第2話 女の子に憑依
「んっ!」
さて、憑依成功。
「おっと!」
さっそく、キンググリズリーの腕が目の前を通過した。スキルの発動が間に合ったことで余裕をもって回避できた。
間に合ってよかった。
俺じゃなきゃ回避できていなかっただろうな。
「もっとも、身長が俺の体よりだいぶ低いから、目測誤ってたら当たってたかもなんだけど……」
さて、一息つく前にリカさんの体を確認。別にいやらしい理由じゃない。ここから勝つには必要な情報だ。
髪の長さは、邪魔にならなそう。胸もほどほど、これなら動きに支障はあるまい。筋肉の量も探索者をやってるだけあって、戦闘には問題がなさそうだな。
一つ問題があるとすれば、やっぱり、画面越しだから幼く見えるとかじゃなくて、背格好が幼いな。リカさん、本当に高校生か?
まあ、別に年齢はいいさ。大人に見られたいお年頃なのだろう。
「よし!」
ストレッチした感じ、キンググリズリー程度なら問題ないとわかった。
「よっと。ほっと。そう焦るな。決着にはまだまだ早いだろ?」
「グルゥウウウウウ」
キンググリズリーの方も、どうやらリカさんの変化に気づいたらしい。
野生の勘ってやつか? なかなか侮れないな。
まあ、バレていようと問題はない。外から変化がわかるもんじゃない。
最初の攻撃でカメラは遠くにぶっ飛ばされてるが、レンズはこちらを向いている。映像には映ってるだろうけど、音までは拾えていないはず。
スカートだから、そこは気をつけないとだが、それくらい慣れっこだ。
「……」
しかし、来ないな。
「なんだ? 焦るなとは言ったが動かないのか? それなら、今度はこっちからだ」
様子見に徹するキンググリズリーに、右から剣を横に振り抜く。
実際に剣を振ってみると、やはり誤差が出てしまう。今回はしっかり回避されてしまった。
だが、体毛が舞っているところを見ると、命中はしているらしい。
「グルァ!?」
リカさんを格下と踏んでいたのか、クマの方も俺の一撃に驚いた様子。
いいぞいいぞ。そうでなくっちゃ盛り上がらない。
「油断禁物だぜ? もっとも、それは俺も同じだけどな」
本人の身体能力と、探索者としての能力は大体わかった。
これだけだったら、いくら俺でも、正直、キンググリズリーの討伐は厳しい。
ただ、お相手は俺に猶予を与えすぎた。全身の神経にくまなく意識を巡らすには今の今までで十分な時間だ。
見えるか見えないかの一瞬だけで、キンググリズリーの攻撃を回避できたのだ。リカさんの潜在能力はすさまじい。
まるで、何かの生まれ変わりか、誰かの血縁とかのように、リカさんは優秀な才能を秘めている。
あとは、俺の憑依でリカさんの眠っている才能を引き出すだけだ。憑依のおまけの能力でな。
「来いよ、のろま。お前は毛皮にされるのがお似合いだぜ」
「グルゥアアアア!」
俺の舐めた調子が気にさわったらしく、キンググリズリーは考えなしに突っ込んできた。
「ははっ! こんなちょろい個体は初めてだ。ほらほら、どうした? そんな攻撃じゃ当たらないぞ?」
「グラァ! グラァ! グラァ!」
怒りに任せて振られる腕。
どれもこれもが単調で、むしろ動かないで構えられている方が厄介なくらい。そんなことすら気づけぬ様子で、キンググリズリーは何度も腕を振ってくる。
その連撃は俺にかすりもしないものの、キンググリズリーは調子づいたのか、どんどんと動きを速くする。
「おいおい。まさか、攻撃してるから押してるとか思ってるのか? 俺が回避で手一杯だと?」
「グラァ!」
そうだろ、とばかりの一声。
ほんと、まるでわかってないなぁ。リカさんの才能は、そんなところにないんだよ。
キンググリズリーが腕を振り切ったところで、俺はその場にしゃがみ込んで、キンググリズリーの足に対して剣を振った。
「グラァ!?」
突然のことに、何が起こったかわからない様子で、クマさんはすってんころりんその場に倒れ込んだ。
「あっはははは! いい様だな! いたいけな少女を襲う野獣は、いつもこういう目に遭うんだよ」
軽い一撃だが、確実に、足にダメージが入った。
これで、先ほどのような腕振り攻撃はもうできない。使い物にならない足じゃ、なんとかその場で上体を起こし、攻撃のチャンスをうかがうだけだ。踏ん張りが効かない。
「カウンターに気づけなかった奴がカウンター狙いか? はあ……。動いてない的を狙うことになるとはな」
だが、さっきのカウンターでいい画は撮れたはずだ。あとはトドメを刺せば収穫はバッチリ。
「お望み通り、終わらせてやるよ」
「グラァ!」
最後まで勝ちを信じているってところか。
その心意気だけは嫌いじゃないぜ。ま、見逃したりはしないけどな。
構えの歪んだクマには反撃さえさせない。
動きを封じるため、両腕、四肢から先に攻撃を入れる。
「グラ……」
反応させない。反撃させない。攻撃に気づかせない。
ダメになった腕を動かそうとしているクマに、最後の一撃。頭への、急所への一撃を入れる。
「グラッ……」
そう、何が起きたか気づかせない。
最速の攻撃で、反撃の隙さえ与えない。
いや、自分がやられている事実すら自覚せずに、キンググリズリーはその姿をダンジョンへと消した。
ダンジョンは吸収するようにキンググリズリーを飲みこんだ。
その、落としたアイテムを残して。
本当に、ただの少女とは思えない実力だ。
「はーあ。もうちょっとハラハラドキドキするかと思ったけど、この子は別格だったな」
でも、助けられて良かった。
目の前で人が死ぬってのは、正直、どんな悪人でも気分が悪い。
「ふぅー……」
はい。終わり終わり。俺はこんな正義の味方みたいなことは似合わないからな。
女の子に憑依してる時点で、クソ野郎だし。ただの怠惰なヒキニートだ。
リカさんも今回の一件で才能が花開いたことだし、もうダンジョンで死ぬことはないだろう。
あとは戻って、今の配信を切り抜いて、バズるかどうかは時の運ってところか。
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