秀頼公諸国巡見記 続 政宗VS家康

飛鳥 竜二

第1話 秀頼 信州上田に現る

 空想時代小説

 天下が治まり、諸国は諸大名の元、安寧の世の中になると思われた。

 朝廷より武家監察取締役に任じられた秀頼は真田大助を伴って諸国巡見の旅にでた。


 春の桜がきれいな時期に、秀頼と大助は信州上田の地を訪れていた。真田が2度にわたって、徳川をしりぞけた地を見るためである。今の領主は大助の伯父、真田信幸である。

 まずは、真田家の菩提寺である長谷寺(ちょうこくじ)に出向いた。山の中腹のうっそうとした森の中にある。ここに大助の曽祖父真田幸隆、祖父真田昌幸の墓がある。昌幸の墓は紀州九度山(くどやま)にあるのだが、ここは分骨した墓なのだ。

 二人の墓に手を合わせた。この平穏な世を作った功労者の二人である。この二人がいなかったら、徳川は負けていなかったかもしれないのである。

 墓参りを済ませ、寺をでようとすると、静寂な寺の中からひとりの僧兵がでてきた。

「お主ら、真田の郷の者ではないな」

 大助は真田の者なのだが、生まれは紀州九度山なので、この地に知人はいない。

「そうである。大坂から参り、諸国を巡っておるところだ」

 と秀頼が応えると、

「やはりよそ者か? この寺に何用か?」

 と警戒しながら聞いてきた。大助の祖先の墓参りと言うのは簡単だが、それではおもしろくないと思い、

「真田家とゆかりのあるお二人の墓を参るためである。お二人は大坂にゆかりのある方だからの」

「何を申しておる。幸隆公も昌幸公も大坂方に味方はしておらん。味方したのは信繁(幸村)殿で上田の殿は徳川方であった。さては、お主ら上田の殿の敵か!」

 と、もっていた薙刀を秀頼に突き付けた。そこで、大助が口を開いた。

「待て待て、この方をどなたと心得る? 武家監察取締役の木下秀頼公であるぞ」

「木下秀頼? そんな名は聞いたことないぞ。豊臣秀頼の名をまねてかたる者か?」

「無礼な。その名を出すではない。今は豊臣姓から旧姓の木下に復されたのだ。拙者は真田大助、昌幸の孫じゃ」

 それを聞いて、僧兵は薙刀を降ろし、一歩下がり

「それはまことか? しばし待たれよ。住職を連れてまいる」

 間もなくして、僧兵は住職を連れてきた。

「拙僧が、長谷寺の住職である。昌幸公の孫はどちらかな?」

「拙者でござる」

「その証しは?」

 そこで、大助は父から譲り受けた脇差しを抜いてみせた。そこには家紋の六文銭が彫られている。

「たしかに、真田家の家紋。して、父上はどなたかな?」

「父の名は信繁じゃ」

 その名を聞いて、僧兵は驚き、膝をついた。

 信繁公の嫡男が、豊臣秀頼公のお供をして、諸国をめぐっていると聞いていたからだ。住職は

「では、貴殿が秀頼公かな?」

 と、秀頼に向かって尋ねた。

「いかにも、わしが秀頼である」

「それはようおいでくだされた。このような荒れ寺では、何のおもてなしはできませぬが、茶を差し上げたい」

「それはありがたい。ちょうどのどがかわいていたところ。ごちそうにあずかろう」

 ということで、庫裏の中に案内され、茶をいただき、ひと休みした。

 二人が出立しようとした時、住職が声をかけた。

「お二人だけでは心もとないことであろう。先ほどの僧兵の義慶をお供に加えてくださらぬか。少なくとも信州にいる間は役に立つはず。本人のたっての願い、拙僧からもお願いしたい」

 秀頼と大助は顔を見合わせたが、道案内の他にも役立つであろうと考え、供とすることを認めた。

 長谷寺を出る頃には陽が傾き空が朱に染まっていた。義慶の案内で真田の郷の大きな百姓家に宿がとれた。銀1粒で最高の待遇を得ることができる。

 夕餉の際に、主人と話をした。こういう時は大助の担当である。秀頼は静かに聞いている。秀頼が話すと、大名口調になり、おかしく思われることがあるからである。

「ご主人、この郷の暮らしぶりはどうじゃ?」

「悪くないだ。ただ、砥石の山にいる山賊が時々悪さをするので、次はどの村がおそわれるかと皆びくびくだ」

「山賊か?義慶殿、それはまことであるか?」

「うむ、砥石の山に砦が築かれ、ふもとの村が年に何回かおそわれていると耳にしておる」

「寺がおそわれたことは?」

「長谷寺は、砥石より北にあるので、おそわれたことはない。もっぱら南や東の村がやられているようだ」

「上田の真田勢は何をしておるのだ?」

「山賊どもは素早い奴らでおそってはすぐに逃げるとのこと」

「砥石に攻め込めばよいではないか?」

「それが・・・砥石の山はとても急な登りと、数々の罠があり、攻めあぐねているとのこと」

「松本の殿の応援をあおげばよいではないか」

「上田の殿の方が兄であり、兄が弟に頭を下げるのは屈辱とのこと」

 秀頼や大助が知っている信幸・信繁の兄弟関係はそんなぎくしゃくしたものではない。おそらく家臣同士が腹のさぐりあいをしているのだろう。

 しばしの沈黙の後、秀頼が口を開いた。

「それでは明日、砥石にまいろうではないか。この目で砦を見て策を講ずることにしたい」

 ということで、明日行くことが決まり、その日は終わった。


 翌朝、朝餉をとった後に、砥石へと向かった。まさに急峻な山である。ここはかつて、若き武田晴信(信玄)が村上義清の砥石城を囲み、戦った場所で、武田側が敗れたところである。「砥石崩れ」と言われている。その後、真田幸隆が智略をもって、砥石城を奪ったのである。

 砥石に着くと、急峻な山のふもとに砦が見える。

「あれは、山門の砦で、いわば出城でござる。あそこからは急な登りが始まり、頂上の砦までにはいろいろな罠がしかけられていると言われてござる」

「うーん、山賊の防備はなかなかのものか」

 しばしの沈黙の後、秀頼が口を開いた。

「義慶殿、あそこに潜り込むことはできぬか?」

「拙僧が? 山賊に知り合いはおりませんが・・」

「だからよいのじゃ、我らが追っ手となるゆえ、義慶殿は盗人になって逃げ込むのじゃ」

「そこで、罠を調べるのですな」

「察しがいいぞ。頼めるか?」

「真田の郷の民のためとあれば、断れません。それでは、悪人の扮装に」

 と言って、義慶は近くの百姓家に行き、鶏を一羽買い、身なりを盗賊風にしてきた。それを見て、二人は思わず吹き出してしまった。もろ盗賊の風体だったからだ。


 早速、盗賊風の義慶が逃げ、二人が追いかけることになった。茶番劇であったが、山門の砦にいる山賊はその様子を見て義慶を入れてくれた。二人は、その場で悪口雑言を浴びせてふもとにもどった。

 二人は、ふもとの百姓家に宿をとった。義慶が鶏を買い求めた家で、つなぎの役をその家の主人に頼んだ。

 翌日、二人は上田城に出向いた。山賊のいる砥石攻めをするための打ち合わせである。上田城下を歩くと、徳川方を撃退させた方策がいたるところにうかがえる。ほとんどの道は狭くて入り組んでいる。大手門に続く通りが1本あるのだが、その両側に並ぶ家が通りに沿っておらず、やや斜めに建てられている。そうすることで家々の間にカギ状の隙間ができ、伏兵を置くことができるのである。さすがだと、祖父の知恵に感心する大助であった。

 上田城の大手門に着いた。左右に櫓があり、いかにも守りやすい大手門である。右の石垣にはやたらと大きい石が使われている。

「これが真田石と言われるものか」

 と大助は祖父が作った上田城に感心していた。

「この城が徳川の支援でできたというのが傑作じゃな。大助のじいは天下一の策士かもしれぬぞ」

「その血筋を拙者も受けついでおるのであろうか」

「そうかもしれぬ。真田は油断ならぬ相手じゃからの」

「殿の敵と言っても、全ての大名は皆、殿の手下みたいなもので、敵ではございませんな」

「そうだな。家来は大助だけじゃがな」

「ゆえに、大名たちが従うのでござる。以前の徳川みたいに強くでれば、つぶされるおそれがござるが、殿ならばその心配はござらん」

「平和の存在だな」

「象徴でござる」

「まあ、それでよい。わしがその道を選んだのだ。大坂城にいるよりは、今の方が気楽で、変化があっておもしろい」

「確かに、大坂城におられたころの殿と比べると、今の方が生き生きとなさってござる」

「やはり、そう見えるか? やかましい取り巻きどもがいないのが一番よいぞ」


 二人は上田城の門をたたいた。門番は、秀頼の名を聞くと青ざめた顔で奥に上役を呼びにいった。予告なしの訪問だから無理もないことである。

 すぐに、上役がやってきた。飯田という家老だ。秀頼の顔を知っており、ひれ伏した後、すぐに館の客間へ案内し、そこに城主の真田信幸がやってきた。

「これは、これは秀頼公。よくぞお越しくだされた。心より歓迎いたしまする」

 と言われ、上座に座らされた。だが、秀頼は信幸の言葉をさえぎり、

「本日は、物見遊山でうかがったのではない。まず、大助の話を」

 という言葉で、その場にいた者たちが大助に注目した。

「実は、真田家の菩提寺である長谷寺からこちらに向かう途中、砥石の城跡に山賊がこもっていて、時々ふもとの村をおそっていると耳にしたのじゃ。聞くとなぜだか上田勢が難儀されているようで、秀頼公としては、このまま捨ておくわけにはいかぬのでござる」

「そのことでござるか。確かに難儀しておってな。飯田、今までの経過を説明いたせ」

 そこで、城門から案内してきた家老の飯田が今までの経緯を説明し始めた。

「我らが、沼田から上田にはいったころから、山賊どもが居座り始めたのでござる。頭領は北条の生き残りだと言われておる。そこに徳川の落ち武者どもが入り込んできたようなのじゃ」

「ただの山賊ではないのでござるか。それも籠城策を知っている策士がいるようじゃな」

「そういうことでござる。今まで2度、家来を率いて攻め込みましたが、1度目は弓矢や種子島によって山門の砦のところではねかえされてしまったのでござる」

「2度目は?」

「火矢をかけて、山門の砦は奪い取り、そこから続く急な斜面。斜面から石や材木が落とされ、ところどころに落とし穴などの罠があって攻め上がれなかったのでござる」

「うむ、あの山ではいたしかたあるまい」

「かつては村上義清殿が築いた難城。祖父幸隆が智略で攻略したが、山賊相手では智略も難しく、手をこまねいておるしだい。面目ない」

「そこで、わしが入り込んで山賊どもを捕らえたいのだが、手伝ってくれぬか」

「秀頼公が入り込む?そんな危険な」

「わしは武家監察取締役である」

「山賊は武家ではござらん」

「でも、元武士であろう。ここでわしが何もせねば大名どもに笑われるわ」

「それはござらんが・・・それでどうなさるおつもりで?」

「真田の草の者を拝借したい。できれば10人ほど」

「それはたやすいこと。飯田、手配いたせ」

「はっ、すぐに」

 と言って、飯田は下がっていった。その後は、信幸を囲み、秀頼・大助の3人でよもやま話に花が咲いた。


 翌日、秀頼らは砥石のふもとの村に入った。いくつかの百姓家に分かれ、義慶からの連絡を待った。その日から百姓姿で過ごす日々が続いた。

 10日後の夜、やっと義慶が山から下りてきた。思ったより元気だった。

「義慶殿、よくぞ無事もどられた。心配しておったぞ」

「なんの。入って3日間は山門の牢に入れられて、あれこれと素性を調べられたのでござる。ですが、持参した鶏が功を奏し、盗賊として認められたのでござる。その後は、山の上の砦に連れていかれ、自由に動き回って、調べることができたのでござる。それで、明日、ふもとの村に攻め込む手はずを知らされたので、抜け出してきたのでござる」

「そうか、明日の襲撃は、どの村か?」

「それは幹部の者しか知りません。でも、ふもとの村は5つしかござらん。すべての村に兵を配置すればよいのでは?」

「うむ、そうだな。して山賊の数は?」

「すべてか分かりませんが、拙僧が見たのは50人ほど。その半数が攻め込むのでは?」

「それでは兵を50人ずつ村に配置すればよかろう。さらに、大助は真田の兵を100人ほど率いて、山門の付近で隠れておれ。それらの兵も上田の殿にお願いいたせ。大助、上田の殿に至急知らせよ」

「心得た」

 と大助は文を書き、草の者に託した。

 秀頼と大助・義慶の3人は細かい策を練った。


 翌日、山賊どもが山門の砦を出ていくのを見届けると、縄でしばった義慶を連れた秀頼が山門に近づいた。草の者たち10人も姿を隠して山門の砦に向かっている。さらに大助と真田の兵およそ100人が見つからないように山門付近に隠れて、待機して時を待っている。

 秀頼が山門の砦に向かってどなった。

「丸子の山賊砦から参った者だ。頭領に会わせよ」

 丸子とは、上田の反対側にある山である。

「頭領は留守じゃ。また出直されよ!」

 と怒鳴ってきた。そこで、

「ここから抜け出した輩が丸子に来たので、捕らえて連れてきた。面とおしを願いたい」

「なに、昨日抜け出した裏切者を連れてきたのか? 頭領から聞いておる。その者の顔を見せろ」

「こやつだ!」

 と言って、顔をすみで塗った義慶を前に突きだした。一応後ろで手をしばってある。

「よし、それでは中に入れ」

 と言われ、秀頼と義慶を山門の中に入れるために門が開いた。その時、隠れていた草の者たちがすばやく入り込んで、山門の砦を守っていた山賊どもをやっつけたのである。そして、草の者たちが山賊の替わりに山門を守る役についたのである。

 そこで秀頼は義慶の縄をといた後に、待機している大助と真田の兵100人に合図をおくり、山門内に引き入れた。村を襲いに行った山賊どもが戻る前に山賊の砦を攻略するためである。

 義慶の案内で秀頼と大助と兵たちは山頂の砦に向かって急峻な山道を難儀しながら登っていった。山頂にいた山賊たちが気づいて、弓や種子島で攻撃し、さらに落石や材木による攻撃をしてきた。弓や種子島の攻撃には多少手こずったが、義慶が罠の場所などを衆知していたことから落とし穴にひっかかることなく、敵の攻撃も予測できたので急な斜面をころげ落ちることもなく、山頂の砦に着くことができた。

 着くと、山賊どもとの斬りあいが始まった。山賊は20人ほどしかいないし、頭領が不在なので、意気が上がらず、半刻(はんとき・1時間)ほどで、生き残った10人ほどの山賊を捕らえ縄をかけた。山門まで連れて下り牢にぶち込んで、頭領たち残りの山賊がもどってくるのを隠れて待っていた。

 夕刻になると、出ていった頭領と山賊どもがもどってきた。いずれもけがを負っていたり、返り血をあびてくたくたの様相だった。

「開門!」

 と山賊が声を発すると、山門が開いた。

 頭領と山賊どもが入ると雰囲気がおかしいと気付き、

「逃げろ! 逃げろ!」

 と頭領が叫んだ。しかし、それまで姿を隠していた秀頼たちが立ちふさがって、山賊どもを取り囲んだ。わずかの時間で、山賊どもを一挙に捕らえることに成功した。

 秀頼らは、捕らえた頭領と山賊たちを引き連れて、上田城にもどり山賊たちを牢屋にぶち込んだ。

 その後、秀頼らは信幸公に砥石での様子を報告した。砥石の山の急峻なことに難儀したことなどを話し、

「信幸公の祖父で、わしの家来の大助の曽祖父の幸隆公の策をまねて内部から攻略し、山賊どもを捕らえることができ申した。草の者たちと真田の兵たちには感謝でござった」

 と幸隆公のすごさをほめたたえた。

 これで、信州上田での任務完了。

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