第二章 憑依脱出

第25話 ヒキニートと新たな家

 手錠をされた時は少しばかり驚いた対応をしてしまったが、俺としては、別段閉じ込められて困ることもない。そのため、甘露の思惑どおり、閉じ込められておくことにした。

 ヒキニートだし、いつも通りと言えばいつも通りだ。


「しっかし簡素だな」

「まず出てくる感想がそれですか?」

「殺風景とか言ったほうがよかったか? いずれにしろ、あんまり面白みがないのは事実だろ?」

「それは、用意にあまり時間をかけられなかったからです。当初の計画的としては、ここにヒキさんがくるのは、もう少し時間がかかる予定だったので。だから、その時までには、もう少し立派な秘密基地になるはずだったんです」

「そんなものが用意できるなら、秘密基地を口実に、俺を口車に乗せたほうが、ラクに引っ張って来れそうだけどな」

「だと思って計画してたんです。コメントでのやり取りからも、そうだろうなーって思ってたのに……」


 しかし、そんな魂胆はうまいこといかず、恨んでいたであろうお見合い相手の仕かけたイベントによって、こうして俺を閉じ込めたわけだ。納得はいかないのかもしれないが、しめしめというところなんじゃないか?

 とはいえ、すでに確認したとおりだが、俺でなくとも、ある程度の探索者を相手取る場所としては出入りともに不安が残る。虹彩認証によるカギと言っていたが、それだって俺は憑依すればなんとかなるはずだ。

 ただ、そんなことをすれば甘露の思うツボということだろう。甘露はどういうわけか、俺に憑依させたがっている。石崎の件が片付いた今でも、隙あらば狙っているように思う。

 まあ、そんな甘露のワナに乗らずとも、出入りに対して探索者やらスキル持ちの対策が施されている様子はない。俺もそもそも魂だけなら余裕で外出できるし問題なかろう。


「ずいぶんと余裕のある表情ですね」

「言ってるだろ? 俺はこここら出る気がないんだよ。なら、気を抜いても自然だろ?」


 とは言え、さすがに手錠は不便だ。


「なあ、予想外だったのをどうにか誤魔化したいのはわかるが、俺のこの手錠はどうにかならないのか?」

「本当に抵抗する気がないんですか?」

「ないよ。少なくとも、当分は出る気がない」

「自分で用意しておいてなんですが、こんなにすんなりいくとは思っていませんでしたよ」

「人間、起こるまでは抵抗しても、起こってしまえば、存外受け入れてしまうものなんだよ。で、どうなんだ? 手錠は」

「しばらく様子を見させてください」

「ん。ま、妥当なところか」


 出ない出ないとか、口ではなんとでも言えるしな。

 甘露は甘露で、色々と俺も知らないスキルを保有しているようだが、と言っても約束を絶対遵守させる類の能力は持っていないのだろう。俺も憑依スキルを応用して、似たような真似ができるが、それだって相手に抜け道を残してしまう欠陥品だ。うまくいっていれば、俺も拘束されていない。

 ただ、よくよく考えてみてほしい。甘露みたいな超絶美少女、それも、世間様に着々と認められつつあり、おそらく現在進行形で100万以上のファンを抱え続けているような子と、一緒にダラダラできるのだ。強制的に閉じ込められているとはいえ、こんな状況最高じゃないか?


「甘露。閉じ込めたらやろうとしていたこととかないのか?」

「え。その。まだ何も搬入できていないので、したくてもできないというか……」

「何かあるだろ」

「まだお日様も高いですよ?」

「うん? ならばこそ、暇つぶしができるようなものくらい用意してるんじゃないのか?」

「暇つぶし……」


 なんだか期待はずれみたいな目で見られてしまったが、両手を拘束されて、知らない場所にいるのに、相手の手のひらの上で踊ろうと言っているのだ。もう少し労ってくれてもいいではないか。

 もしくは、この地下にダンジョンでもあるから一緒に攻略しようとかいうのか? 残念だが、俺はそんなに熱心な探索者ではない。他人の活躍を心から期待し、できる限り自分は戦わないよう努め、最悪の場合にほんの少しだけ戦った挙句、戦果を他人に譲ることで自分に注目が集まらないよう努力してきた人間だ。連日の探索なんかやめてくれ。


「ほら。ゲームとか、そうでなくてもしりとりでもしないか?」

「しりとりって、待ち時間を潰す小学生じゃないんですから」

「へー。甘露もそういうことしてたのか」

「私はそんなところで変人扱いされる覚えはないんですけどね」

「無自覚ってのは恐ろしいな」

「はいはい。トランプならありますよ。久しぶりにやりたいなーって思ってましたから。ヒキさん相手ならなんでもウェルカムです」


 ちょっとばかし都合が悪くなったらしく、少し投げやりな様子で甘露はトランプ53枚を広げ出した。


「ちょっと待て、何するつもりだ?」

「何って、ババ抜きですよ」

「53枚使ってやるのか?」

「暇つぶしなんでしょう? ゆっくり楽しみましょうよ」


 変なツボを押してしまったらしく、甘露は鼻歌混じりにトランプをシャッフルする。スキルによって手先の器用さも高まっているのか、まるでマジックでも見せられているようなカードさばきで、華麗に宙を待ったかと思うと、俺の方に26枚のカードが配られていた。


「俺の方が少なくていいのか?」

「当然です」

「はいはい」


 結局、ペアのカードを出し切ってからも甘露の方が手札は多かった。

 すぐに俺はババを引かされることになったが、そのすぐ後に甘露はババを引いた。

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