第23話 推しに捕まって

 さて、仕事を受けたんならきっちりこなさないとな。


「おおい! 黙ってないで出てこいって言ってんだろ!」

「居留守使ってんじゃねぇぞ、この人でなしが!」

「人のことどれだけバカにすれば気が済むんだ? えぇ?」

「何をしようとお前はただの引きこもりなんだよぉ!」

「この透明な壁どうにかできるヤツいないのか?」


 なんか色々と言ってくれているが、乗せられても仕方がない。

 あくまでも迷惑をかけてきている相手におとなしくしてもらい、警察の人が来るまでじっとしていてもらうまでだ。


「それでヒキさん。どうするんですか?」

「何がだ?」

「何がって、憑依でどうにかできるみたいに言ってましたけど、あんな感じになった人たちって、暴虐の限りを尽くすんじゃないんですか?」

「まあ、そうだろうな」

「だったら、話し合いとか無駄なんじゃ」

「無駄だと思うぞ?」

「思うぞって。なら、どうするんです? こっちもこっちで力が強いんですから、あんまりそれをチラつかせたら、騒ぎが大きくなるだけのような気がしますよ?」

「大丈夫だって。俺は別に、あの中の誰か一人に憑依して説得するつもりはない」

「でも」

「まあ任せろって。俺はむしろ、急に甘露に心配されて驚いてるところだよ」


 さっきまで、やたらめったら持ち上げられていたのに、転びそうな子どもを見てるような、不安そうな顔で見上げられてしまっては、誰だって驚くほかないだろう。

 今の甘露は、さっきまで威勢よく攻撃ならぬ口撃をしていたのが、嘘のようにしゅんとしている。


 ほんと、この借りてきた猫みたいな甘露の方が、俺は配信でよく見知っていたんだけどな。

 それはそれ。


 しかし甘露は、なんだか死にに行く人間を止めるように、ガッチリと俺の腰に腕を回して捕まえてきた。


「心配もしますよ。だって、あの様子、ちょっと尋常じゃありませんもん」

「まあな」


 初めこそ、迷惑なヤツらって感じだったが、徐々に熱を帯び始め、人数も増え、様子はさながら戦場。


「あそこに行くのは、ダンジョンへ潜るよりも危険です」

「それは言い過ぎだって。相手は何の能力も持たない人間だぞ?」

「わからないじゃないですか」

「わかるさ」

「え?」

「俺はなんとなくだが、他人の能力が把握できる。だからわかる。あの中に探索者はいない」


 これも、俺の憑依の副作用なんだけどな。


「憑依したんですか?」

「してないしてない。男に憑依はしない主義でね。ま、だから、実力差を見誤ったりしないさ」

「でも」

「黙って見てろ」


 百聞は一見にしかず。

 見てしまえば早い。そして、俺のこれからやることは、言ってしまえばそこまで長く時間を稼げるものじゃない。

 対一般人相手に、あまり強力に使いすぎると、後の生活に支障が出かねない。さすがに迷惑なヤツ相手でも、通院させたりとか、入院させたりとか、そこまでのことは求めていない。


「魂の隷属」


 憑依に近く、憑依とは違う。

 憑依のように体から俺の魂を切り離し、周囲の魂を一時的に隷属化する。

 言ってしまえば能力による強制奴隷化。


「「「……」」」


「えっ!」


 一瞬なら、一般人に使っても問題はない程度の効果が得られる。

 一生黙られては困るからな。俺たちが逃げるくらいの時間だけ、ぼーっとしておいてもらおう。


「ひ、ヒキさん! あの人たち、急に黙り込みましたよ」

「行くぞ。やることはやった」

「やっぱりヒキさんはすごいです!」

「はしゃいでないで急ぐぞ」


 黙らせているとしても、動かなければ結局何の意味もない。それに、俺たちが去ったら、そのことに気づかずに、はしゃいでもらわないと、あいつらはおまわりさんのお世話になれない。

 おまわりさんのお世話になれなかったら反省ができないからな。あいつらが可哀想だ。


「何ぼーっとしてんだ。行くぞ。場所は甘露しか知らないんだ」

「そうでした。任せてください。こっちです」


 甘露に促されるままに、俺は行く先々の道を進んだ。

 俺の家からそう遠くはないが、俺の知らない場所。

 たどり着いたのは、謎の地下室のような、地下駐車場のような場所だった。


「秘密基地か?」

「そんなところです」


 背中を越しで甘露の顔は見えないが、なんだか楽しそうだ。

 俺も少しワクワクしてくる。

 追っ手はいない。これなら、あいつらは俺たちの脱出に気づかず、はしゃいでくれていることだろう。


「おおっ!」


 何かの認証が済んだのか、分厚い壁のような扉が重々しく開くと、中の空間が視界に入ってくる。


 近未来的な真っ白い部屋だ。


 俺はそこへ甘露に続いて中に入った。

 背後で扉はゆっくりと閉まる。

 一応、出る方法を確認しようと扉に触れるが、俺が何をしても開く様子はない。


「甘露……?」

「ふふっ」

「おい、甘露?」


 甘露はまるで、体をねじるようにしながら振り向いてきた。

 髪で隠れているせいでその表情はわかりにくい。見えるのは、ニヤリと三日月型に歪んだ口だけ。俺はそんな甘露を前にして、本能的に一歩後ずさってしまう。そのせいで背中に扉を感じる。

 甘露はそんな俺のことも気にせず、ふらふらした足取りで、ゆらゆらした動きで、俺との距離を一歩一歩詰めてくる。


 そして、


「……捕まえましたよ?」


 甘露は緩慢とした動作で、俺の体に手を回しながら言ってきた。


「捕まえた……?」

「ええ。確保です。捕獲ですかね?」


 捕獲。その言葉が表すのは他でもなく、俺を逃さないということだろう。

 じゃあ、この場所は、ダンジョンで言ってた俺を甘露なしでは生きられないようにするための場所……?


 まじかよ。実在したってのか?

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