第39話 探索少女のスキル事情

 リカちゃんは手の内を明かしすぎ。伊野尾が言ったその言葉が俺の脳から離れなかった。


 伊野尾の言うように、甘露梨花ことリカさんは、話題になった後、その話題が持続するように努力を継続していた。普通に見ればそれはいいことのはずだ。何も問題はない。

 対して伊野尾は、話題にこそなっているようだが、俺がちらっと見た限り、一部の人に知られている程度だった。何もしなけりゃ、どんな話題も一過性だ。

 要するに、伊野尾は甘露ほど有名になっていない。それがどういうことなのかと言えば、相手のスキルを把握できるかどうかの違いにつながってくるわけだ。今はそのおかげで伊野尾が甘露を出し抜く形になった。


 実際、どちらがいいという問題ではない。二人の行動は、目的の違いと能力の違いからだろう。

 それこそ、俺の知る限りだが、有名になれるチャンスを手放すこと、そこから得られるだろうメリットを手放すことは難しいらしく、みなそれぞれのペースで俺の助けた話題に乗っかっていた。

 ただ、それが今、情報格差となっているところを見れば、有名なのも考えようだろう。しかし、対人なんて、取り締まることになるか、取り締まられる側にでもならない限り想定しないし、現実的に甘露の選択が一般的だ。


「難しい顔してどうしたの? 転移酔い?」

「ん。いや、なんでもない。しかし、転移酔い?」


 心配そうに伊野尾に聞かれ、俺はすぐに首を横に振った。ただ、聞き慣れない単語に思わず聞き返してしまった。


「うん。わたしも転移の魔法を練習していた時に、急な移動に体が対応できなかったの。それが多分、転移酔い。乗り物酔いに近い感じかな」

「ふーん。伊野尾の場合、それだけじゃない気もするがな。自己研鑽に熱心なのはいいが、お前、昨日の探索の後に寝たか?」

「寝たよ?」


 どうしてそんなことを聞くのかと、不思議そうに聞き返された。

 まぁ、眠そうには見えないし、無理をしているようにも見えない。そう考えると、無茶なことでもないのだろう。


 無理と言えば、


「そもそも、テレポートなんて、そうそう連発できるもんじゃないだろ。日に何度も使える魔法じゃなかったと記憶してるんだが?」


 俺の把握している限り、伊野尾はすでに二回、テレポートを使っている。甘露の秘密基地から脱出した時と、甘露からの逃走のため。いや、おそらくもう一回か。俺の隣に来た時も、きっとテレポートを使ったはずだ。そのうえ、知らない場所に移動するのは、知っている場所へ移動するのより魔力を多く使うらしい。もし仮にスキルとして持っていても、体質に合わないと死にスキルになるとも聞いたことがある。

 そんなものをホイホイ使えるってのか……?


「難しかったけど、今はできるよ」

「難しかったって」

「練習のおかげ。比企のことを考えたら頑張れたんだ」


 ニッコニコの笑顔で自慢げに教えてくれた伊野尾。

 なるほど。どうやらスキルの上達も早い。マジで早熟みたいだ。しかも、早熟だからといって、未熟な能力が他の人より早く使えるのではなく、優秀なスキルを早くから操れるタイプ。

 ノリノリな様子で、踊るように頭を突き出しニョキニョキ動いているが、そんなふざけた動きをしつつも、どうやら甘露以上に厄介な存在として成長しつつあるみたいだ。


「伊野尾、すごいな」

「うん」


 なぜか唇を尖らせてじっとり見つめてくる伊野尾に俺は首をかしげる。

 はて、なんだろう。上から目線な態度が気に食わなかったのか? いや、今までそんなそぶりを見せなかったし、頭突きのように頭を突き出していたことと関係が……?

 まあいいか。考えても仕方がない。

 確認を続けておこう。


「テレポートを連発できるみたいだが、あれはあとどれくらい使えるんだ?」


 実力の正確な把握。伊野尾と敵対することはないだろうが、だからと言って、甘露の攻撃が俺に流れてこないとも限らない。ともすると、安全な避難が何度まで可能なのかを確認しておくことは、俺にとって、とても意味のある質問だ。何せ今は壊すと強化される手錠に拘束されているのだから。


「え、えっとね! インターバルがなくても2、30回はできるよ。あるなら、まだ限界は試せてないかな」


 嬉しそうに目をキラキラさせながら、まるで自分のお宝を紹介するように教えてくれた。

 そして、知らないところにも行ける、か。

 魔法に偏り、スキルが少ないタイプかと思ったが、単に魔法特化型なだけだった。それも、魔力量が尋常じゃないほどのやつだ。もしかしたら効率がいいのかもしれないが、それにしたって限度がある。やはり、魔力量のほうだろう。甘露の対応力も目を見張るものがあるが、伊野尾のテレポートはそれとは比べ物にならないくらいすごい。しかも、たった一夜でマスターしたってんだから驚きだ。これはさすがに甘露にしても相手が悪いか?

 まあ、どちらの味方でもないし、どちらでもいいのだが。

 しかし、こっちを見続けてるのはなんなんだ。


「ただ、すぐに移動はできても、追いついてくることは考えてないのか?」


 油断した様子の伊野尾に対しての質問だったが、当然とばかりに「大丈夫」と答えた。


「さっきのところには、と言うよりも、どの拠点にしても足止めが設置してあるんだ。すっごい惜しいけど、本物といられるほうが価値は高いからね…………でも、ブロマイドぉ……」

「なんだって?」

「な、なんでもない! ……勝手に作ったから本人には言えないよぉ」


 隠すとなると賄賂か? いや、違うだろ。金ほど甘露に必要ないものはない。

 そうだ。どうして名前に聞き覚えがあったのか、ようやく思い出した。伊野尾が指摘していたとおり、甘露と言えば甘露財閥。古くからある高名な一族でダンジョンに関しても、グループのさまざまな企業がさまざまな側面で貢献している。そのお見合い相手だった石崎も、武器を使わないからよく知らないが、多分あいつが持っていた剣のような一級品と言える装備を作っている会社だったはずだ。つまり、政略結婚の図だったのだろう。

 とはいえ、金の線がないとなると甘露を止める手段は俺には見当もつかない。俺に対してなら美少女とかもありえるが、甘露に男を用意しても逆効果な気がするし……。


「ねねね。わたしのスキルがそんなに気になるならさ。わたしと一緒に来てよ」

「このまま甘露から逃げ切れたら考えてやるから、頑張れ」

「うん! 頑張る!」

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