった。それは、誰がなんと言おうと誇っていいことだ」
「えへへ。そんなことないよ」
伊野尾は俺の言葉を受けて、恥ずかしそうに体をくねらせている。ほほも赤くして視線もそらされてしまった。
「いや、そんなことあるって。努力は報われないこともあるが、それでも、目の前の障害とどう向き合うかってのは、ずっと考え続けなくちゃならない。それを一つ、伊野尾は乗り越えたんだからさ」
「でも、比企のおかげだよ。一緒にいてくれたから乗り越えられたんだよ」
「もしそうだとしても、これは伊野尾の手柄だ」
「へへへ」
またしても照れたようにほほえむ伊野尾は少し困ったようにほほをかいた。
心がけから尊敬できる存在だが、今まで埋もれていたのが不思議なほど、才気あふれる女の子だよ。伊野尾は。
もちろん甘露もそうなのだが……、世の中ってのはわからないな。
「ねぇ、比企」
「なんだ?」
「せっかく褒めてくれたし、一つくらいわがまま言ってもいいかな」
「今までずっと我慢してたヤツみたいな言い方だが、まあ、俺に叶えられることならな」
またハグかと、先手を打ち忘れて身構えたが、伊野尾の言葉は少し違った。
「じゃあ、頭を撫でてほしいな」
「わかった」
ここでは何も言わずに頭を撫でてやる。
すると伊野尾は、すぐにうつらうつらとし出した。それでも必死に起きようとしているが、魔力の消耗も激しいのだろう、もう眠気が限界まできているのが俺にもわかる。
「なんだか、安心するな」
「それなら少し休め。モンスターは俺が倒しといてやるからさ」
「そうだね。うん、そうする」
家出して、ダンジョン暮らしという、俺よりハードな生活をしていた伊野尾は、すぐに全身を俺に預けてきた。グッと体重がかかったかと思うと、すぐに、すうすうという、かわいらしい寝息が聞こえてくる。
あまりにも早すぎる寝つきに心配になる。きっと、今にも張り詰めていた糸が切れそうなほど追い込まれていたってことなんだろう。
しっかしまあ、こんなタイミングで来たりするんだよな。誰かさんは。
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