第48話 推しと疲れた探索少女
さて、俺のアパートに戻ってみるか、それとも甘露の秘密基地へと舞い戻るか、そんなどちらにしても問題がありそうな二択で迷っていると、知っている誰かさんが接近してきていた。
「見つけたー!」
なんて大声で叫びながら、聞き覚えのある甘露の声がダンジョン内を響いてくる。
「しー!」
俺はそんな興奮気味の甘露を前に、人差し指を立てて静かにさせた。一瞬、怪しむように目を細められたが、甘露は不満を漏らすことなく、謎のホクホク顔で静止した。
こいつはこいつで俺の見てない間に何かしでかしてないといいのだが……。
そんな不安になるほど、甘露はいかにも嬉しいことがあったばかり、という感じの、にやけてしまうのを我慢しているような表情のままで、そっと俺の腕の中で眠る伊野尾に目をやった。
「遅かったな」
「遅刻でしたか」
「ああ。見ればわかると思うが、全て片付いた後だ」
とはいえ、俺たちのいるところまで、どうにかやってきたところを見れば、伊野尾が仕かけたというワナは無事突破できたのだろう。ワナにかかることに関しては右に出る者がいない甘露だが、同時に、ワナから脱出することに関しても右に出る者はいないからな。
「その子、寝てるんですか?」
「そうだな」
甘露の大声で起きなかったところを見ると、伊野尾は相当疲れていたんだろう。
甘露に、ちょっかいをかけられるように、ほほを何度かつつかれても、伊野尾はむずかるように頭を振るだけで起きる気配はない。
「ぐっすりですね」
「だな。ま、お前のファンやお見合い相手じゃないが、そこに伸びてるおっさんと一悶着あったんだよ」
「へぇ」
あまり興味なさそうに、甘露は冷たい目を秀郎に向けた。むしろ、秀郎を見て甘露は顔を歪めた。まあ、ひどい惨状だし仕方がない。
「でも、ヒキさんと一緒なら余裕で解決したんでしょうね。その子も、それはそれは幸運ですよ」
「なんでそうなるんだよ」
「だって、私もヒキさんと会って問題が解決しましたし、その前に命も救われてます。まさしく救世主ですよ」
「それは随分な信頼だな」
「当然でしょう?」
なぜか俺をほめるのに、ない胸を張って見栄を張る甘露。
まったく、甘露にしろ伊野尾にしろ、俺はそんな大層な人間じゃないのにな。一回や二回、たまたまその場に俺が間に合ったってだけで。
俺が黙ったまま甘露の様子を見ていると、甘露は困ったように伊野尾に対してまゆを寄せた。
「なんだ?」
「しかし、弱っている同志を叩くのは寝覚めが悪いですね。それに、今となっては色々と聞きたいことも、聞かないといけないこともありますし……ヒキさんのブロマイドのこととか」
「聞かないといけないこと?」
「こっちの話です」
「ふぅん?」
なんだか俺は聞かないほうがよさそうなことの気がする。聞いても、ろくなことにならなさそうな……。
それはさておき、同志ね……、今、この場で再開するまでは、むしろ狂ったように見境なく、伊野尾の命を狙っていたとしか思えないのだが……。
「本当にいいのか? こいつを倒さなくって。今が絶好の機会だろうに」
「人聞きの悪いことを言わないでください。私は同担拒否しない心のひろーいお姉さんなんですからね」
うさんくさっ。
「あ、信じてませんね?」
「そりゃあな。剣飛ばしてきてたし」
「そんな過去の話を引っ張り出さないでください。まったく、ヒキさんは仕方のない人ですね。私でなかったらバラして保管されてもおかしくない発言ですよ?」
「お前じゃなきゃ、そもそもそんな発想になりゃしない」
これ見よがしにやれやれと息を吐き出す甘露だが、こいつは絶対、どこか感覚がズレている。
「いいでしょう。私がいい女だということを示すために、まずは我が家に帰ろうじゃありませんか」
「甘露がいい女かどうかの話なんてしてないだろう」
「してました。もてなしで信じさせてあげますよ」
「家って、甘露の実家か?」
「何を言ってるんですか?」
なんだが俺がとんでもない勘違いをしているように甘露は不思議そうに言う。それから、当たり前のことのように俺の胸を小突いてきた。
「私たちの家ですよ。愛の巣です。それがどこかなんて決まっているでしょう?」
「…………」
あの、秘密基地のほうか。あれを家と呼ぶのは、まあこの際よしとしよう。伊野尾はダンジョンで生活していたのだ。ここじゃどうせ休まらない。モンスターの出ない場所なら万々歳だ。
「わかったよ。ついてってやる」
「愛の巣にね」
「愛の巣を強調するな」
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