第12話 ストーカーのストーカー
「おい。出てこいよ」
しばらくの間、動きはなかった。
謎の人物は、俺の呼びかけに無視を決め込むつもりらしかった。
「気づいてるんだよ。さっさと出てこい」
再度呼びかけると、さすがにまぐれじゃないと気づいたらしく、ダンジョンのモンスターを警戒する探索者のように、その人物は岩陰からゆっくりと姿を現した。
男。
特に見覚えはない、男。
にしても今日、ストーカー多いな……。
「何の用だ?」
「……」
ここにきても、男はだんまりを決め込むつもりらしい。神経質そうな七三分けの髪をした、つり目の男は、俺のことをにらみつけてくる。
様子からして、甘露の同類ではなさそうだ。甘露の言葉を借りるなら、二番目とか、そんな相手じゃなさそうだ。
そもそも、目の前にいるのは男なのだ。
もし仮に配信を見ていて助けた子ということなら、男であるはずがない。
俺は男を助けていない。
別に男性配信者が嫌いなんじゃない。探索者兼配信者には男が多いからだ。そう、女子が少ない。少なすぎる。エンタメ系だってずば抜けてトップは、古くからやってる男性ってイメージだ。
だから俺は、そんな風潮を壊したかった。
嘘だ。そんなことより、男の俺が男に憑依するのは、女の子に憑依する以上にキモいからだ。
それはさておき、相手の男の方にも動きがあった。
男は俺の体を舐めるように見てきたかと思うと、不快そうに顔を歪めた。
失礼なヤツだ。
「僕は
「俺は……」
待て。甘露さんって言ったか。
つまり、俺を狙ったのではなく、甘露目当て……。
となると石崎は、ストーカーのストーカーってことか?
「今度はアンタがだんまりか」
余計なことを考えていたら、黙っているヤツみたいになってしまった。
俺から質問していて、まだ何の用なのか聞いてないってのに、それはないぜ。
「そうしてればいいと思ってるのか? 甘露さんの近くにいるからって、何様のつもりだよ!」
何様のつもりもないのだが、しかし、今の甘露が石崎みたいなこの程度の男が近づいてきていて気づかないはずがない。
今の甘露なら、近づいていることに気づいたら、そのことを俺に報告して、判断を仰いできてもおかしくなさそうだが、そんなことは一切なかった。
俺が放置することはあっても、あんな状態の甘露が、俺に対して報告をしないというのは、少し考えにくい。
だがそうなると、いくつか疑問が浮かんでしまう。
「お前、こんなところ来れるほどの探索者じゃないだろ」
「は? なんだ? 僕のことを心配して黙ってたってのか? おうおう余裕だな! だが、僕にはこれがあるんだ。素の実力なんて関係ないさ!」
「ふむ」
石崎が見せつけてきたのは剣だった。
たしかに、石崎の持つ剣は相当の業物らしく、見せられた瞬間にダンジョン内の空気が変わったようだった。
おそらく、そこらのダンジョンなら、モンスターの攻撃に反応できれば、それこそ攻略すらできるんじゃないかというほどの逸品。
見ただけでわかる。あれは、素人が持っていていい代物じゃない。
ベテラン探索者でさえ、喉から手が出るほど欲しいような一級品だ。
どう見ても貧弱そうな石崎が、そんな大層な武器を手にしているところを見るに、おそらく、金に物を言わせるタイプの探索者。いや、趣味で探索をしている程度の一般人だ。
趣味で探索できる暇があって金を持っているということは、コイツは成金か?
うーん。成金みたいな金遣いだが、成金程度じゃ手が届かない剣な気がする。となると、相当額稼いでいる人間ってことになるのだが……ボンボンな息子くんってところか。
なるほど。なら、甘露が報告してこなかったのも納得できる。
トップレベルの金持ちともなれば、特定の人物に対してのみ効果のある、隠匿系の道具を使っていても不思議ではない。
眼前にいる石崎の場合、スキルの可能性は、十中八九無視していい。
「おいおい。これを分析してるのか? そんなことしたって無駄だぜ? 僕はこれでさんざっぱら自信満々の探索者を否定してきたからな」
「否定?」
気になる言い方に思わずオウム返ししてしまった。
「お? 聞きたいか? 僕の武勇伝」
「……」
黙っていることをイエスと捉えたのか、石崎は気持ち悪く、ニチャリと口角を上げた。
「そうだな。じゃあ話してやるよ。お前もよく知る甘露さんのことだ。あの女はこの剣で何度となく僕に否定されてるんだ。実力不足を見せつけられてるんだ。それなのに、一向に探索をやめようとしない。正直うざいんだよ。一応は相手を立てないといけないからな、甘露さんなんて言い方をしているが、それも家柄的な話だ。そもそも、あんな女に探索なんて無理なんだよ。いや、無駄かな。だってそうだろ? こうして、金の力で人を制御できるんだ。ならさ、女は無駄なことに時間を使ってないで、僕に媚びてればいいものをさ、どーいうわけか非効率に走るんだよ。アンタみたいな、何処の馬の骨ともわからないヤツにケツを振って。ほんと、淫乱な女だよな!」
淫乱かどうかはともかく、俺みたいなのに懐いているのが異常、という意見には素直に同意できる。
しかし、さっきから甘露さんって言ってるんだよな。
てっきり甘露のファンか何かかと思ったが、リカさんと呼んでないところを思うと、顔見知りってことなんだろう。
そして、顔を立てるとかなんとか言ってる以上、おそらく甘露の言ってたお見合い関連の男。
こいつ以上ってのは、別に褒められてる気がしないなぁ……。残念ながら。
「アンタファンだろ? 甘露さんの。困るんだよなぁ。そうやってストーキングされるの。こそこそやってたから黙認してたのに、僕より有名になりやがってさぁ! あ、そうそう。あとさ、甘露さんを持ち上げて、探索できるみたいに嘘つくの、やめてもらってもいいかな? 迷惑だってわからないのか? このクソオタクが」
「ファン、オタク、か……」
持ち上げてるつもりはないけどな。
甘露の才能は元から甘露が持っていたものだ。今スキルを扱えているのも、甘露の力あってこそ。俺はあくまで、そのきっかけに過ぎないわけだし。
「現実を知ってビビったか? 甘露さんは僕の女なんだ。程度は低いが、お前みたいな男が、会話できるような相手じゃないんだよ。消えろ」
これで、お見合い相手ってことで確定か。
俺も正直驚いている。
こんな短時間で、見知らぬ人間から不快にされることは、今まで経験がなかった。
こりゃ、嫌になるよ。
俺の方がマシというか、俺がいいって勘違いしちゃうよ。
好きになる、かは知らないけど、こんなヤツと比べていいってのは、本当、褒め言葉じゃないな。
「なんだよ。ビビりすぎて動けないか? 何もできないか?」
たしかに、並の探索者なら、あの手に持つ剣を見せられただけで降参するところだろう。
だが、褒められていないとわかってガックリきている以上に、今はかなり苛立っている。
甘露にじゃない。目の前の誰だか知らないこの男に。
「なあ、俺に対してなんて言ったっていいが、甘露を物みたいに言うなよ。甘露は、お前程度に制御できる女の子じゃねぇよ」
弱いものを痛ぶるような、楽しそうな表情を浮かべていた石崎の顔から、一気に笑みが消えて、顔が青ざめていった。
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