第20話 推しの寝てる間に

「寝たな」


 甘露の寝息が聞こえてきた。耳をすませば聞こえてくる程度の小さな寝息だから、ただの呼吸音かもしれないが、寝たと思っていいだろう。ダンジョン探索の疲れもあってか、部屋が暗くなるとすぐに眠ってしまった。


「まあ、ダンジョンでの震えは本物だったしな」


 俺としては、ずっと疲れてばかり、疲れさせられてばかりだったが、甘露だって疲労していないわけがない。

 道具がどこにあるかもわからない状況で料理をし、風呂の準備をし、そして寝床の用意をする。

 どれも他人の家ですることではなく、他人の家に行ってまですることじゃない。

 泊まらせてもらうにしたって、全部やるのはやりすぎなくらいだ。

 甘露の行動には色々と思うところはあるが、甘露なりに気を回してくれてたのかもな。


「ま、それで全部がチャラになるわけじゃないが……」


 いや、こんなに甘露について考えている場合じゃない。

 俺が玄関にいるのは、何かあった時、すぐに出られるようにするためだ。

 俺や甘露なら、誰かが来てもボディーガードなんて必要ないだろう。

 だが、ここは一応集合住宅。大家さんには失礼だがボロアパートだ。

 甘露が指摘したとおり、他に人が住んでいないため、隣へ声が漏れる心配はないが、問題はそこじゃない。


 俺はのっそりと家を出て、アパートの階段を降りた。

 金属製だから、慣れてないヤツが使うと足音がするのだ。一度、俺の家を確認するためか聞き慣れない足音がしていた。甘露が騒いでいたおかげで、多分、誰も気づいていない。そんな音量だ。


 甘露が寝たタイミングでよかったな。


「誰だ? そこで何してる」


 ビクッとした人影。

 暗くてよく見えない。おまけに目深にフードをかぶっていて、初対面の時の甘露じゃないが、とても顔がわかるような状況じゃない。

 が、俺に知り合いは少ない。きっと知り合いじゃないだろう。少なくとも、甘露のお見合い相手じゃあない。


「今日はストーカーが多いな」

「ストーカー? なんのことだ。僕はお前をストーキングなんてしていない」

「じゃあなんだよ。今この家にいる誰かのストーカーか?」

「違う。僕はストーキングなんてしていない!」


 あくまでシラを切るつもりらしい。いや、本当にそうなのか? 声からして男と思われる人物の手元には、赤々と燃えるマッチの火。あれは確実に、ストーキング中に燃やすものじゃない。それに、明かりにしては頼りなさすぎる。

 相手の顔がわからないくらいの明るさしかないのだ。こんなもの、どう使うかなんて決まってる。


「まあ、だいたいわかった」

「気づいたってもう遅いさ」

「話ぐらい聞けよ」


 男は俺の言葉も無視して火のついたマッチをアパートめがけて放り投げた。油の用意はない。が、このボロよく燃えそうだもんな。

 準備なんてしないってか。いや、これからだったのか?

 そんなこと、どっちでもいいさ。


「よっと。ふっ! マッチを落としちゃ危ないだろ?」

「は、え……。はあ!?」

「なんだよ。落としかけたマッチを拾ってやったんだぞ? あわや放火の犯人にされるところだったんだ。そこは怯えるんじゃなくて感謝だろ? アイツの差金さん?」

「だ、誰が差金だ! 石崎さんは関係な……」


 石崎の名前が出た。当てずっぽうだったが、どうやらビンゴらしい。声も震えているし相当驚いたのだろう。

 人に雇われての行動。それも甘露のお見合い相手の差金。おそらく、犯行後は家の力で揉み消すつもりだったのだろう。

 この感じだと、お約束が弱かったみたいだな。


「いや、驚かされた。まさかこんなところに曲芸師がいるとは。だが、残念だったな。その距離じゃもう拾えまい」


 俺が状況分析していると、男は新しくマッチを取り出して、箱の側面にすりつけた。すでに冷静さを取り戻しているらしく、声の震えが止まっている。

 シュッシュ、と音がし、焦げるようなにおいがしてきた。


「へへっ。どんな思い入れがあるか知らないが、自分の暮らしてきた建物が燃えるってのはどんな気分だ?」

「どんな気分と聞かれてもなぁ」


 まだ燃えてないし。正直思い入れはそんなにない。だってボロだし。

 目の前では、変わらず男がマッチを箱にこすりつけている。


「くそっ!」


 しけっていたのか、火がつかないマッチを捨て、男は新しいマッチを取り出した。

 だが、少しだけ焦げたようなにおいがするだけで、マッチに火はつかない。


「は? んでだよ!」


 じれったそうに、男はとうとうライターも取り出したが、そのライターすら火を灯すことはなかった。


「な、なんで。どうして」

「残念だが、今ここで火を起こす現象は発生しない」

「何を言ってるんだ。そんな訳ないだろ。たまたま道具が使えないだけで」

「たまたま」

「違うってのかよ」

「ああ。違うね。これは俺のスキルの副作用みたいなものでな。炎ってのは、魂やらと密接に関わってるらしいんだよ」

「何が言いたい」

「何って、だから、俺は炎も結構操れるんだ。鬼火送りってところかな。今頃燃えてるのは、お前の雇い主だろうぜ?」

「え」


 瞬間、男のスマホが鳴った。


「出てやれよ」


 ありえない。そんな顔で俺を見てから、男はそれでも電話に出た。


「もしも、……っ!」


 相手が電話口で何を言ったのかは定かじゃないが、とにかく怒った様子で男に向けて怒鳴っているらしいことはわかる。

 顔をしかめる男の顔が、スマホの明かりでよく見える。

 やっぱり知らない顔だな。だが、こいつはこいつで、どうせロクな終わり方はしないだろう。

 石崎と同じところで、同じような目に遭わされるんじゃないか?

 男は電話を切ると、俺に何か言いたそうにしてから急いで走って行った。


「ああ、ああ。あわてんぼうめ」


 証拠を残して逃げるとは、三流のやることだろ。

 まあ、ここでは何もなかったのだし、片付けは俺がしといてやるか。

 片付けはね。石崎と俺とのお約束が弱かったんだし、ちょうどいいだろ。


「さて、どうしようかな」


 守るものは守る。もう、二度と失わないために、俺は何ができるかな?


 誰も何も知らないところでちょっと炎上しててもらおうか。なに、勝手に誰かが燃えるだけさ。そういうお約束なんだから。甘露の前に現れないってね。

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