第19話 秀頼 因幡に現る
空想時代小説
今までのあらすじ
天下が治まり、日の本は諸大名の元、安寧の世の中になると思われた。
朝廷より武家監察取締役に任じられた秀頼は真田大助と上田で知り合った僧兵の義慶それに影の存在である草の者の太一と元山賊の春馬を伴って諸国巡見の旅にでた。越後からは身請けをしたお糸もいっしょで、駿府からは徳川家光も同行している。
国境の米子についた。もう少しで因幡の国である。ところが、ここで賊に襲われた。旅籠で休んでいる時に、眠りぎわに賊に襲われたのである。賊は
「秀頼はどこじゃ!」
と騒いでいる。大助や義慶らが奮闘して賊は退散した。家光は初めての斬りあいをして震えている。本人は
「武者奮いじゃ」
と息巻いている。自分を守るだけで精一杯であったのだ。呼び笛を大助が鳴らしたが、松原次郎介が来た時には賊が立ち去った後であった。
「遅れて申しわけありませぬ。近くの旅籠に泊まれず、一人だけこの旅籠の近くに置き、その者の知らせでまいった次第。ご容赦あれ」
「うむ、こたびは我らのちからで対処できた。次回はよろしく頼むな」
との言葉で、松原らは引き揚げていった。
米子を抜け、因幡の松江城に近づいた時である。秀頼らの一行とすれ違った浪人が振り向き、
「木下秀頼と見受けられる。父は鳥取で秀吉に討ち取られた。それ以来、わしは浪人の身、一太刀お相手いただきたい」
といきなりかかってきた。そこを大助が一刀で腹を斬り、相手を倒した。息もたえだえの相手に大助が聞く。
「なぜ、我らが秀頼公の一行とわかった?」
「そ、それは・・目印があるゆえ・・」
と言い残して、息を引き取った。
「目印?」
とだれもが不思議がった。
松江城は見るからに名城であった。この城は堀尾家が築いた城であるが、今は毛利家から城代がきている。堀尾家の祖、堀尾義晴は信長の稲葉山城攻めの際に秀吉の道案内をし、裏手から攻めた功労者である。元は秀吉方であったが、秀吉亡き後は家康に組みしていた。先年、義晴は亡くなっている。
堀で囲まれ、壮大な石垣に囲まれた天守は近くからは見えない。遠く離れると天守の上だけが見える。それだけ石垣が高いのである。攻めにくい城を造ったものだと秀頼は感心していた。
月山富田城跡にやってきた。ここも標高190mの山全体が城でいたるところに曲輪のあとがある。一刻(いっこく・2時間ほど)かけて、頂上まであがる。途中、天守に背を向けぬと頂上まで行けぬところがあったり。広い道から狭い道になり、周りから狙い撃ちされるところもある。さすが、稀代の名将尼子経久が整備した城である。上から見ると、後から来る松原次郎介の一行が見える。だが、その動きがあやしい。賊を見つけたのだろうか。配下の者を脇道に伏せている。
「大助、あれをどう見る?」
「あやしい動きでござるな。不審な者を見たのでござろうか?」
「不審な者は我らかもしれぬぞ」
「と言いますと・・?」
「米子でも松江でも、我らは賊にねらい討ちされた。ということは我らに目印があるということじゃ」
「松江の賊もそう申しておりましたな」
「ということは、鳥取でその目印をつけられたということじゃ」
「鳥取でつけられた・・・」
と言ったところで、大助ははっと思い、胸元にある呼び笛に目をやった。
「この呼び笛でござるか」
「それしかないな。お主と義慶が同じ物をぶら下げておれば、すぐに我らとわかる」
「たしかに・・・とすると、あの松原次郎介は旧山名家ゆかりの者?」
「うむ、その身内と見て間違いないな」
「では、太一を呼び、隠れている者たちの始末を頼みまする」
「うむ。われらも用心して進もうぞ。おそらくあの狭い道でおそってくることだろう」
大助は家光らに策を伝えた。狭い道なので、横からの攻撃に立ち向かわなければならない。太一が何人かの敵を倒したら、斬りあいが始まることになると伝えた。また最初に矢がとんでくることを覚悟しなければならぬことも伝えた。
中腹の花の壇近くの細い道にさしかかった。そこに数本の矢がとんできた。先頭の義慶がそれを振り払う。次の家光も矢を避けた。大助は秀頼とお糸の身を守り、春馬は後ろからの攻撃に備えている。
「ギャー!」
一人の侍が倒れてきた。太一の手裏剣がささっている。敵は反撃を察知したので、脇から斬りかかってきた。義慶が薙刀を振り回し、敵を近づけない。家光も槍を構え、すきあらば突き出す姿勢を示している。大助は脇から来た侍と立ち向かっている。春馬も後ろから攻めてきた2人と相対している。秀頼は大助と春馬の中間に立ち、お糸を守っている。太一も何人かと対峙している。
義慶が一人を倒した。前があく。そこで、秀頼はお糸を連れて義慶と家光とともに細道を抜け、花の壇の広場に出た。この方が戦いやすい。そこに松原次郎介がいた。
「秀頼覚悟!」
「次郎介、なぜ主君の命に逆らう?」
「主君の命より、父太郎衛門の恨みを果たすのが先決」
「お主の父は毛利藩士ではないのか?」
「今の父は養父でござる。幼き時に、養子に出された身。実の父は山名藩士江藤太郎衛門でござる」
「鳥取城で亡くなられたか?」
「そうでござる。卑劣な秀吉の策で飢えて死んだのじゃ。こんな屈辱はない」
「そうか、では父秀吉に代わってお相手をいたそう」
と秀頼が申すと
「殿、そんな無茶な」
と義慶と家光が言ったが秀頼は言うことをきかない。刀を次郎介に向けた。体格は秀頼が5寸(15cm)ほど高い。次郎介は下段に構え、徐々に間を詰めてくる。秀頼は中段の構えを崩さない。すると次郎介は剣先を地面につけて、土砂を秀頼に向けてはねつけ、すかさず横一閃に刀を振った。
「卑怯な!」
と見守っている義慶と家光が叫んだ。そこに敵を倒してきた大助と春馬それに太一が花の壇にやってきた。
秀頼は相手の攻撃を察知していたのか、一歩下がって攻撃をかわしていた。
「さすがだの、秀頼」
「武士とは思えぬ卑劣なことをする。まるでやくざ者だな」
「卑劣というのはそなたの父秀吉の方じゃ。それで今のそなたがいるのではないか」
そこに大助がどなる。
「秀頼公はその詫びをしに、諸国をめぐっておるのだ。鳥取城でも手を合わせ冥福を祈っておられたし、日の本の平穏を心より願っているのじゃ」
「表向きはそうであろう。だが、産まれもってのしょった罪は変わらん。わが父をはじめ多くの者のうらみ。ここで晴らさなければいつするというのじゃ」
秀頼は右上段に構えた。体格がよい方がとる守りの上段である。次郎介はまたもや下段で徐々に間合いを詰める。ぎりぎりのところでじっと止まる。どのくらい時間がたっただろうか。次郎介が一歩前にでる。そこを秀頼が刀を撃ちおろす。次郎介はすかさず一歩さがり刀をよけ、上にとんだ。そこに右足をさらに前に出し、体を右にずらした秀頼の刀が横に振られた。撃ちおろした刀は地面までいかず、途中で剣先が切り替わっていた。次郎介がよけることを想定していたのだ。
ドサッ! 次郎介が倒れ込んだ。
「む、無念」
と言って、こと切れた。
大助らが秀頼に駆け寄った。
「殿、大丈夫でござるか!」
秀頼は左腕から血を流していた。
「かすり傷じゃ。さしたることはない」
お糸が手持ちの血止めの薬を塗っている。半分涙目である。
ふもとの百姓家で治療をし、翌日には出雲に向かって旅立った。
出雲では、出雲大社で神主のご祈祷をいただいた。日の本平穏の願いをしたのだが、この地で亡くなった人々の霊を弔う意味もあった。神社で霊を弔うのはおかしいと思ったが、平穏な世は神だのみである。義慶は僧なので、神社に詣でるのはせず、山門で待っていた。縁結びの神社なので、出てきた大助に
「ちゃんと祈ってきたか?」
とニヤニヤ笑いながらからかっていた。その笑いの意味がわかった大助は義慶を追い回し、皆の笑いを誘っていた。
次は毛利の本拠地、萩の地である。
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