第35話 探索少女とヒキニート
監禁の次は誘拐だったようだ。
テレポートまで使えるらしいテンコちゃんは、俺を連れて瞬間移動。やってきたのは知らないとこ。ダンジョンのような洞窟内だった。
「ここ、は……」
俺が聞こうとするより早く、テンコちゃんは謎の壁で囲まれた空間の整備を始めてしまった。
ふぅむ。
仕方なく自分で調べるために壁を触ってみるも、ダンジョンのものと似た、少しひんやりしつつもざらざらした壁、ということしかわからない。俺は壁マニアではないのだ。
それより気にすべきは光源か。灯りがどこにあるのかはわからないが、どういうわけか、周りを見るのに問題がない。外からの光でないことから魔法によるものか。
しかし、探索しているところを見ていたせいか、場所に似つかわしくないテンコちゃんの、あの装飾過多な黒い服装も、今ではそんなに違和感なくそういうものと思ってしまっている。
「えっと……」
目の前のテンコちゃんに、俺がなんと話しかけようか迷っていると、テンコちゃんは、照れたように頭をかきつつ振り返った。
「テンコって、呼んでくれてもいいんだよ?」
「てんこ……?」
「今さらとぼけることもないのに」
ちょっとだけ不満そうに、口を尖らせ言うテンコちゃん。
無駄な足掻きと知りつつも、俺はあくまで知らんぷり。だが、こんなところに連れて来られた時点で、そんなものに意味などないだろう。向こうは、俺が昨日憑依した男だとわかっている様子だ。転移前から、ずっと。
「昨日、リザードマンから助けてくれたの、もう忘れちゃったの?
ほーら。やっぱり。
どうして連続で俺の居場所がバレてるのかね?
「でも、テンコはあくまで配信者としての顔だろ?」
「ほーら。やっぱりわかってた! 一緒に戦ってくれたもんね」
「まあ、そうだな。テンコ、じゃなくって、えっと……」
「あ、そうだった。自己紹介がまだだったね」
てへへ、と失敗を恥じるようにはにかんでから、テンコちゃんは一度背伸びして、かかとを地面につけてから俺を見た。
「わたしの名前は
と、伊野尾は陰気な雰囲気の見た目と違い、元気いっぱいな感じで、少し幼さすら感じる挨拶をしてきた。
「俺は」
「知ってるよ」
今度は俺が名乗ろうとしたところで伊野尾に割って入られた。
「え?」
「知ってる。あなたの名前はもう知ってるよ。比企木守、でしょ?」
「そう、だが……」
「あったりー! アパートの方にいなかったから探しちゃったよ。でも、近くにいてくれてよかった」
どうやら、今は留守にしている俺の住まいのほうにも顔を出していたらしい。甘露にしてもそうだが、最近の女子高生というのは個人情報を収集するスキルに長けているのだろうか。それとも、俺の個人情報がどこかから流出して、筒抜けになってるってだけか?
いずれにしろ由々しき事態だ。
問い詰めようと伊野尾のことを見たところで、伊野尾はすでに作業に戻っていた。手際よく、陣地作成を進めている、のだと思う。なるほど、ずっと住んでいるわけではないだろうが、魔法使いとしての工房、という役割もあるのか。甘露の秘密基地じゃないが、人に知られていない拠点というのは、案外役に立ったりするものだ。
「あ、ごめんなさい。いつも一人だから作業に集中しちゃって」
またしても振り返って笑う伊野尾。
たしかに、俺がいることを気にした様子も見せずに、伊野尾は作業に集中していた。社会性がないと言えばそうかもしれないが、天才なんてどこかずれていることを思えば、これくらい許容範囲だろう。
「いや、いい。続けてくれ」
「じゃなくって。わたしがどうして知ってるかの説明、してなかったなって」
「してくれるのか?」
意外な言葉に、俺は思わず飛びついてしまったが「うーん」と、あごに指を当てて考えるような仕草をしてから「やっぱり秘密!」と、伊野尾は笑ってごまかした。
「だろうな」
「でも、比企はわたしを助けてくれたんだもん。名前くらい知ってて当たり前だよ」
俺にはわからない理屈だが、伊野尾にとってはよくわかるものらしい。それで話は済んだとばかりに、またしても俺に背を向けてしまう。
「ちょっと待っててね。もう少しで準備が終わるから」
「わかった。好きなだけやってくれ。待つのは得意だ。待つのが仕事とも言える」
「どんな仕事?」
「ニートだな」
「にぃとってどんな仕事? わたし、あんまり外のこと知らないからよくわかんない。何かの略称?」
純粋そうに作業の手を止めてまで聞かれてしまえば、普段の自虐ネタも反応に困る。たいてい苦笑いを浮かべさせて会話をぶち壊し、あとは静かにしていられるから好きなのだが、甘露には通用しないし、こうして興味を持たれてしまうのでは、考え直したほうがよさそうだ。
「ねぇねぇねぇ! にぃとって何?」
「ニートってのは、立ったり、軽く動いたりしてる時に体が生み出す熱のことだ……ったと思う。つまるところ、普段からいつ、どこで、何があろうと最良の状態になっているよう準備しておくような仕事だな……違うけど」
「難しいお仕事なんだね」
眉を寄せて、俺の言っていることが理解できないのが悲しそうに、しょぼくれて作業に戻っていった。おとなしく自宅警備員と言ったほうがよかったかもしれない……。
不意にそう思ってしまうくらい、目の前を歩き回る伊野尾は、先ほどまでのキレがなくなってしまった。今も素早い動きではあるものの、服装のせいで遅くなっていると思えるような、そんなのっそり加減だ。
それから、待つこと数分。
「ささ、来て来て!」
ようやく何かが終わり、俺に見せられることが嬉しそうに、先ほどニートがわからなかった時とは打って変わって、表情明るく、伊野尾は俺を手招きしてきた。
やけに楽しそうなのが気にかかるが、手錠をされた状態の俺では特にできることもない。ちょうど待つのにも飽きてきていたので、俺はおとなしく伊野尾についていくことにした。
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