第14話 嬉しそうな推し

「やってしまった〜」


 どうしよう。謎の剣をもらってしまったうえに、怒りのままに甘露のお見合い相手を蹴散らしてしまった……。

 いや、あの石崎とかいう男は別に生きてるけど、殺してないけど……。

 つい、カッとなってやってしまった……。

 でも、探索者を装うなら張り手くらいかわして欲しかったよな。

 っていやいや、こんなんだから、俺はいつまで経ってもヒキニートなんだよ……。


「はぁ……。だからって、甘露に、もう大丈夫だから約束はなしね。とは言えないしなぁ。そのくせ、ダンジョンを潰すのも、これまた無理な話だ」


 初心者や後進が育たないというのは、趣味で探索をしている俺からすれば大問題。死活問題と言ってもいい。

 日々の癒したる、初々しい新人の探索配信が増えないというのは、俺にとって悪夢だ。あと、今探索者だから、という理由で仕事を押しつけられるのも嫌だ。


「ダンジョンを一つ潰すなんて、そんなことはできない。新しい芽を摘むなんて残虐なこと、俺にはできない……」


 あーあ。

 とか考えていたら、もう甘露の姿が見えてきてしまった。


 どうしよう。実は偽物でした、とかないよな。ないよなぁ……。


 甘露の心の底から嬉しそうな、まるで十年越しに飼い主と再会した犬のような表情とは対照的に、俺の心は曇っていた。


 というか、甘露の顔。俺に見せるような顔か?


 正直に言えばかわいい。いや、かわいいに決まってるだろ。甘露はかわいい。笑顔でなくてもかわいい。それが心を許した相手にしか見せないような顔をしているのだ。


 そんなのかわいいだろ。だって俺の推しだし。


 まあ、普通に困ってたら助けるんだけどなぁ。状況が状況ってだけなんだよなぁ……。


「お帰りなさい! 何してたんですか?」


「あ、ああ。なんだろうな」


 なんて答えればいいんだろう。結局、何も思いつかなかった。


「隠し事ですか? それはなかなかにひどいことを」

「いや、違う違う。決してそういうわけじゃない。なんと言えばいいのかわからなくてな」

「人助けですか?」

「そこまでのことじゃない。俺はそこまでお人好しじゃない」

「十分お人好しだと思いますけど」


 お人好しなら、好きなやつのお見合い相手にあんなことしないだろ。

 俺にとって正義なんてどうでもいいから、あんな、人を脅して説得(暴力)するなんてことができるんだ。理由が違うってだけで、悪人と同じ真似ができるんだ。


 カッとなって他人の行動を否定するなんてことができるんだ。


 だから、これは……。


 いや、


「似たようなものだな。人助けっちゃ人助けだ」

「やっぱり人助けなんじゃないですか。どうして隠そうとしたんです? 今さら恥ずかしがることでもないでしょうに」

「隠そうとしたわけじゃないんだが、なんと言うべきかわからなくてな」

「そんなに厄介な相手だったんですか?」

「まあ、厄介な相手ではあったよ」


 本当に、誰に何をしたのか話していいのなら、甘露に対して正直に白状してしまいたいくらいには厄介だった。


 だけど、そんなわけにはいかないし……。


「探索者にもそんな人がいるんですね」

「ああ。だからまあ、仕方なく、脅して帰ってもらったよ」

「野蛮人相手なら仕方ないですよ」

「まあそうだな。アレで命拾いしたんだろうし」

「へぇ〜?」

「この辺のモンスターに襲われてたら、反応できずに死ぬところだったはずだ」

「その人、よかったですね」

「え? 俺に脅されたんだぞ?」

「いや、脅されたとしても助かったんでしょう? ここらでモンスターに襲われないのは、単にヒキさんがいるおかげでしょうし、本当に、ヒキさんがいなかったら死んでたんじゃないですか? それならやっぱりよかったんですよ。たとえ悪人でも、死んだら嫌じゃないですか」

「……ああ。そうだな。その通りだ」


 悪人でも死んだら嫌、か。

 甘露に言った覚えはないが、伝わってしまったのだろうか。それとも、おんなじ考えを持っていたのだろうか。


 そんなのどっちでもいいか。


「ヒキさんはやっぱり優しいですね。結婚してください」

「嫌だ。ナチュラルにつなげてくるな」

「えー。今のは、私がヒキさんの人格的な素晴らしさに惚れて、結婚を申し込む流れだったでしょう」

「そんな流れはない」


 悩んでた俺がバカみたいじゃないか。


 クスッと俺が笑うと、甘露も優しくほほえみ返してくる。


「やっと笑ってくれましたね。お疲れ様です」

「気を遣わせて、悪いな」

「いえいえ、嫁として当然ですよ」

「嫁じゃない」


 ちょっとは感謝した俺に謝ってほしい。


 ただ、関係を歪めようとしてくるのはそのままだが、あまり詮索してこないのは意外だな。もう少し掘り下げてくるのかと思っていたが……。


「そういえば、私は何も感じなかったのに、よく気づきましたね」

「え? ああ」


 そっちのが気になるのか。

 そりゃ多分、隠匿系の道具か何かなんだよなぁ。しかも、甘露に対してだけの効力強いやつ。

 このセリフでそれが確定してしまったし。どうしようか。


「多分、アレだよ。忍者的なスキルだったんだろ。俺は憑依なんてスキルが使えるから効かなかったんだよ」

「なるほど。ダンジョンに忍者とは、なんとも不似合いですね」

「いるんじゃないのか? この世界のどこかには」

「どこかというか、居たんでしょう?」

「いや、スキルまで見たわけじゃないから、本当にそうだったのかまではわからないさ」

「えぇ〜。見たかったです」

「そう言われてもな。俺も見たい」

「今からでも追いましょうよ」

「それはやだ。厄介だったって言ったろ?」

「そうでした」


 不思議そうにしながらも、甘露はそれ以上聞いてこなかった。


 やはり、どこかで気づいているのかもしれない。なんだか気が散っている様子だし。女は勘が鋭いとかって言うからな。


 と、そこで俺は気づいた。


 甘露の視線が、俺の手に持つ新しい武器に向いていることを。


「ああ。これが気になってたのか」

「どうしたんです、それ?」


 剣に対しては、甘露も明らかに不快そうな表情をした。

 それもそうだろう。甘露はこの剣に、いい思い出はないはずだ。

 しかも本物。同一品。


「これな。ほしい物リスト」

「ああ! いいですよね、アレ。私もいくつか届いてましたよ」

「え、マジで?」

「はい。マジです」


 いや、俺の方は大嘘なのだが、マジか。有名人って、もしかしてアレだけで生活できるのかな?


 いかんいかん。思考がいやらしい方向へと移動してしまった。


 しかし、なんか簡単に納得してしまった様子で申し訳ない。


 甘露はもうケロッとしている。


 これはこれで困ってるんだよなぁ。俺は得物を持たない主義なのだ。もらったはいいが、まあ、そのうち練習でもするか。


「さて」


 と、会話が全て終わったとばかりに、甘露は手を打った。

 本題に入るつもりらしい。


「私は約束を守りました。ずっとここで、ヒキさんの帰りを待っていましたよ? さっとダンジョンを攻略してくるのかも、と思いましたが、そうじゃなかったみたいですし、これは約束を守ってくれるってことでいいんですよね?」

「まあな」


 本来は守る義理なんてないが、アレを見てしまい、そして、ここまで好いてくれているのに、この好意を無視はできない。


 俺の返事を聞くと、甘露は満足そうに笑った。


「それじゃあ、ヒキさんはどれをしてくださるんですか?」

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