第6話 推し告白す

「さて、今日はここまでかな」


 近場のダンジョン。そこの最奥までは決して行かず、俺にとって手頃なところで立ち止まった。

 深追いするな。というやつだ。


「へぇ〜ここまで、ですか?」


 何やら試すような感じで甘露は俺に言ってくる。

 俺にされた感謝もどきで、デレデレ顔だったやつの顔とは思えないほどのあおるような表情である。


「なんだ?」


 もしかして気づいたか? みたいな感じで聞くと、さらに値踏みするような、いや、なんだか俺の体を舐めるように見てきている気がする。

 そういうのって、俺がお前にするやつじゃないのかって思うが、どうやら甘露は、案外俺を見るが好きなのかもしれない。って、そんなことないな。


 まだ疑っているのか?


 まあ、俺の隠していることに気づいたのなら、それでもいいと思う。甘露ならどうにかできるだろう。


「ここまでって言いながら、ヒキさんはここで止まるんですか?」

「どういう質問だ?」

「帰らないんですか?」


 そっちか。残念と安心が一緒に来た気分だ。胸を撫で下ろしたと言っていい。いや、逆か。撫で下ろしちゃダメなのか。


「家に帰ったら甘露がついてくるだろ」

「はい」

「即答かよ。迷いないな」

「迷いなんてありません」


 仮にも俺は年上の男だぞ? もっと警戒しろ。


 とはいえ、力を持ってしまったから仕方ないのかもしれないが、うーん、どうなのだろう。油断というかなんというか。

 ダンジョンに入ってからの甘露の格好は、ダンジョン探索用ながら、これまで俺がみてきたものとは違う装備を身にまとっていた。


 スカートは短く、靴はヒールのものだ。


 動きにくそうな気がするが、今の甘露にはそれがいいのだろうか。

 そうやって気にして見てみると、顔も今までは、すっぴんだったはずだが、今日に限って化粧をしているように見える。それになんだか、画面越しに見るより胸が大きい気がする。


 そういう目で見ているから、ということじゃなく、実際にそうなのだと思う。憑依していたから、多分……。


 どういうつもりか知らないが、少なくともおしゃれなんじゃなかろうか。

 家に来るどうこうはさておき、こんないつもと違う格好をしているヤツ、裏があるに決まってるじゃないか。


「家に連れてってください」

「直球だな」

「だって、言わなきゃ連れてってくれないでしょ?」

「言っても連れてかない」

「そんなぁ」


 悲しそうな声をあげても無視だ。


「そこまでする必要、もうないだろ? それとも、俺程度の存在に頼らないといけない問題でも抱えてるのか?」

「はい!」


 また即答。しかも今度はなんだか元気だ。


 もしかして、重い問題じゃないのか?


 なら、聞いても問題ないか。


「どうしてこんなことを?」

「それは……」


 犯人に質問する警察のようなセリフだったが、俺はあくまでラフに、日常会話のつもりで話を振った。そのはずだった。

 頼らないといけないってのに、元気になるから、てっきり軽い問題だと思ったのに、反応が重い。


 甘露はなぜか迷うように口ごもってしまった。


 考えてみれば当然だ。利用しようというヤツに、ペラペラと事情を話すヤツはいない。


 が、俺を利用しようってんなら、知っておくべきことがある。諦めるかもしれないし、少し俺のことを話しておいたほうがいいだろう。


「俺程度を頼ろうとしてくれてるのはありがたい。だが、だからこそ、俺は自分のことについて白状しなくちゃならないことがある」

「別に聞かなくても頼りますけど」

「まあ聞け。単純な話だ。俺は、超有名人に頼られて何かできるような、価値のある男じゃないってだけのことだ」


「そんなことありません!」


 俺の言葉を否定したのは甘露だった。


「そもそも、利用価値とかなんとか、そんなものに興味はありません」

「利用価値に興味がない? それは、投資先の状態を確認しないで投資するようなものだぞ。そんな馬鹿げたことでも言うつもりか?」

「いえ、違います。利用しようとか、だまくらかそうとか、そんなつもりはないんです」


 それでもやはり、迷うように、甘露は言葉を続けようとしない。


 いや、なんだ? なにかが違う気がする。


 照れ? 恥ずかしさ? そんな雰囲気で、甘露は俺のことをチラチラ見ながら、言おうか言うまいか迷っている。そんな感じだ。

 なんだ? わざわざ遠くからやってきて、俺のこの服装のダサさを指摘しようというのか?

 未だ、安いからという理由だけで、売れ残っていた謎のキャラクターが描かれたTシャツを着ている、この俺の服装を、指摘しようというのか?


 甘いな。その程度で恥ずかしがっていたんじゃ、ヒキニートはやっていけないぞ。


 そう思い、俺が声をかけようとした瞬間。


「私、ヒキさんのことが好きなんです!」


 甘露は意を決したように、とんでもないことを言ってのけた。


「……。は?」


 顔を真っ赤にしながら、それでもまっすぐ俺を見て、ついてこようとした時の照れたような、くねくねした動きを止めて、甘露は言っていた。


 言った。確実に言った。俺は聞き逃さなかった。


「は?」


 だが、俺の口から出るのは疑問、動揺、意味がわからない。の、は。


 目を輝かせて、俺を見る甘露の瞳に、好きという言葉の意味を疑う余地はなさそうだ。

 見た目のことも俺に色仕掛けをしてるのかもしれないが、それは純粋に恋の色仕掛けとでも言うか……。


「はああああああああああ?」


 それはまさに青天の霹靂。

 ダンジョンの中ということも忘れて、俺は叫んでいた。

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