第36話 ダンジョン住まいの探索少女

 今の状況はまるで納得いかないが、仕方なく案内されるまま進んでいくと、ダンジョンの中みたいな場所にリビングのような空間があった。


「……ここ、ダンジョンじゃないのか?」

「ダンジョンだよ? わたし、ダンジョン住まいなんだ」

「ほう」


 拠点、ではなく、住居としてダンジョンを活用している、という話か。実際に出会うのは初めてだが、日本にもダンジョンで生活している部族がいると聞いたことがある。それとは違うのかもしれないが、多分そんなイメージだろう。探索者の一部も地上に数十年単位で出ない人とかいるらしいし、ストイックっぽい伊野尾なら納得はできる、か。


「って、そうじゃなかったのに!」


 伊野尾は、なぜか頭を抱えて、わーわーとわめきつつ、失敗したと叫び出した。


「どうかしたのか?」

「ようこそって、比企を招くつもりだったのに。わたしのアジトへようこそ、って言おうと思ってたのに! 計画外に紹介しちゃった」

「まあ、そんなこともあるだろ。うまくいかないことも合わせて人生なんじゃないか?」


 テンションから、おそらく年下か同い年だろうと思っていたものの、こんな妙な生活をしているところに加え、甘露よりも育った身体を見ると、もしかしたら年上かもしれない、という不安が脳裏をよぎる。それなら俺に対して敬意の薄い態度も納得できるが、どうだろう……今からでも敬語に変えたほうがいいか?


「ありがとう!」


 そしてハグ。なぜかハグ。テレポートの時にしていたのよりも熱烈に抱きついてきた。

 うぅん。わからん。


「ハグが好きなのか?」

「う、うん」


 少し照れたようにうなずく伊野尾。


「比企、大きくってあったかいから安心する」


 残念ながら、手錠をされた状態では、立っていようと、探索者相手にまともな抵抗はできない。ハグが好きらしいということはわかったが、俺はされるがままに抱かれるだけだ。


「比企が初めてわたしを助けてくれたんだ。わたし、それまでずっと、一人で戦わなきゃいけないって思ってた。誰も手を差し伸べてくれないんだって。でも、比企に命を救われて、やっと安心できたの。人があったかいって、初めて思えた」

「そうか……」

「子どもっぽいかな?」


 気にした様子で俺を見上げてくる伊野尾の目は少し不安げで、俺にすがるような色が見える。甘露の、ファンがいなかった、というのとは、また違う背景がありそうな目だ。


「どうだかな。少なくとも、ハグが好きなのは欧米的なんじゃないのか? 挨拶でするっていうじゃないか」


 俺の言葉がどう響いたのか、伊野尾の顔はさらにみるみる赤くなりつつ、俺のことを抱きしめるうでに力が込められた。甘露と違い、伊野尾は魔法使いなせいもあって、力が込められても俺の体がきしむことはない。俺としても悪くない。


「好き。比企、好き。大好き。わたし、ずっと辛くて、ずっと消えたかったの。なのに、消えられなかったんだ。でも、もう消えたくない。比企のこと、一生離さないからね」


 目の奥から感じられる闇。それは、ただひたすらにダンジョンの奥を目指していた時に見た伊野尾の目と同じものに見えた。何かに救いを求めて、その先に依存するような目。


「それで、あんな自暴自棄になって、ダンジョンにもぐってたのか?」

「……うん」

「少しくらいはわかるな」


 どんな追い詰められ方をしたのか、詳しくは聞かない。だが、この世は人を狂わせる。俺も一時期やけになって、何がなんでもってダンジョンにもぐっていた時期があった。自暴自棄で自己犠牲的で投げやりな救いを求める行動。誰かを助けて自分が助かろうとしての行動。それは、今も同じか。

 まともに取り合っていない。単なる自分を重ねただけの発言だったが、伊野尾はなぜだかパーっと顔を輝かせる、嬉しそうな、同士を得たみたいな顔をしていた。


「わたし、比企に依存したいの。もたれかかって生きていきたいの。もう、一人はいや。でも、いいよね?」

「うーん……俺だけならそれでもいいんだが……」


 俺としちゃまったく悪い話じゃない。甘露の時にも思ったことだが、可愛い女の子と一緒ならどんな状況もさほど悪くない。俺も男なのだ。

 だが、俺以外がどう思い、どう行動するかまで、コントロールできると思わない。そもそも、そんな面倒はごめんだ。そして、それなら、甘露のことは、かなりの面倒ということになる。


「わたしも、やれることはやるから。ね? だからお願い。わたしをもう一人にしないで」


 切実に切望するような声。


「伊野尾、自分を安売りするな。お前は優秀なやつだ」

「でも、一緒じゃないならそんなの意味ないもん」

「伊野尾どうこうじゃないんだよ。お前は何も悪くない」


 そこまで言ったところで、俺の手首につけられた手錠が、ご主人様の接近を知らせるように、ブルブルと震えた気がした

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