第15話 推しに遊ばれる

「それじゃあ、ヒキさんはどれをしてくださるんですか?」


 純粋そうに甘露は俺の目を見て聞いてきた。


「ダンジョンは初心者のために潰せない」


 確かめるように俺はそう答えた。


「そうですよね。そうでなきゃ、今まで練習場所として、攻略されていないわけがありません」

「ああ」


 改めて俺はダンジョンを見回す。

 そう。ここは、初心者にうってつけの場所。俺の目的、ダンジョン配信を見るヒキニート生活のためには、必須と言ってもいい場所なのだ。そんな場所をむざむざ攻略して潰すことなどできない。

 ダンジョンは最奥まで完全に攻略し、主を倒すと跡形もなく消滅してしまう。まるで、ダンジョン内で倒されたモンスターのように、消えて無くなってしまうのだ。


 初めからそんなものなかったかのように……。


「それじゃあ、どうするんですか?」


 我慢できないことが俺の目にもわかるような様子で、甘露はそわそわしながら、ちょっとずつ俺ににじり寄ってきている。

 約束は守る。俺はそう言った。だから、その望みを断つことはできない。

 というより、もう大切なものが目の前で傷つくことを経験したくない。


「どうするもこうするもない。二つ目だ。お前に遊ばれてやるよ」

「じゃあ、彼女ってことですか? そうですよね。そういう意味ですよね!」

「甘露からすれば、そういう意味なんだろ」

「やったー! ひゃあああああ! ヒキさんの彼女だ!」

「喜びすぎだって」


 俺の言葉だけで、甘露は飛んで跳ねて、一人でパーティでも始めたようなテンションではしゃぎ出した。

 本当に、俺に対して見せるようなものではない。

 俺は本来、人が喜ぶ姿を画面越し以外で見ていい人間じゃあないんだよ。


「ふふふ! 彼女って言ってくれたぁ」

「言ってはいないからな。それに、俺はあくまでボディーガードだ。甘露は有名人だからな。身に危険が迫ることだってあるだろ。そういう時用だ」

「えー!」


 明らかに不満そうに甘露は声を上げた。


「なんだよ。関係としては甘露の好きなような捉え方で構わないが?」

「そうじゃないですよ。そうじゃないでしょ!」

「約束通りだろ?」

「全然違いますよ! やっぱりビビリじゃないですか。ここまで言って私に手を出せないなんて、普通男としてないですよ?」

「出さないよ」

「ふぅーん?」


 俺の言葉に、もう信用できないみたいな感じで甘露は俺を見てくる。


 こんなことしてる時点で、人との約束を守ってる時点で、俺は自分のことが甘いと思うんだがな。


 ただ、先ほど遭遇したお見合い相手。あんなのを見せられてしまっては、これもまた仕方ないと……。

 知ってしまったのだ。知っているヤツになってしまったのだ。甘露はもう、画面越しの誰かではなくなってしまった。


「難しい顔してますけど、結局ヒキさんの度胸やら評判やらは、ガッタガタに落ちてますからね」

「甘露からの評価だけだろ。評判までは落ちてないはずだ」

「いいえ? 私に知れたら、それはもう世間に知れたようなものです」

「どんな飛躍だよ」

「女子に知られるとはそういうことです」

「まあたしかに、そんなこともありそうだけど」


 ただ、俺の評判が下がったところで、別に痛くもかゆくもないしな。


 俺は誰かの評価で生活が左右されるようなことはない。なんてったってヒキニートだからな。


「まあ、ボディーガードでも彼氏でもどっちでもいいです」

「大きく違うだろ」

「違いますけど、大事なのは、ヒキさんが私の思った通りの捉え方でいいって言ったことです」

「それは……」


 言ったか。


「だから旦那さんと、いつどこで、どんなことをしようと、一切おかしくありません!」

「いや、旦那ではない。婚姻はしていない」

「しました」

「してない」

「しましたぁ! ほら、ここにサインが!」


 甘露は堂々と妄想の残骸が上書きされている婚姻届を見せつけてきた。


 それ、さっきまで綺麗だったはずだろ。

 待ってる間にこんなことしてたのか。偽物の書類を見せつけて説得しようとするな。まったく……。


「って、ああそうだ」

「なんです? 本物にも判を押す気になりましたか」

「違うって。やっぱりそれ偽物なんじゃないか」

「本物です」

「まあいいけど。そうじゃなくてだな」


 あの男。甘露のお見合い相手。成金主義の威張り屋。石崎部太郎。

 あいつがどうして、探索者じゃないのに甘露の居場所がわかったのか。

 存在の隠匿、強力な武器。これらはあくまで、ここに来るために必要なものの一部でしかない。少なくとも、甘露の居場所を知るには道具が足りない。

 となると、おそらくだが、甘露は発信機か何かで管理されている。そうでなきゃ、甘露の居場所を、移動していた甘露の場所を、石崎が特定できたはずがない。


「服は捨てとけよ」

「え?」


 急な話の転換に、しかし、甘露はついてこれていない様子だった。

 これは仕方ない。

 俺も石崎と対峙したから気づけたことなのだ。ここもやなり、ツールに頼っていたのだと思う。

 が、発信機がどこについているかまではわからない。そのうえ、可能性だから忠告しかできないしな。

 しかし、そんな俺の忠告から何を思ったのか、得心が言ったように甘露はうなずき始めた。


「早い方がいいですか?」

「早めがいいな。できれば自分で選んで全部新しいのにとっかえるんだな」

「わかりましたよ。そういうことですか」

「わかったのか?」


 なんだか俺の心配りを理解したような顔で、甘露は相変わらずうなずいている。

 そこまで察しがいいのなら、俺の相手はしないでほしいのだが。


「私の下着が欲しいんですね?」

「違うわ」

「違うんですか!?」

「驚きすぎだよ」

「手を出せないから服を出せってことじゃないんですか?」

「なんでそんなことになるんだよ。って、違うって言ってるだろ。ここで脱ごうとするな。帰ってから処分しろ!」


 もらってどうするんだよ。

 まったく、本当によくわからない。

 捨てろって言ってるのにどうして渡そうとするんだよ。石崎が俺の家に来ても迷惑だろうが。


「さっさと着ろ。ここ出るぞ」

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