第34話 推しの基地に侵入者

 今日は、昨日よりかはおとなしく、甘露は学校へ行った。

 まあ、やたらと煽情的(本人が言うには)に着替えていたが、俺は華麗にスルーして見送った。

 さて、切り抜き作業こそできない環境ではあるが、スマホくらいは携帯している。SNSのチェックをしてみようか。


"リカちゃんの配信こそ癒し"

"どうしてこの子がこれまで埋もれてたのか謎すぎる"

"マジで実力も人柄もトップクラスの人材だろ"

"リカさんがいるから今日も生きられるわ"

"リカちゃんの次の配信マジ楽しみ"


「ふむ」


 色々と書かれているようだが、基本的に好意的なものが多い印象だ。それに、いつの間にやら、リカさんのハッシュタグまで生まれているようだ。甘露の話題はまだまだ続いているらしい。俺が知らないところでダンジョンへ行き、配信もしているようだし、二人いるんじゃないかってくらい甘露は働き者だな。

 もし俺が配信者でも、同じように本物のファンすら大事にできない気がするから素直にすごいと思う。

 そういえば、ずっと俺のコメントにも反応してたしな。見どころはあったはずなのだ。


 っと、あくまで、すでに人気者の甘露はついでだった。昨日の子。テンコちゃんの評価が気になって、俺は手錠状態ながらスマホを見ていたのだった。検索内容を変え、テンコちゃんのことを調べようとしたところで、俺はスマホではなく隣を見た。


 目が合った。


 そこには、いつの間にか人の姿。


「誰、だ……?」


 いや、俺は隣にいる少女を知っている。それこそまさに、昨日助けた子。テンコちゃんが、そこにいた。まるで、初めからそこにいたかのような様子で、テンコちゃんは嬉しそうに俺の目を見返してきていた。俺はテンコちゃんのそんな様子に思わずギョッとしてしまう。


「やっと会えた」


 若干、緊張混じりだった表情を少しだけゆるめて笑うと、テンコちゃんは地べたに座っている俺にハグしてきた。


「探したの。ここから逃げよ。わたしが来たからには、もうこんなところにいなくてもいいよ。助けてもらうために人を助けてたんだよね?」

「いや、え?」


 昨日の今日で何があった?

 待て待て、流されるな。


「そもそも、逃げるったってどこに? どうやって? 俺、手錠されてるし。と言うより、きみは誰?」

「とぼけなくっても大丈夫。わたしのことを見ててくれたのはあなただけ。わたしはわたしを見ててくれた人のためなら頑張れる」


 あくまで知らんぷりしようとした俺に、テンコちゃんはどこかで聞いたようなセリフを言って聞かせてくれた。

 他人のために頑張れるのは美点だが、それが俺に対して発動するというのは、世界ってのはわからない。


 こんなことになっては、それこそ甘露から、女だなんだと言われかねない。とか、無駄に考えていると、ぼそぼそと、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、テンコちゃんは何か言い始めた。


「なに?」

「しー。今集中してるから」


 ハグしたままの姿勢でたしなめられてしまったので、黙って、耳元で囁かれる声に耳を傾ける。

 それでも、何を言っているのか、はっきり聞き取れないほどの声量で、具体的な内容は判別できない。ただ、息が漏れる具合から、魔法の詠唱をしているらしい、という気はする。


「なあ。息が吹きかかってくすぐったいんだが」

「…………」


 深く集中しているのか、テンコちゃんの返事はない。俺の訴えに反応せず、テンコちゃんは一人、自分の世界の中で、魔法と格闘しているらしい。


 やけに長い詠唱。やけに長大な魔法の準備だが、それほどの魔法を詳しくない俺では、なんの準備か思い当たらない。


「もう少し離れてもよくないか?」

「必要なこと」

「そう、なのか?」

「そう。ふふっ」


 詠唱が終わったのか、それとも意識の分離ができるタイミングになったのか、息が吹きかかりそうな距離のままで、真っ正面から見つめられる。テンコちゃんの、見かけのわりに童顔な顔を前にして、自分がどんな顔をしているのかわからなくなる。

 無邪気なテンコちゃんは、俺の反応を見て、楽しんでいるようにも見えるし、新しいおもちゃをもらって喜んでいるようにも子どものようにも見える。その興味が、俺でなく魔法であってほしいところだが、実際のところはわからない。


「で、その魔法は、ここから逃げられるようなものなのか? どうやって入ったか知らないが、多分、出る方が大変だろう」

「大丈夫だよ。この場所はスキルの制限については特にない密室でしょ? 使うことに制限される理由がない、ね? だから、とにかく任せて」

「任せてって」


 それはわかっているが、スキルが使えることと脱出できることはイコールでは結ばれない。

 俺がいぶかしむように見るものの、まるで取り合わないテンコちゃんは、再度俺に強く抱きついてきた。


「わたしの体にしっかり掴まって」

「もう十分だと思うんだが」

「ダメ。危ないの。もっと」

「もっと?」


 言われるがまま、俺は自分からもテンコちゃんに体を寄せた。


「もっと!」

「いや、手錠されてるから、これくらいで限界なんだ。勘弁してくれないか?」


 腕を回すより、今のほうが掴まれている気がするくらいだ。


「今は仕方ないか。じゃあ、じっとしててね」


 俺は見ず知らずの女の子にいったい何をされているんだ。そんなふうに思っていたが、地上で魔法を使うための魔素の流れが感じられるほど、空間が魔力で干渉されていた。

 魔法の天才らしく、魔法の発動まで魔力が抑えられていたようだ。


「『テレポート』!」


 テンコちゃんの言葉とともに、俺たちは一瞬で移動した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る