第22話 迷惑ファンは無視するか?

「引きこもり出てこい!」

「出てこい引きこもり野郎!」

「俺たちのリカちゃんを返せ!」

「こんなことして許されると思うなよ!」

「なんでこのアパートこれ以上近づけないんだよ!」


「うぅむ」


 飛んでくるのは罵詈雑言。いや、名前を連呼されてるだけとも言うか?

 とにかく、デモのようにプラカードとか弾幕とか掲げて、自称リカさんのファンたちは、俺へ向けて大声で叫んでいる。俺の名前のイントネーションがおかしいことは気になるのだが、それはこの際いいだろう。

 手はあるとは言え、相手は一般人の群れだ。群れていて多いものはなにかと厄介だ。

 まるでバッタの大群のように厄介。

 昨夜のような、引け目のある人間に対してなら、必ずしもそうではないし、ダンジョン内でのいざこざなら、また話は別なのだが、日常の中で無辜の一般人を傷つけたら、それは普通に犯罪だ。


「甘露、あれは無視するか?」

「いいえ。しません」


 俺が甘露に問うと、甘露はキッパリと否定した。

 同棲の邪魔はされたくないとか言っていたが、まさしくそのようで、ファンをファンとも思っていないような視線で見つつ怒りを露わにしている。


「あんなの無視はできませんよ。うるさいですし、迷惑です」

「辛辣だな」

「だって、あんなのファンでもなんでもないじゃないですか」

「それは同感だ」

「そもそも、熱心なファンというのなら、ヒキさんよりも私のことを知っていないとダメです」

「たし……、甘露?」


 たしかに、と言いかけたが、決してそんなことはない。そもそも、俺より甘露のことを知ってるヤツはあの中にもいるだろう。

 だが、甘露の、自称ファンたちを見る目が、怒りから少しずつ色が変わっていることから、甘露にとっては本気の理論だとわかる。


 なんだろう。ゴミでも見るような冷淡な表情だ。


「私のことは、誰よりもヒキさんが知っているんです。そのヒキさんを差し置いて、熱心なファンを語り、あわやヒキさんの生活をおびやかすなんて、私のファンでもなんでもないです」

「俺が基準なのか?」

「当然ですよ。ヒキさんがいなかったら、今の私はないんですから! 私はヒキさんに生かされているもの同然です!」

「そ、そうか……」


 安易に否定できない意見に、俺も曖昧な返事しか返せない。

 そりゃ、助けたうえにたまにバズらせて、あとは好きにして、という、余計なことをしているのが俺だ。

 だから、今の甘露があるのは、俺のせいでないとは言えない。今のように、甘露を歪めた責任が俺に一切ないとは言えない。

 さすがに、全て俺がやったということはない。それは言い過ぎだとは思うけども、完全に否定はできない。


「そもそも、私はこのようなことをしないように、配信の方で呼びかけておいたんですから」

「そうなのか?」

「そうです。私はヒキさん一筋なんです。ガチ恋なんてされても、応えられるはずないのに、本当に迷惑ですよ。だって人に迷惑かけて人のファンなんて、自分勝手が過ぎますよ」

「落ち着け」


 俺の声も聞こえないように、甘露は家の前で騒ぐ人間への苦情と、俺への褒め言葉を交互に続けた。

 こそばゆいような、居心地の悪いような気分になりつつも、このまま放置していては問題は解決しない。


「第一」

「甘露!」

「はい!」


 大きな声で呼びかけると、甘露は正気を取り戻したように返事をした。

 やっと正気に戻ったか。いや、なんかちょっと媚びるような顔で俺の目をじっと見つめている。

 なんだろう、やっぱり俺が悪いのだろうか。ってそうじゃない。


「あれはこの国の警察に任せる。多分そのうち通報されるやつだろ。それはそれとして、甘露、ここはもう出られるか?」

「それはこっちのセリフです」

「ほう?」


 どうやら、準備万端だったらしい。

 俺の服をパクっただけのくせに、どうやらそのまま外に出るつもりのようだ。

 いや、こんな状況で長居もできないか。じっとしていたら、そのうち俺の簡易結界を突破して、一部屋ずつ殴り込みに来てもおかしくない雰囲気だ。


「何か考えがあるって顔だな」

「はい」


 キメ顔で言う甘露だったが、いえ、とすぐに否定してみせた。


「どっちだよ」

「私にあるのは、あくまで場所のアテだけです。脱出方法までは思いついてません」

「なるほどな。つまり、この場をどうにかできれば、あとはどうにでもなるってことだな?」

「そうです。お願い、できますか?」


 やけに媚びるような感じだったのはそういうことか。

 一人納得がいき、うんうんとうなずいてしまう。それなら、もう答えは決まっている。


「もちろんだ」


 俺の方は脱出の方法はあるが、あくまで逃げるだけ。木陰に隠れるという原始的な方法しか持ち合わせていなかった。


 なんてったってヒキニートだからな。外には弱い。


 まだ、その日暮らしの人間の方が、雨風しのげるような場所を、端的にこしらえることもできるのだろうが、俺の場合そうはいかない。

 が、ここで甘露にそんな場所のアテがあるというのなら、勢いに任せて逃げてしまってもいいだろう。

 俺も、甘露を守るって仕事があるから、一人で飛び出すこともできなかったしな。


「それじゃあ、ボディーガードとしての仕事といこうか」


 俺は目をつぶり、一つ深呼吸をした。


 暴徒を鎮める目的ならば、スキルの行使くらい許される。


「さあ、憑依の片鱗をお見せしよう」

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