第13話 悔い改めろ

 俺はまだ何もしていないのに、甘露のお見合い相手である石崎は、単なる気迫だけでびくびくし出した。


「ま、待て。落ち着け。話せばわかる」

「武器を掲げてるヤツが言う言葉かよ」

「いや、これはちがっ……」


 石崎は慌てた様子で剣を背中に隠した。さっきまでの威勢はどこへ消えたのやら。

 しかし、こんなところを見ると、やはりこいつは探索者じゃない。ただの一般人だ。

 だが、だからといって、平気で他人を踏みにじるヤツを野放しにするわけにもいかない。


「まずはお前が、その剣を捨てるべきなんじゃないのか?」


 ダンジョンの壁に石崎をぶつけるようにはじき飛ばしながら、俺は石崎との距離を詰めた。


「かはっ」


 大の字で壁にぶつかったことで、肺に入った空気を大量に吐き出した石崎だが、気絶するような威力じゃない。

 これくらいで気絶してもらっては困る。


「や、やだなぁ。これはモンスター用ですよ。人間に対しては使いませんって」

「人間に対しても使ってるって話じゃなかったか?」

「……」

「おいおい、だんまりかよ」


 石崎は壁に背中をすりつける形になりながらも、目を泳がせて必死に言い訳を考えているようだった。

 甘露に対して行ってきた悪行。加えて、自慢げに話していた他人の権利を奪ってきた行いに対する言い訳を。そして、その他大勢を見下してきたことへの言い訳を。


 しばらくして、ようやく言い訳を思いついたのか、石崎は口を開いた。


「あれは言葉のあやですよ」

「は?」

「別にひどいことは何もしていません。剣を持ってやめろと言っただけです」

「それで、さっき言ってたことになるのか? 女に探索なんて無理だとか。お前に媚びてればいいとか。そういうことを言うために、剣まで振り回してたってことか?」

「いやぁ……。そーいう時も、あるんじゃないかなぁ? なんて……」

「ねーよ」

「うっ……」

「あるわけないだろ。剣を突きつけて、お前が間違ってる、とか言う状況なんてねーよ。それとも、今だってそうするつもりだったのか?」

「……」


 石崎は何も答えない。

 答えることができないのか、また次の言い訳を考えているだけなのか。


 そんなこと知らない。考えたくもない。


「いいか。お前が踏んだのは、猫のしっぽみたいなかわいいものじゃない。虎の尾だ。命までは奪わないが、償いぐらいはしてもらわないとな」

「そ、そうそう! あなた、僕なんかよりよっぽどすごい探索者みたいですから、この剣あげますよ。だから離してください」

「ほう?」


 剣。

 それを手放す気になったのは、少し変わった証拠かもしれない。

 少しは観念したのかもしれない。


「くれるってんなら、もらっといてやるよ」

「じゃあ」

「だが、それとこれとは話が別だ」

「そんな……」

「お前。甘露に対する行いを改めるとは言ってないだろ」

「……」


 まただんまりか。


「そうかよ。あとで甘露に当たり散らせるから、今のことはやり過ごせばいいと。剣もまた他のを買えばいいと」

「そ、そんなわけないじゃないですか! やだなぁ!」

「一度として、甘露を思いやる言葉も口にできないのにか」

「さっきあなたに言ったこと、あなたを罵倒したことで不快にさせたんなら謝りますよ」

「俺が謝ってほしいわけじゃない」

「じゃあ、どうして怒ってるんですか。謝ってほしいわけじゃないなら、どうして怒ってるんですか!」


 目を血走らせ、石崎はツバを飛ばしながら言ってきた。

 え、こいつ逆ギレしてきたんだけど。


「わからないのか?」

「ええ。わかりませんよ。どうして僕がこんな目に遭わなくちゃならないんだ。あなたにはまだ何もしていない。甘露さんがどうなったって、あなたにとって何も関係ないでしょう。あれですか? 尻尾を振られて気分良くなっちゃったんですか?」

「お前!」

「ぐ、うぅ」

「それ本気で言ってるのか?」


 俺の問いかけに、石崎は怪訝そうな表情を浮かべるだけ。

 今、自分が置かれている状況が、どうして甘露を理由に責められているのか、まるでわからないといった様子だ。


「謝るんじゃ足りないなら、お金もあげますから」

「違う。甘露のことだよ。甘露にお前がやってきた愚行についてだ!」

「……」

「正義どうこうの話がしたいわけじゃない。だが、お前がやってきたこと、これからも続けるってんなら」

「わ、わかりましたから、離してください。やめますから」


 懇願するように石崎は言った。


「ダメだ。まだお前の口から聞けてない。甘露との関係をどうするのか。やめた程度じゃやり方を変えるだけだろ」

「……。甘露さんとの関係は僕のせいってことで終わりにします。だから離してください!」


 口約束。

 だが、それで十分だ。

 魂の拘束。俺の憑依はいつまでもついて離さない。


「言ったな」

「ええ。言いましたよ。だから離してください」

「自覚があるならそれでいい」


 俺も壁に押しつけるのをやめてやる。


「もう甘露の前に二度と姿を現すな」

「わ、わかりましたから」

「消えろ」

「ひぃっ……」


 石崎は脇目も振らず逃げ出した。


 これであの男は甘露の前に姿を現すことはできない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る