第42話 探索少女と過去
だんだんと伊野尾にキラキラした目で見つめられ続けるのが辛くなってきた。騙しているつもりはないが胸が痛い。
「伊野尾」
「なになに?」
「お前って、普段何してる人なんだ?」
厳しい、と言うよりも、方向性の違う関係かもしれないが、伊野尾はさぞ優秀な家系だろうと思われる。もしかしたら世に名の通ったものではないかもしれない。俺には甘露みたいな苗字として、伊野尾というのに心当たりがない。それでも、代々受け継がれてきた系譜、という可能性はないではない。
ただ、やはり、と言うべきか、伊野尾は聞かれたくなかったことを聞かれてしまった、ということが見え見えの固い表情のまま、固まって目を泳がせてしまった。
「言いたくないんならいいんだ。詮索しようってんじゃないから」
「通信の高校で勉強してるよ」
「通信の高校? なるほど……?」
それならダンジョン探索の名家でなくとも、平日の朝から探索していても不思議はない。
それならそれで、独学で探索者をしているっていうことも考えにくいものがある。数が少ないだけで、いることはあるが珍しい。となると、通信の学校で探索者のイロハを学んでるってところか?
しかし、俺がその辺のことを聞く前に、伊野尾はなぜだかおびえたようにビクビクした様子で、俺の様子をうかがっていた。
「なんだ? どうかしたのか? 精神汚染系のモンスターか?」
「ううん。そうじゃないの。わたし、普通じゃないから、怒られるんじゃないかって」
「普通じゃないって?」
「通信の子なんてそう多くはないでしょ? 働いてないで家にいるようなものだし」
「そうでもないだろ。勉強してるなら学生なんてそんなもんだろ? 怒られることなんてないだろうに」
ただ、言葉にしながら身に覚えがあった。人と違うってのは、他人が気にしているかどうかよりも、一部の変な言葉をかけてくる人間が全てに思えてしまうくらいに心が揺れる時がある。全員、おかしいと思って、自分のことを嘲笑しているんじゃないかって。親がいないなんてって……。
「ダメ、だよね」
「そんなことはない。お前は俺よりも偉いさ。俺と比べても仕方ないが、少なくとも俺より偉い。だから、決して底辺なんてことはないから安心しろ。その間には俺が滑り込んでいる」
「でも比企は」
「言ったと思うが、俺は学生ですらないヒキニートだぞ? 学生やってるなら、どんな形であれ何をおびえる必要がある?」
「でもでも……! にぃとはお仕事でしょ? それなのにわたしは」
何かを言いかけて、伊野尾はそこでやめた。
ん?
気にはなったがわからない。
それ以上に、変なごまかしをしなけりゃよかった。素直に労働も学業もしてないやつって言っておきゃよかった。
「あのな」
俺がニートの説明をしようとしたその時、伊野尾はまたしてもモンスターめがけて魔法を放った。
ただ、今回の相手はよろいゴースト。その名の通り、取り憑いたよろいによって性能の変わるモンスターだ。どうやら魔法は当たったものの魔法防御力の高いタイプだったらしく、一撃では倒せなかったようだった。
その能力からして、俺の同類みたいなやつだが、モンスターはモンスターだ。
対して伊野尾は、すでに意識を修正し、次は詠唱込みの魔法で倒そうというつもりらしい。
よろいゴーストは主に下層にいるモンスター。先ほどの植物系のモンスターがどんなのかわからないが、相性よく倒せただけで、おそらくここは下層だろう。捕まっていれば、増殖のための栄養剤として使われていたことは容易に考えられる。
「ファ」
「まあ待て。女の子に守ってもらってばっかりってのも、かっこがつかないからな」
「え」
魔法の詠唱が中断してしまった伊野尾をよそに、俺はこちらへ向かってくるよろいゴーストを前に、手近にあった壁を手で抉って、バスケットボール大の岩石を掘り出し、テキトーに投げた。
「え、え!? 比企、今なにをしたの?」
何かのスキルだと思ったのか、驚き聞いてくる伊野尾だが、俺の言葉は、ドガーン、という大きな衝突音によってかき消された。岩石がよろいにぶつかり粉々になったのが見える。よろいゴーストも跡形もなくなり、砂埃とともにダンジョンへ吸収されていることだろう。
「ってわけだ」
「ぜ、全然聞こえなかった! 何したの?」
「ただの投擲だよ。投球かな」
「うぅ。めちゃくちゃだよ。壁壊すし、わたしよりコントロールいいし」
「そうか?」
魔法のできない俺からすれば伊野尾のほうがよっぽどめちゃくちゃだと思うが。
「そうだ。一応確認なんだが、スキルは学校で習ったのか? 違そうな雰囲気だが」
「うん。でも、ほとんど独学。最初は家でも教えてもらってたけど、基本は見てただけだった」
「じゃあ自力で下層まで行ってたのか? それ、天才だろ」
「そんなことないよ。そんなこと、みんなできるから」
「できないって。免許はどれくらいで取ったんだ?」
そっと目をそらされた。
時間がかかったってことか? 取れるだけで普通はすごいことなのだが、そして高校生で取れるってのは今でもやはりすごいってことのはずなのだが。
「……取ってません」
ここだけ敬語で伊野尾は言った。
「無免許か」
またしてもビクビクしたように伊野尾は小さくうなずいた。
「俺は資格にうるさかない。そういうやつもいるだろ。ダンジョンだってギルドの管理が行き届いてないんだからな」
「でも」
「そもそも、だ。探索者の資格制度に関しちゃ、俺ははなはだ疑問なんだよ。元からダンジョンに住んでるような部族もいる。そういう人たちに資格がないからって追い出すわけにもいかないだろ? だから、後からでも取りゃいいんだよ。どうせ事故でスキルをもっちまうやつもいるわけだし。常に探索者は人材不足だしな」
俺の言葉をどうとらえたのか、伊野尾はいつもの幼い感じの笑顔を俺に向けた。
まあでも、家で探索について教えてもらってるってことは家族は持ってるってことなんだろうし、問題にもならないだろう。
「……ありがと」
「ただ、日本で探索者を続けるとしたら、取れるなら取っておいたほうが色々と便利だし、どこかのタイミングで取れるといいな」
「うん」
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