第31話 少女の体を癒す魔法

 即刻、近づいてきたリザードマンの足場を泥沼化し、即座に固定。それにより動きを封じた。続けて、武器を腐敗させる。これで相手の移動手段も攻撃手段も奪った。


「準備OK」


 遠距離で的当てのように攻撃ができるなら、ソロの魔法使いでも問題なくダンジョン探索ができる。ただ、相手に接近され、だけでなく、取り囲まれるほどの数的不利となってしまえば、近距離戦ができない以上、本来死ぬしか他に道はない。あって、生きるにかけての特攻くらいだろう。ただ、憑依した以上、そんな自殺まがいのことはさせられない。


「ビャー!」


 武器を真っ先に投擲しようとしていた、一番俺に近いリザードマンが、どうにか地面から抜け出そうとしているが、うまくいっていない。一瞬、彼らの得意な沼地状の足場になっただけに、生まれた油断が確実に捕える助けとなった。


「ビャー! ビャー!」

「ギャーギャーギャーギャーうるさいな。ちょっと待てって」


 どうにか対処するために、イメージだけでなんとか魔法を発現させ、加えて、先ほどそこそこな規模の魔法を使っただけに、思考も疲労も大きく、そのせいで、なかなか状況が整理できていない。

 肉弾戦をしていれば、こんな疲弊はなかったと思う。そう考えると、やはり無理をしていたテンコちゃんの体が、もとより限界に近く、悲鳴をあげていたのだろう。


「一体一体倒してもよかったが、ここは回復の生贄にした方がいいか」


 俺の言葉がわかったわけでもないだろうに、リザードマンたちは、一様に顔を見合わせて、その表情の読みにくい顔を絶妙に曇らせているように見えた。逃げ出そうと必死にもがいているものの、誰も足場から脱出できるものはいない。どれたけ地面を押そうとも、殴りつけようとも、下層の地面は破壊できないもののように、固くリザードマンたちを拘束している。


「さあ、この子が無茶して傷ついた体を癒す素材になってもらおう」


 俺は一呼吸置いてから、リザードマンたちに手を伸ばした。

 握手を求めてのことではない。魔法の媒介として使うためだ。


「天使の施しと共に、芽吹く自然のように。春の陽だまりの中に、開く蕾の如く。嵐さえ平穏を望み、力なき者に力を与えん。我を癒せ。『ホーリー・ヒール』」


 じわじわと、それこそ春の草原で日向ぼっこでもしている時のように、自然と、体がぽかぽかと温まってくる。そして、体の節々から感じられていた疲労感も次第に抜け落ち、全身が目覚めのいい朝のようにスッキリとした感覚に包まれる。

 目の前のリザードマンたち、冷静に数えると7体いたリザードマンのうち3体が、今の魔法で素材として使用された。残り4体。まるで道具扱いされたことを怯えたように、残されたリザードマンたちは震え出す。だが、群れで襲いかかってきたのは、そして、先に攻撃を仕かけてきたのはそちらだ。


「そうだな。なら、正反対の力もありだろう」


 俺としてはそこそこ頑張っての詠唱込み魔法発動だったが、いまいち乗り切れていないせいか、それともテンコちゃんの適正じゃないのか、肉体が回復し切っていないように感じられる。要するに、黒い服を着ているだけに、白魔法というか、光属性というか、そっち系の子ではないのかもしれない。


「シンプルにいこう」


 構えさせる隙も与えずに、俺は一瞬にしてリザードマンの隣に移動した。


「『ドレイン』」

「ビェ」


 短い断末魔をあげて、リザードマンが一体、姿を消した。


「ビャー!」

「ビャー! ビャー!」

「ビェビェビェ!」


 遅れて、驚愕したようなリザードマンたちの声が響く。


「だからうるさいって言ってるだろ? なにを驚くことがある」


 俺の動きか、それとも、今使った魔法の方か。どちらにしても、先ほどよりもシンプルに使ったはずだが、体の癒され具合が大きいように思う。やはり、接近という危険を冒すだけに効果は大きいだけじゃない。火や闇の魔法が適している子なのだ。


「次はお前らだ」


 連続三連ドレインをかまして、残りのリザードマンからも力を吸い尽くした。

 なんだか、肌の色艶すら回復して、手足の血色が初めて見た時よりもよくなっているように見える。

 やはり、テンコちゃんは今回のダンジョン探索だけでなく、日常的に無理をしていたのだろう。自爆目的のような探索は精神も肉体も蝕む。それで生き残っていたのは、本当に幸運としか言えない。どうして無理をしていたのかまではわからないが、少なくとも、ここまでの才能が目の前で死なずに済んで、本当によかった。


「今日までよく頑張って生きたな。どうあれ、もう少しだけ生きてくれ」


 俺が言えたことじゃないかもしれないが、一度助かった以上それだけを祈るばかりだ。

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