第38話 対峙する推しと探索少女

 殺気剥き出しの甘露は壁の残骸が体に当たることも気にせずに俺と伊野尾に向けて宙に浮かぶ剣を放ってきた。

 俺も知らない謎スキルだが、伊野尾がノーモーションで生成したダンジョン壁によって、剣は柄の部分まで突き刺さり身動きが取れなくなったようだ。


 本当、どいつもこいつも早熟だよなぁ。


「動揺で反応が遅れたけど、深層のモンスターすら圧死させられる壁なのに、破壊されるなんて……」


 驚いた様子の伊野尾だが、言っていることはとっても恐ろしい。壁でモンスターを圧死させたって……? えげつなぁ。というか、なんてこと試してんだよ。

 ただ、その言葉を裏打ちするように、甘露の背後に残された二本の剣も壁に阻まれ、俺たちのいる場所まで、その刃は届かなかった。


「比企のことは守れた」

「ありがとな」

「話してる。私以外の女の子と話してる! いーけないんだぁ。やーっぱり、密会してたんだ。私の知らないところで他の女と会ってたんだ。浮気だ。許さない。許さない許さない許さない。首輪もつなげておくんだった」

「おい甘露、学校はどうした。サボりでいいようなところじゃないだろ」


 なんだかシリアスめの雰囲気に耐えきれず、俺は雑に甘露に質問をした。

 実際、甘露の見た目からは俺の脱走に気づき、慌てて来たのが見え隠れしている。現在も制服から探索時の装備に着替えることなくやって来ている。果たして、どんな回答を返すのか、曇った目をした甘露は伊野尾から俺に視線を移して、ぱちぱちと数回まばたきを繰り返した。

 それから、思い出したように笑顔になると、


「私のことを心配してくれてるんですか?」


 なんて、やけに場違いな、いかにも嬉しそうな感じで聞き返してきた。


「まあ、そりゃ、一応」

「大丈夫ですよ。UFOって言ってありますから」


 さっきまでのローテンションをどこへやったのか、グッと立てた親指を俺に向けてくる甘露。いや、そんなことされても、何も納得できる理由になってないだろ。UFOって言ってあるとどうなるんだよ、まったく。


「……それ、大丈夫なのか?」

「もち」


 またしても力強く親指を突き出されたが、どうしてそんな結論に至るのか教えてほしいくらいだ。そういや甘露、女子からモテるとか抜かしてたか。要するに、授業サボってもノートを見せてもらえるってわけだな、こんちくしょう。

 なんなんだこいつ。


「ヒキさんは私に永久就職したんですぅ」

「してねぇ。そして、元々のボディガードの件を考えれば、俺が監禁された時点でクビみたいなもんだろ」

「で、愛しのダーリンに何してくれてんのかしら? お嬢さん」

「無視すんな。あと、何してくれてんの、はお前だ」


 俺の回答を無視して、甘露はまたしても地獄のように冷たくなった目線を伊野尾のほうへと向けていた。

 仕方なしに俺も視線を伊野尾に向ける。


「で、どうするんだ? 伊野尾」

「名前で呼んでるぅ! そんな魔女を名前で呼ぶなんて。私のヒキさんをたぶらかすな!」

「魔女、ね」


 地団駄を踏む甘露を前に涼しい顔の伊野尾は、なんでかこちらも冷たい目で甘露のことをチラッと見ると、すぐに肩の力を抜いたように見えた。まるで脅威が過ぎ去ったみたいなリラックス加減だ。


「なぁんだ。あの甘露財閥のご令嬢と言ってもこの程度の子か。心配して損した。来た時は焦ったけど、比企はわたしのダーリンだから」

「私の家のことは関係ないでしょ。それに、なんだとは何よ。私はね」

「『テレポート』!」


 甘露の秘密基地から移動した時とは違い、詠唱に気づけなかった。準備していたのか無詠唱か。いずれにしろ、先ほどまでいたダンジョンとほぼ同じようなダンジョンに一瞬にして移動してきていた。

 甘露の言葉は途中で切られたところを思うと少しかわいそうではある。


 しっかし驚いたな。テレポートを日に何度も使えるようなヤツが身近にいるとは思いもしなかった。


「にしても、またダンジョンみたいだが、陣地を捨ててよかったのか? 整備もしてたみたいだったし」

「また作ればいいから。拠点は軽く移動ができてなんぼだよ。それに、一つや二つなくなって困るようなものじゃない」

「サバイバラーだな」

「そんなことないって。単に身についちゃっただけ」

「ただ、甘露への対処はお手のものみたいだったが」

「リカちゃんは手の内を明かしすぎなの。配信をしてるんだから当然だけど、ユニークスキルも汎用スキルもだいたいわかっちゃうでしょ」

「まあな」


 そんな視点はあまりないが。


「陣地が複数か」

「一つじゃ安心できないってのもある。付きまといがあったから」

「俺のせいか?」

「ううん! 比企のせいじゃないよ。助けられるずっと前から。力をくれた比企はむしろ救世主なんだ」

「救世主なんて大層なもんじゃない」


 俺の単なる自己満足だ。


 しかし、ずっと俺から手を離さないのは、いつでもテレポートをできるように、という気遣いだったのかもしれない。それに、甘露への憎悪にダンジョン暮らし。何もないはずがない。


 そして同時に、俺はいつだか甘露の言っていた言葉を思い出した。

 私が一番乗りです、だったか。


「そうなると、伊野尾が二人目……か?」

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