第13話 秀頼 駿府に現る

空想時代小説

今までのあらすじ

 天下が治まり、日の本は諸大名の元、安寧の世の中になると思われた。

 朝廷より武家監察取締役に任じられた秀頼は真田大助と上田で知り合った僧兵の義慶それに影の存在である草の者の太一と元山賊の春馬を伴って諸国巡見の旅にでた。越後からは身請けをしたお糸もいっしょである。


 秀頼らが駿府についたのは秋が深まったころだった。信濃と比べると駿府はあたたかい。それに、2年前に日の本を分割統治に決めた際に、諸大名を集めた秀頼にとっては思いで深い土地である。

「あれから2年か。大助、早いものだな」

「そうでございますな。殿のご英断で今の日の本の平穏がありまする。ここ駿府でも何もなければいいのですが」

「うむ、明日には本多忠政(ただまさ)殿に会わねばな。大助、この文をたのむ」


 翌日、秀頼らは正装して駿府城に入城した。徳川の旧臣がここに集まっている。何があっても不思議ではないが、日の本の平穏を成した人を殺めようという輩は現れなかった。しかし、秀頼にとって、とんでもない人が目の前に現れたのである。

「秀頼公、よくぞ駿府に参られた。息子夫婦も喜ぶであろう。これ、忠刻(ただとき)夫妻を連れてまいれ」

 そこに忠刻夫妻がやってきた。その奥方の顔を見て、秀頼と大助は息をのむほどに驚いた。かつての秀頼の妻、千姫だったのである。お飾りの妻とはいえ、秀頼は千姫とともに過ごしていたのである。秀頼には側室が何人かおり、今は亡くなったが子もいた。千姫とは形だけの夫婦だった。隠居した秀忠・お江夫婦に千姫をもどしたのは秀頼の判断であり、千姫がどこに嫁ごうが秀頼の知るところではない。

「本多忠刻でござる。お初にお目にかかります」

「うむ、夫婦息災で何よりじゃ」

 なんとかねぎらいの言葉をかけることができた。そこに千姫が口を開いた。

「秀頼公こそ、生き生きとなさっておりまする。さぞかし、諸国めぐりがお気にいりのご様子、大助殿もいい顔をなさっている。大坂にいたころはいつも不安な顔をされていた」

 との話に夫の忠刻が止めようとしたが、秀頼が制した。

「姫こそ、いい顔をしておる。さぞや忠刻殿と仲睦まじくされているのであろう」

「はっ、大事にしてもらっております。おかげで子にも恵まれました」

「そうか、母になったか。大坂にきた時は十二で幼かった覚えしかなかったが」

「秀頼公こそ、若侍としか思えませんでしたが、今では頼もしさを感じます」

「うむ、いろいろなことを体験したぞ。山賊と戦ったり、熊退治もしたぞ」

 その話に、本多の家臣たちは驚きの顔を隠せなかった。


 その夜、秀頼は二の丸の館に泊まった。忠刻と千姫が住んでいる館である。千姫の長子の顔も見せてもらって、秀頼らは寝所で床にはいった。お糸は女中部屋に入っている。

 亥の刻(午後11時ごろ)、太一が大助の枕元にやってきた。

「城内に不穏な動きがありまする。ご注意を」

 と言い残して、また屋根裏にもどっていった。

 大助は、秀頼の寝所に向かい警戒をした。隣室には義慶と春馬も控えている。すると、寝所近くの庭で刀のかち合う音がする。城内の侍と曲者が戦っているようだ。しかし、間もなくその音が聞こえなくなった。そこに忠刻と千姫が現れた。

「秀頼公、ご無事であったか!」

「うむ、何もない。何事じゃ?」

「それが・・・曲者が侵入してまいりました。どうやら秀頼公をねらったみたいでござる」

「殿をねらうとは、どこのどいつが!」

 大助が大きな声を出すと、千姫がかしこまり、

「もうしわけございませぬ。わが弟の配下の者でござる」

「千姫殿の弟ご?」

「先日、元服したばかりの家光でござる。久能山東照宮の宮司見習いをしておりますが、わんぱくな弟で、近在の若い者を集めて暴れております。困った弟でござる」

「そうか、明日会って話をしてみたいものだ」

「会うのでござるか?」

「うむ、それも武家監察取締役の大事な役目じゃ」


 翌日、家光は秀頼の前に連れてこられた。お白洲ではなく、客間の下の間に家光がやってきた。上の間には秀頼と忠刻・千姫が座り、下の間には大助が控えている。廊下には義慶と春馬が控え、いざという時に備えている。

「われが秀頼である。昨夜、城に曲者がきたという。お主の手の者か?」

「・・・・・」

 家光は無言であった。そこに千姫が口を開く。

「これ、家光しっかりと返事をしなさい。そちも男なら秀頼公と堂々と対峙なされ」

 その声に家光がきりっとした目つきをし、

「そうである。天下を治めた秀頼がどの程度の男なのか見てみたかったのじゃ。われの配下の者にやられるようでは、大したことはない。天下はまた争いになると思ったのじゃ」

「ほー、そちはあらそいの天下をのぞんでおるのか?」

「日の本の分割など、ちゃんちゃらおかしいわ。いずれ、どこかの大名が戦をしかけるのがオチじゃ」

「ほー、それはどこの藩かな?」

「どことは言えぬが、城主が替われば、どこの藩とて可能性はある」

「そうしないために、われが諸国巡見をしているのだがな・・・」

「予告つきの巡見では意味がないのでは・・・?」

「たしかにそれは言えるな。なるべく予告なしで行くようにはしているのだがな」

「それに民の暮らしを見ないで、即、城にくるようでは何も分からぬのでは?」

「駿府には本多殿に会いたくて、すぐに来てしまった。たしかに、民のくらしを見るのは大事じゃの」

 そこに大助が口をはさんだ。

「殿は、江戸で民のくらしを見てから城に行って、上杉公に目安箱の設置を具申された。その前に奉行所の牢屋に入れられたがな」

「大助、あれもいい経験じゃ」

「山形では暗殺集団に間違われましたしな」

「あれは参ったな。お家騒動に巻き込まれてな」

 秀頼と大助の会話を聞いていて、忠刻と千姫・家光は目を丸くしていた。

「ところで家光殿、父君は息災か?」

「父は、病に伏せっておる。祖父家康公の霊を弔うこともままならぬ」

「その家康公であるが、平穏な世を願っていたのはわれ以上だったぞ」

「祖父の天下統一を阻んだのは、そちたちではないか」

「平穏な世になれば、統一でなくてもよかったのだ。わが父秀吉が一度統一したものの、また争いの世にもどってしまった。一人の権力者がいて、その者がなくなればまたあらそいが起きる。それよりは皆で力を合わせて平穏な世を作った方がいいとは思わぬか?」

「本当に平穏な世になればだが、戦乱の世を知っている者が元にもどそうとするのでは?」

「そういう輩がいないことを願って、われが武家監察取締役として見て回っているのじゃ。今のところ、各藩は本領安堵となり、参勤交代や徳川家への奉仕もなくなり、おのれの藩のことを考えておればよい。それこそ善政を施せば民も喜んでおる」

「本当でござるか?」

「信じられぬか? では、家光殿もわれといっしょに諸国をめぐってみぬか」

 その言葉に、そこにいた者皆が驚いた。豊臣と徳川の後継ぎが二人そろって、諸国をめぐるという発想はだれもなかったからである。

「忠刻殿、千姫殿、弟ごをしばらくわれに預けさせていただけぬか」

 そう秀頼が言うと、千姫が

「よろしいのでござるか? 昨日、あんなことがありましたのに・・」

「うむ、家光殿とて世の中を知らねば、徳川宗家を継いでいくのに支障がござろう。また、われに日の本を治める器量がないと判断されれば、いつでもわれを斬ればよい」

「そんなことになったら、政宗公ら諸大名が徳川をつぶしにまいります」

「われに器量がなければ、それまでのこと。また、だれかが武家監察取締役をすればいいだけじゃ」

 その言葉に忠刻らはかしこまるだけであった。


 翌日、秀頼は久能山東照宮に参拝した。徳川秀忠に会うためである。1000段以上の階段を登って、やっと秀忠に会うことができた。秀忠は伏せっていた。

「秀忠公、お体どうでござるか?」

「これは秀頼公、よくぞこのようなところへ参られた」

「こたびは、家光殿をわれに貸していただきたく、お願いにまいった」

「昨日、そういう話があることを聞きました。わが息子をきたえていただけること、感謝もうしあげます。しかし、本当によいのでござるか」

「徳川と豊臣がいっしょに旅をする。これこそ天下泰平ではないか。秀忠公とは刃を交えたこともあったが、最後は矛をおさめていただき、今の平穏な世の中になりもうした。あらためて御礼を申し上げる」

「御礼などは無用でござる。われでは天下を治めることができず、秀頼公にはその力があったということです。その力のひとつでも息子家光が学んでくれればと思います」

 ということで、秀頼は家光を供に加え、旅にでることになった。

 この時、秀頼27才、大助20才、家光16才である。ちなみに義慶が22才、太一は19才、春馬が25才、お糸が15才である。家光が大げさな槍をもって先頭を歩き、その後を秀頼と大助が歩く。ふだんは相変わらずのかぶき者姿である。その後ろに義慶と春馬が続く。春馬は荷を積んだ馬をひいている。本来は秀頼が騎乗する馬だが、秀頼は馬が好きではない。お糸は、少し離れてついてくる。大助の後ろ姿を見られるだけでうれしいと思っている。太一は草の者なので、どこにいるかは不明である。



 

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