第16話 推しが我が家へ

 ダンジョンを出てからもなんやかんやあって、最終的に、俺がボディーガードとして守るという約束をして、甘露のことを見送った。

 ただ、俺がボディーガードと認識しているだけで、甘露は好き勝手妄想を繰り広げているのだろう。

 しかし、帰らせるために長々と説得する羽目になった。そのせいで、ダンジョン探索以上に、甘露の説得でヘトヘトだ。


「憑依してきた相手と一緒に暮らすとか、正気の沙汰じゃないだろ」


 まあ、甘露の中では、整った論理があるのかもしれないが、俺としてはそんなこと知ったことではない。

 とにかく、背中が見えなくなるまで見送ったのだ。来た方へ歩いて行ったし、帰ったことだろう。

 いざという時は、憑依でもなんでもして甘露を守ることには変わりないのだし、これでいい。

 甘露もダンジョンに入る前のジミーな格好のおかげで、周りに正体を気づかれることはなさそうだし、帰る分には安全だったはずだ。


「さて、俺も帰るか」


 俺だって探索しないダンジョンに長々と居座る理由もない。

 甘露の背中を見送ったのも、追ってこないことを確認する方法として、だ。

 もちろん、帰ってから来られたのでは、どうしようもないのだが、もう日も落ち始めている。わざわざ引き返してきて、俺のところに来るというのは考えなくてもいいだろう。

 あれでも甘露は一応女の子だ。夜に一人で出歩くことは、いかに探索者として一流の能力を手にしたとはいえ、進んでやりたいことではない、と思いたい。


「俺も、物騒なもの持ってるから、さっさと帰らないとな」


 というわけで、石崎からもらった剣を隠しつつの帰り道。

 行きこそ変なヤツ、まあ正体は甘露だったわけだが、その甘露が追っかけてきたせいで変なことになっていた。

 普段なら、そんな変わった現象なんて起きないのだから、当たり前なのだが、相反して帰り道はとても楽に進めた。

 運良くおまわりさんとも遭遇せず、剣を持ってることも職質されなかったので、わざわざヒキニート探索者であることを説明しなくて済んだのは時短になった。

 なんだかんだダンジョンに潜っていたわけだし、さっさと風呂入って寝たい。


「飯作るのもめんどいし、今日はサバ缶でいいか」


 甘露の相手をしたせいか、今日はやけに疲れている。普段はこんなことないと思うのだが、いつも以上に疲労を感じる。


 いや、もう一人変なヤツがいたからだろうなぁ。


 なんて考えながら、いつものようにドアを開けると、慌てたように一人の少女が玄関まで走ってきた。

 エプロン姿の少女は、なんだか怒ったようにほほを赤くしながら俺を見上げているが、別に怒っている様子ではないらしい。表情は嬉しそうな笑顔だ。


「ヒキさんお帰りなさい。ご飯にします? お風呂にします? それとも……」

「どうしてここにいるか答えてもらおうか」

「……。ノリ悪いですね」

「悪かったな。で、どうしてここにいる?」

「答える前に、そこにいたんじゃ近所の方に迷惑ですし、まずは中に入りませんか?」


 状況はおかしいのだが、言ってることは至極真っ当なせいで、反射的に家の中に入ってしまった。

 いや、俺は何言われたとおりにしているんだ。


「甘露。ここお前の家じゃないだろ」

「私の家ですよ? ヒキさんの家は私の家です」

「なんだよその理屈。ガキ大将みたいだな」

「私たち夫婦なんですよ? こうして一つ屋根の下、共に暮らすのは当然のことでしょう?」

「いつ夫婦になったよ」

「生まれた時からです」

「そりゃなんか別のものだよ」


 甘かった。背中を見送る程度じゃ甘かった。完全に気を抜いていた。ダンジョンの外に出たし、警戒モードだった行きとは違って、もう大丈夫と油断してしまっていた。

 こいつは、甘露はそういうヤツだ。


「それにしても、どうしてここがわかったんだよ」

「においです」

「におい……。そういえばにおいだけ二回言ってたもんな」

「覚えててくれたんですか!」

「今思い出したんだよ」


 俺のどこが好きか言っていた時に、においはなぜか二回言ってた気がする、程度の記憶だが……。


 しかし、においで家がバレるって、甘露は犬かよ。


「警察犬にでもなれるんじゃないか?」

「今はちょっと警察犬とは距離を置きたいです」

「今はって、なんだよそれ。はぁ。どうして侵入を許してしまったんだろう」

「侵入を許すも何も、これが当然の形ですから。両親には、安全な場所でしばらく生活します。と伝えておいたので大丈夫です」

「何が大丈夫なんだよ。それに、俺の家を安全な場所扱いはどうかと思うけどな。それで安心して娘を送り出す両親も両親だ」


 お金持ちだと聞いていたんだが、とんだ放任主義もあったものだ。


「ここ以上に安全な場所はこの世界に存在しませんよ?」

「あるわ。どんだけ外危険なんだよ」

「それは、警察官の方が職務質問するためにうろついているくらいには」

「お前が受けてたから俺は大丈夫だったってことかよ」

「だから警察犬も嫌なんですよ」

「それは何か引け目がある人間の理屈だ」


 あぁ。知らぬ間に、なんだか色々と先回りされてたってことか。疲れが増した気がする。

 それに、この家に俺以外の誰かがいるってのが変な気分だ。落ち着かない。胸がざわつく。


「どうします? 追い返しますか?」

「帰るつもりないだろ?」

「はい。泣き喚いてもここの子ということを主張します」

「それはお前もダメージデカいぞ」

「構いません。ダメージはヒキさんの方が大きいです。それに、ここに住めるならメリットの方が大きいと思います」

「俺にはデメリットしかないよ……」


 しかし、普通に相手したんじゃ、俺だって甘露をねじ伏せるのは難しい。

 いや、そんな力に任せるような方法はハナからするつもりもないが、とにかく、今のカンロは実力行使でどうこうできる相手ではなくなっている。

 俺が覚醒させたのだ。全てはわからなくとも、最低限の実力くらいは把握している。だからこそわかる。取っ組み合うだけ無駄だと。

 それに、女の子を一人で帰らせるわけにもいかない、か。


「はぁ……。ホテルは行かないよな?」

「当然です。お外は危険です」

「まだ言うか……」

「当然、ヒキさんと一緒なら別ですが」

「ああもう! 今日は泊まってけよ。ただ、変なことになりそうなら、すぐに帰れよ? これ誘拐犯とかになるやつだろ?」

「大丈夫です。ヒキさんを犯罪者にはしません」

「他の何者にもしないでくれ」


 と、いうわけで、甘露が泊まることになった。


 いや、どういうわけだよ!

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