第45話 秀頼 駿府に再び現る

空想時代小説

今までのあらすじ 

 天下が治まり、日の本は諸大名の元、安寧の世の中になると思われた。

 朝廷より武家監察取締役に任じられた秀頼は真田大助と上田で知り合った僧兵の義慶それに影の存在である草の者の太一と諸国巡見の旅にでた。越後からいっしょだったお糸は琉球で火事にあい、亡くなってしまった。徳川家光は後継ぎとして駿府にもどって、本多忠刻が亡くなったため、徳川家再興となり駿府藩の藩主となっている。平泉から供をしていた元山賊の春馬は震災にあった土佐の村で好いたおなごができて、そこに残った。それに鳴門で秀頼を弟の仇と襲った加代が姫路から同行した。そして高取城から連れてきた者どもと一緒に伊賀上野の統治にあたり、3年後、伊賀上野を義慶と加代に任せ、秀頼は再び諸国巡見の旅に出た。


 伊勢からは船で駿府に向かった。江戸に行く商船がいたので、それに乗せてもらうことができたのである。見送りにきた藤堂家家老の前野左近からは

「わざわざ津までおいでいただき、ありがとうございます。殿はあのような態度しかとれず、お気を悪くされたことと思います」

 と言ったので、秀頼は

「左近殿、そこはおぬしの力量でなんとでもなるはず。おぬしがしっかり補佐すればよいのじゃ。是は是、非は非である。殿のためと思うのではなく領民のためと思えば、ひいては殿のためになるのじゃ。心してあたられよ」

「それでは、藩のとりつぶしはなしですか?」

「とりつぶし?」

「ちまたの噂でござる。殿の無能ぶりを畿内探題に申し上げて、藤堂家は改易になるという噂でござる。そのために秀頼公が伊勢に来たと思っておりました」

 秀頼は大助と顔を見合わせ、思わず吹き出してしまった。そして左近に向かって、

「すまん。改易などは微塵も考えてござらん。伊勢に来たのは駿府の家光殿に会うために通っただけじゃ。巡見で来たわけではござらん」

「そうでござったか。これで安心でござる。殿も喜ぶと思われます」

 と言って、大助に過分の路銀を差し出していた。畿内探題の大野から路銀の提供について沙汰があったということだ。


 船旅は平穏であった。2日で駿府に着いた。船着き場には家光自らが出迎えにきてくれていた。

「秀頼公、お懐かしうござる。京で別れて以来ですから7年ぶりですな」

 と満面の笑みで出迎えた。両手でがっちりと握手をしてくる。秀頼はその家光を抱き寄せ、耳元で

「お主も息災でよかったな。奥方ももらったというではないか。ちゃんとやっているか?」

 と他の者に聞こえないように、小声でささやいた。家光は顔を赤らめて、

「実はお糸殿にどことなく似ており、それなりに仲良うしております。冬には子が産まれます」

 と応えると、

「このー、しっかりやっておるではないか!」

 と今度は皆に聞こえる声であった。付け加えて、

「おなごは子ができると強くなるからな。気をつけろよ」

 とも言うと、まわりの者はうなずきながらも、微妙な表情をしていた。皆、秀頼の母の顔を思い起こしたのかもしれない。

 家光は城に行く前に見せたいところがあるということで、小高い丘のふもとに連れてきた。小高い丘の斜面にきれいに刈りそろえた緑の葉が見られる。

「茶畑でござる。駿府は陽の光が豊富で茶造りに適しているということで、上質の茶がとれまする。京の茶人にも好評で宇治の茶にも劣らぬできじゃ」

 秀頼は茶が好きではなかった。というか、あの茶室の小さい扉をくぐるのがつらかったのだ。体格の良い者にはつらい仕置きである。大助はそのことを知っているので、苦笑いをしている。

「それと、いちごという果実がとれます」

「野いちごなら知っておるが・・ややすっぱいぞ」

「元々はすっぱいのでござるが、いろんないちごをかけあわせて、大粒で甘味も感じるいちごができました。あれがいちご畑でござる」

 と茶畑の向こうを指さした。どちらも小高い丘の斜面にできている。陽の光をあびるのには最適なのだ。平地では田畑、丘陵地では茶畑や果樹園となり、駿府は豊かな国となっているのが実感として分かった。

「これは家光殿の発案か?」

「いえ、家臣の具申でござる。わしは、耳を大きくして聞いたまで。家臣が遠慮なしに言える雰囲気を作っておけば、いろいろな考えがでてまいります。これは秀頼公より学んだことです」

「そうか、われとの旅は無駄ではなかったな」

「心より感謝しております」

「そうか、今日の夕餉が楽しみだな。奥方にも会えるのだろうな」


 夕餉は、海の幸、山の幸が豊富だった。最後にはいちごも出てきた。野いちごよりも倍の大きさがある。すっぱさを予想して、おそるおそる食べてみたが、一口食べると甘さが先にきて、その後にすっぱさがやってきた。

「おもしろい味だの。さっぱりしていいではないか」

 と秀頼が言うと、

「今、いろいろな食べ方を工夫しております。砂糖湯につけて食べるとおいしいということです」

「であろうな。しかし、砂糖は貴重ゆえなかなか食べられぬな」

「そうでございます」

 と言っていると、家光の奥方がやってきた。身重の体なのでゆったりしている。確かに、どこかお糸に似てなくもない。体型はまるで違うが・・・。大助がじっくり見ている。おそらく亡くなったお糸を思い出しているのかもしれない。

 奥方は茶をもってきた。茶室に入ることはなかったので、秀頼はホッとしている。食後の茶は格別である。秀頼は満足げな顔を示した。家光が

「ご満足いただけたようですな。それでは今夜は語り尽くしましょう」

 ということで、3人で旅の話で盛り上がった。対馬での海賊退治では家光の知られざる武勇伝が明らかになった。海賊と戦った時に、腕に傷を負ったのだが、それでも片腕で刀を振り回していたというのだ。二人はそれを知らなかった。手当をしてくれたのはお糸だったということだ。家光もほのかにお糸を思っていたようだ。

 秀頼らが備前で鬼退治をした話には家光は大笑いであった。特に、きじが太一で、犬が大助で、さるが義慶というところでは笑いこけていた。大名らしくない姿である。これもいっしょに旅をした仲だからゆえである。

 数日後、秀頼と大助は信州松本に向かって旅だった。駿府は何も心配ない土地となっていた。

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