第24話 推しに監禁されまして
「甘露……」
俺の呼びかけに、甘露は俺に抱きついたままの姿勢で俺を見上げるように顔を上げた。
甘露は顔に満面の笑みを浮かべていた。
「ヒキさんはここに閉じ込めたので、ヒキさんはもう私のものです」
「やっぱりか」
「やっぱり。じゃあ、ここがどんな場所か、ヒキさんはもう理解しているんですね!」
「まあ、だいたいな」
「さすがヒキさんです!」
「さすが、って言われてもな……」
この状況を見れば誰だって気づく。誰だってわかるだろう。扉の頑強さ。部屋と呼ぶには異質な場所にある空間。そして、その内装。異様なほどの白さで生活感がまるでない。加えて、甘露の言葉。つなぎ合わせれば、容易に俺を閉じ込める、みたいな話と結びつく。
「もうこれで、ヒキさんに危険は及びません。ヒキさんは私に守られるんです」
笑顔オブ笑顔。
自称ファンたちを見ていた時や、ここに俺が入った時のような、闇を感じさせる表情はもうない。ただ心の底から安心したような、念願叶った時のような、清々しいまでの笑顔。
いや、もう闇の中だから、俺が闇を感じ取ることもできないのか……。
だが、気になる点はある。
「逆じゃないか?」
「逆?」
「ああ。俺はあくまでボディーガードだ。甘露に守られるんじゃ、俺はいらない子だろ?」
「そんなのわかりきったことじゃないですか。私にボディーガードは必要ない、そうですよね? そのことを一番わかっているのはヒキさんでしょうに」
「まあ、それはそうなんだが」
「とにかく、そういうことです。私とヒキさんの関係は、私の定義に左右されます。どうでもいい外界との接触は絶って、ヒキさんはここで、私だけと愛を育めばいいんですよ。だって、ヒキさんは、私の、私だけのヒキさんなんですから」
とんでもないクジを引いた気分だが、なるほど、甘露はあくまで、俺との生活は一時的なものとしてではなく、永続的なものしたいってわけか。
「お見合いの話はそれで済むのか?」
「詳細は話してませんでしたが、相手がいれば問題ないんです。話はついています。もっとも、どういうわけか、お相手の方からこれまでのことで許しを乞うようなお話があったようです。やってきたことに対する根回しがようやく功を奏した、わけじゃないと思うのですが、うまくいく時は重なるものですよね。これもきっと、ヒキさんのおかげです」
「うん。そうだな。しかし、なるほどな」
手は回していた。それでもうまくいかなかった。そして、都合よく俺が現れてしまった。問題も解決してしまった。
やはり、甘露を歪めた一端は俺にありそう、か。
無論、原因を押し付けられても困るし、甘露の飛躍した思考が部分的に合ってそうなのが嫌だが。
くそう。甘露の思考をどうにかそらせないか?
「しかし、ここまでやる必要があったのかは疑問だな。さっきの騒ぎやらも甘露が裏で手を回していたってことか?」
「いえ。あれは違います。否定させてください。あんなことしてまで、ヒキさんのことを捕まえたいとは思っていません」
「攻撃してきたのにか?」
「そうです。私の手でどうにかしたかったんです。ヒキさんがヒキさんの力でどうにかしてくれたように」
「俺みたいに?」
「はい」
甘露は俺から離れると部屋を回りながら、置いてあるものを撫でながら、話を続ける。
「ですが、あれはラッキーでした。ここへどう誘導するか、昨日の夜からずっと悩んでいたんです。だから、ここまですぐに決着するとは思っていませんでした」
「昨日の夜からって」
あの目をつぶってたのはそういうことだったのか?
さすがに暗くとも外との連絡くらいは気づく。となると、自称ファン軍団については、やはり石崎のせいか。
「ラッキーはあれだけじゃありません。ヒキさんが私のことを信じてくれたこともそうです」
「俺は、リカさん時代から、甘露のことを信じてるつもりだからな」
「ありがとうございます! ファンはヒキさんだけです」
「それはそれでどうなんだかな」
ラッキーねぇ。甘露にしてみれば、まさしくその通りなのだろう。
そして、石崎なんて相手がいるからこそ、俺は甘露を守ろうとしていた。
しかし、ボディーガードとしては不要、か。
そのくせ、だらしないからって切り捨てられるわけじゃないしな。ここの設備からしても、どこから用意したのかわからないくらいのものかそろっている。本当に虫かごみたく閉じ込められたってことか?
「だけどまあ、俺も舐められたもんだよな」
「どこがですか?」
不意の俺の言葉に、甘露は驚いた様子で俺を見てきた。
「この程度の仕かけで、俺を閉じ込められたと思っていることがだよ」
「思ってますよ?」
気づかれぬようにしながらも、俺は甘露と話しつつ、後ろの壁を触わっていた。扉を撫でるようにしながら確かめていた。
設備は色々とそろっているようだが、正直なところダンジョンほどの複雑さはない。これくらいなら、破壊して簡単に脱出できる。
「まあ、脱出するつもりもないから、ん?」
「え、ないんですか!?」
さらなる俺の発言に虚をつかれた様子で、甘露は素っ頓狂な声をあげた。同時に、しれっと俺の手首に何かが巻き付いてきたような感覚があった。
肩の関節を外しながら腕を前に持ってくると、随分と重めの手錠が俺の手首を拘束していた。
「なんだこれ」
「ヒキさんが脱出を試みようとした時に、私に憑依するしかなくなるよう用意しておいた手錠です」
「なんだそれ」
「だって、さっきまでのシリアスな感じ。絶対今の状況が嫌で、逃げようとしてると思うじゃないですか」
「俺は別に、一度も嫌なんて言ってないぞ」
単純に色々観察して、何が起こっているのか、俺なりに整理しようとしていただけだ。それを逃げようとしているなんて言われたら困る。
「閉じ込めるってのは本気の所業か疑ったが、言ってたことだしな」
「まあ、言ってましたけど、それで普通、納得できますか?」
「十分じゃないか? 今さら普通なんて基準持ち出されてもな。そもそも、これを力技で出ることはできるけど、どうせそのあと面倒なことになるんだろ?」
「どういうものを想像しているかはわかりませんが、少なくとも、おとなしくしているよりは面倒だと思いますよ」
「だよなぁ」
そんな気はしてた。甘露のバックを考えると法律も俺を守ってくれない可能性がある。
けどまあ、甘露は別に、俺が嫌いで閉じ込めようってわけじゃないのだ。そのうえ、信用できるヤツの家と言えば家なので、別段困るようなこともないだろう、というつもりだったのだが。
「ヒキニートやってると、こういう時の立ち回りとかわからなくなるんだよなぁ」
「ヒキニートであることは、あまり関係ないように思いますが」
「そうか?」
「少なくとも、私は今まで経験がないです」
「そうなのか?」
案外あるんじゃないのか? 監禁ごっこ。いや、ないか。あったら怖いわ。
「一応確認なんだが、憑依するしかないってのは具体的にはどういうことなんだ?」
「それは、扉の認証に私の虹彩を使う必要があるからです」
「なるほどね。だから甘露がいないと出られないと」
スキを見て、というのも対策されているのだろうし、逃げ道を封じる手段はまだまだ甘い気もするが、ほぼ完璧な捕獲用の設備ってわけね。
「なんにせよ。出ないでくれると言うのなら」
甘露は安心したように、今度は自然な感じに笑いながら言った。
「これで真の同棲、二人きりですね」
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