第4話 推しが押しかけてきた

「初めましてヒキさん。いえ、比企ひき木守こもりさん。私は甘露かんろ梨花りかと言います」


「……」


 知っている。


 いや、甘露梨花という名前はどこかで聞いたような気がする程度だ。何かのキャラクターだったか、それとも、どこかの有名な何かに似ているだけだかわからないが、この少女のことを俺は知っている。

 俺にあいさつするため、帽子を取ってしまったら、すぐに誰だかわかってしまう。


「リカさん、だよな」

「そうです! わかってくれましたか! 嬉しいです!」


 俺が誰だか言い当てると、リカさん、いや、甘露は、キャッキャッと年相応な感じで飛び跳ね出した。

 そんな姿を見れば、どこにでもいるかわいらしい少女そのものなのだが、しかし、甘露がここにいるという事実がそもそもおかしい。

 さっき甘露は、何だかおかしなことを言ってなかったか?


「比企木守、って……?」

「そうです。ヒキさん。比企木守さんですよね?」


 あくまで確かめるような、それでいて確信しているような、そんな自信をもった表情で、甘露は俺の顔を覗き込んでくる。

 輝いているのに闇をまとっているような、何だか飲み込まれそうな目だ。

 まあ、どんな目をしていようと、また、相手が誰であろうと、今となっては有名人であるリカさんを、俺が知っていても不自然ではない。


 堂々とシラを切るだけだ。どうだろうな? と。


「もし仮に、君があのリカさんだとして、俺がヒキさんとやらだと、ご丁寧に答える理由がどこにある?」

「それ、言ってるようなものですよ?」


 墓穴を掘った。

 やはり少し冷静さを欠いているらしい。


 だだ、少し言い訳をさせてほしい。


 今の状況は、アニメキャラが目の前に現れたようなものだ。この程度のミスはミスじゃない。

 そもそも俺は、相手が甘露だったことに拍子抜けしているのだ。

 こっちとしては、命を狙われていると思って、接近者を警戒していたのに、やってきたのは俺が応援していた女の子だったのだから。もっとゴリゴリの大男とかを想定していたからどうしても気が緩んでしまう。

 まあ、だからといって、甘露がここにいる理由にはならないのだが……。


「今度はこっちから質問だ。どうして俺の居場所がわかった?」

「認めてくれるんですね。嬉しいです」

「俺の質問に答えろ」

「ヒキさんはせっかちさんですね。でも、いいですよ? ヒキさんだから教えてあげます」


 甘露はもったいぶるように、こほんと、小さく咳払いすると、ちょんちょんちょんと、人差し指をその場で揺らした。


「スキルですよ。ス・キ・ル。ヒキさんが覚醒させてくださった、私の眠っていたスキルを使ったんです」

「スキル、ねぇ……」


 甘露が言っているのは、俺が甘露に憑依した時のことだろう。あの時、俺がキンググリズリーに対して使ったのは、せいぜい身体能力くらいのもの。見知らぬ人間の位置を把握するような類のスキルは使っていない。

 だが、俺が憑依した人間は、本人の持って生まれた才能をねこそぎ全て覚醒させてしまうらしい。


 これまでもそうだった。


 実際の現象としては、強引に能力をこじ開けて、窮地を脱出するために必要な最低限の能力を俺が借りたってわけだ。

 だから、俺が使わなかったスキルに俺の場所すら把握できる類のものがあろうと、何ら不思議じゃない、不思議ではないのだが……。


「わざわざスキルを使ってまで、俺の前に現れるかねぇ……」

「何もおかしなことはしてませんよ? それに、私が一番乗りです」

「一番乗り?」

「いえ、なんでもありません」


 こんなことに一番も二番もないと思うが、誰かと何かを競っていたのか。

 なら二人目、三人目の甘露が来ると?

 そんなもの、ごめんこうむりたい。


「けれどヒキさん」

「なんだ」

「気になっているのはそこじゃないでしょう?」


 甘露は、そんな見透かしたようなことを言う。


 たしかに、目の前の少女が誰なのか、俺を見つけたのはどのような方法で、というのは、正直なところ話の前座でしかない。

 重要なのはそこから先、


「そんな大層な力を使ってまで、どうして俺の前に現れた?」


 そう、そういうことだ。

 思いつく理由としては、今まで一度もなかったが、力をつけた少女の憑依されたことへの復讐。

 はたまた、俺が憑依した事実を使って、脅し、ゆすり、たかるため。とかそんなところだろうか。


 俺としては、そのどちらも、実行に移されてもおかしくないと思っている。思い当たる恨みつらみの一つだ。

 憑依なんてのは、たまたま助けたようになっているだけで、やっているのは変態の所業。俺にだって自覚がある。ということは、だ。よく思っていない人も大勢いることだろう。

 ならば、今回が初めてとはいえ、得た能力で俺に対して何かしらの罰を与えようというのも、無理からぬ話というものだ。

 裁きは、何が起きているのか理解している人間が行う、というわけである。


 だが、甘露の回答は、俺の予想とは全く違うものだった。


「別に、ヒキさんにネガティブなイメージは一つもありませんよ」


 と、甘露は言ってのけた。


 憑依してきた男にネガティブなイメージがないらしい。

 そのうえで、なぜか体をくねらせながら顔を赤くし出した。


 そして、


「ヒキさんについていくためです」


 などとよくわからないことを言う。


「ついていくって……?」

「当たり障りのない言い方をするのなら、ヒキさんのお供です」

「お供ってのが当たり障りのない言い方なのか?」


 現代にお供を引き連れてるヤツなんて見たことないんだが。もしかして俺だけか?

 実はみんな、俺の見えないお供を引き連れていたりするのか?


 それって、いないようなものだろう。


 そんなこと、わざわざ助かった命でやることとは思えない。今さら、誰かの下につく必要もないだろうに。


「本当に、そんなことか?」

「そんなことじゃありません!」


 怒られた。

 結構な剣幕で言われた。


 すみません。なんて謝られたけど、どうやら反射的に否定するほど、彼女にとって重要なことだったらしい。


 なるほど、現代の女子は不思議だ。いつも不思議だけど……。


「わかった。それくらいなら別に構わない。好きにしろ」

「え。じゃあ」

「ただし、俺がこれから行くのはダンジョンだ。お供というなら危険な場所にも同行するんだろ?」

「当然です!」


 本当に頷きやがった。


「一応言っておくが、俺はお前のお供じゃない。ダメだと思っても助けたりせず、振り切るからな」

「はい! それで構いません! むしろ、ヒキさんの背中を守れるなら本望です!」


 どうやら本気の本気で俺のお供志願らしい。


 どんな忠誠心だ。


 憑依されて忠誠心って……。俺は別に洗脳なんかはしてないからな?

 一人で潜って配信でもしてた方が実りがあるだろうに、甘露梨花、つくづく変わったやつだ。


 そう思いつつ、ダンジョン目指して歩き出したのだが、甘露がついてこない。

 振り返ると、甘露は空を見上げながらぼーっとしていた。


「おい。何してるんだ? ここで置いてってもいいんだぞ」

「あ、すみません。ちょっと待ってください!」


 甘露ははっとした現実に戻ってくると、ちょこちょこと走ってきて、俺の腕に抱きついてきた。


 距離感のわからないお供だ。


 ただ、相手は少女。道端で乱暴にするわけにもいかず、振り払えない。

 こんなことなら、黙って置いていけばよかったと後悔しながら、俺は……、俺たちはダンジョンへと向かった。

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