第43話 探索少女とヒキニートの過去

 ここまでの話で伊野尾がどんな人間なのか少しずつ掴めてきた気がする。ただ、聞いていてもわからないことはある。特に、俺が伊野尾を見た時の状況だ。いや、学生であっても通信の学生ってところから、平日の昼間に外を出歩いていることは、もうすでに解決済みだ。が問題は理由のほう。なぜいたのか、なぜダンジョンを探索していたのかについては、まだよくわからない。


「資格とか過去とかは、それならそれでいろいろな事情があるんだろう。だが、ならどうして、死に物狂いでダンジョンの探索なんかしてたんだ? 拠点からして、毎日死にかけてたってんでもないんだろ?」

「それは、そうでもしないと生きてる意味がないと思って」


 少しだけうつむいて伊野尾は言う。

 若干表情をかげらせているところから、あまりいいことではないと自覚しているのだろう。

 そもそも、俺が憑依する以前から、伊野尾には少なくとも中層程度なら問題なく攻略できる能力があった。そのことを考えれば、資格がないことでモンスターのドロップ品を売れなくとも、ドロップ品自体で生活することはできたはずだ。

 俺からすればグレーなルールで運用してるし、抜け穴くらいありそうなもんだが……、そんなルールでも必要な人がいるんだろうな。


「人の役に立ってないから、何か意味がほしかったんだ」


 伊野尾はそう続けた。


「意味、か」

「そう。いつか起きたっていう、モンスターが地上へ出るのを食い止める壁になることができたらって。せめて、怠惰なわたしでも、他人のためにできることだと思って」

「伊野尾は怠惰なんかじゃないって。それに、人の役に立ってないってこともないだろ」


 俺の言葉に一瞬顔を上げた伊野尾はまばたきを繰り返して再び視線を落とした。

 俺が続けて何か言おうと思っていると、またしてもモンスターの出現で会話は中断させられた。

 今度もよろいゴースト。伊野尾はすぐさま狙いをつけて魔法を放った。下層ともなると、魔法抵抗力の高い個体が多いようだが、今回は魔法を二連発で当て、しっかりと倒し切った。俺の出る幕はないらしい。


「さすがだな」

「さっき比企が観察する時間をくれたおかげ」

「俺はそんなことをした記憶はないんだけどな」

「でも、さっきはわたしの代わりに倒してくれたでしょ? これでおあいこ」


 俺のほうが助けられている気もするが、伊野尾がおあいこというのだしきっとそうなのだろう。


「そういうことにしておくか」

「そもそもこの力は比企のおかげなんだよ? 比企のおかげで今なら前よりも多くの人を助けられる、かもしれない。探索者の力は、きっと非常時のほうが役に立つはずだから」

「……そうだな」


 人助け。それが伊野尾の動機。


 立派なものだな。


 それに実際、スキルが非常時に役立つというのはその通りな面もある。

 スキルのおかげで助けられる命もあるし、スキルのおかげでモンスターにも対抗できる。それこそ、甘露はふざけて俺に対して言ったのだろうが、飯屋さんのような人は、モンスターが地上にあふれた際に、多くの人を助けていた。今もきっと深層攻略を通して、ダンジョンの撲滅を目指しているはずだ。

 いつか、飯屋さんと知り合いだという人がそんな、嘘みたいな話をしていた。

 それはいつだったか……、どれくらい前のことだったか…………、思い出したくない過去だったか………………。


「やっぱり、伊野尾は俺よりも偉いよ。命をかけてダンジョンを攻略するってのは、よくやったとは言えないけど、しっかりよくやってるよ。何より今も生きて頑張ってるじゃないか。死んだんじゃ、何もできないからな」

「生きてるだけで偉いって? 比企って他の人にそんなこと言うキャラだったんだね」

「いや、これは俺のキャラじゃない」


 そう、俺のキャラじゃない。感傷に浸って口が滑った。

 …………守れなかったらどうにもならない。他人のために活動しても、その他人より前に死んだんじゃ、救える命も少なくなっちまう。

 そう。俺の元パーティメンバーのように…………。


「比企? どうしたの? 顔色悪いよ?」

「いや、なんでもない。大丈夫だよ。ダンジョンに長くいるのが久しぶりなせいだろう。あとはテレポートで酔ったのかもな」

「こんな時間差でくるかな?」


 ごまかすように目をそらしたが、実際にテレポートを使っている伊野尾の目をごまかせたかはわからない。体調が悪いわけじゃないが、いい思い出を振り返ったわけでもない。

 何気ないふりをして周囲を警戒していると、不意に伊野尾の腕で優しく抱きしめられていた。そのうえ、頭を撫でられている。胸が、顔に……、


「い、伊野尾!? 何してんだ?」

「さっきしてくれたお礼」


 片膝をつくような姿勢になりながらも俺は伊野尾に優しく包まれている。魔法によって綺麗にしているという効果かもしれないが、なんだかふんわりといい香りがして、張り詰めていた神経が自然とリラックスしてくるような感覚があった。


「どう? 安心できる?」

「……悪いな」

「悪くなんてないよ。わたしがしたいからしてるだけ。今は他の誰より比企の力になりたいから。困ってるなら、まずは比企を助けたいから」


 まだ力になるって話を引きずってるのか。

 でも、そうだな。差し伸べられた手は取るべき、だよな。


「ありがとな」

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