第28話 推し登校す

 とうとう甘露は学校へ行くらしい。

 学校ね。俺にもそんな時期、そんな未来があったのかな。


「私に憑依しないでいいんですか? 私に憑依して学校へ行けば、それはもうかわいい女の子たちとそれは楽しく百合百合できますよ? 私はこれでも女の子に人気があるんです」

「自分で言うな。そして、別に興味ない」

「そうですか? ふむ、この手はダメか……」


 ゆっくりしていたツケが回ってきたらしく、甘露もここではあまり食い下がらなかった。


「それでは行ってきます」

「おう。気をつけて」


 虹彩認証とやらで俺が出ないように警戒しながら出ていった甘露氏。


「さて」


 久しぶりに一人になったはいいが、特にやることはない。トランプタワーはもうやったし、他のトランプ遊びは正直一人でやっても楽しくない。俺の知らないひとり遊びがあるかもしれないが、知らなきゃ遊べない。

 ただ、脱出すればおそらくバレる。


「なら、試しに手錠を壊してみるか」


 甘露の前ではどんな仕様か確かめるだけで、抵抗とみなされる可能性があった。こうして一人なら、力が有り余って壊してしまった。という事故にもできる。


「ふんっ」


 思ったよりも簡単に壊せた。が、確認しようと腕を前に持ってこようとしたところで、ガチャン、と鍵がかかったような音とともに、俺の手首がずしりと重くなった。確かめなくてもわかる。これは、破壊するたびに強化される仕かけだ。変化する雰囲気はそのせいで起こっていたのだろう。限度はありそうだが、俺は脳筋タイプでもないしな。一度でやめておくのが吉だろう。


「仕方ない。甘露の思惑に乗るわけじゃないが、ちょっと甘露の観察をするか」


 憑依、というのは、魂を体から切り離して他人の肉体を乗っ取って自分が活動するようなもの。つまり、自分の肉体から魂を切り出すだけならば、幽体離脱も実現できる、というわけだ。正直、自分の体を意味もなく無防備にするだけなので、普段ならやりたい使い方ではないが、これなら移動も自由自在、手首のウザさも解消される。

 別に俺は百合を見たいわけではない。そこは勘違いされては困る。


 ひとまず魂を浮上させて周囲を確認。少し急ぎで周囲を見回してみたが、甘露のゆっくりと歩いている様子が見えてきた。遅刻の心配はないのかもしれないな。

 魂だし、こっそりとする必要もないのだが、尾行ということでなんとなく物陰に隠れつつ甘露との距離を詰める。


「あれ、ヒキさん。やっぱり百合が見たいんじゃないですか」


 すると、くるりとこちらを向くと、甘露は俺が見えているように独り言を言った。

 こいつは普段からこの調子なのだろうか。


「ちょっとヒキさん。無視しないでくださいよ」


 甘露はそれから俺の方に歩いてくると、えいっと俺に重なるように、まるで憑依されようとしているように接近してきた。


「あっぶな。何すんだよ。えいっじゃないわ」

「やっぱり聞こえてるんじゃないですか」

「なに? 見えてんの?」

「見えてますよ」


 普通見えないんだけどなぁ……。


「いいのか? もし見えてるんだとしても、他の人からすれば俺は見えてないんだぞ? こんなところを見られたら、とか考えないのか?」


 あくまで常識的に聞いてみたが、なぜ、という感じで甘露は肩をすくめた。

 なぜ欧米風のリアクションなんだよ。


「私は学校では不思議ちゃんで通ってるんです。独り言を言うくらい日常ですから」

「そう、なのか?」

「そもそも、飯屋めしやさんに匹敵するほどのお力を持つヒキさんとお話しして、何を恥じることがあるんです?」

「俺は、そんな探索者なら誰でも知ってるような伝説的英雄と、同列で語られる存在じゃないと思うけどな」


 だが、困った。これだと俺の甘露を観察する暇つぶしも常に危険がつきまとうものになってしまう。憑依してもすぐに出ればいいのだが、こんな事態が初めてなせいで、いつものように肉体の主導権を握れるかどうかも怪しい。最悪、意識はあっても動けないかもしれない。


「甘露ちゃーん!」


 と、そんなタイミングでどこからか甘露を呼ぶ声がした。

 手を振って甘露に呼びかけていたのは、甘露と同じ、私立冥宮女学院の制服を着た女の子。


「友ちゃん。おはようよう」

「おはようよう」


 甘露の謎の挨拶に対応しているところを見ると、甘露の不思議ちゃんをわかっていて相手をしてくれているいい子みたいだ。となると、見えない俺が紹介されかねない。ここは悔しいが、日課の亜種として、ダンジョンで探索している女の子を探すことにしよう。


 甘露よ、さらばだ。

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