第14話 秀頼 三河に現る

 空想時代小説

今までのあらすじ 

 天下が治まり、日の本は諸大名の元、安寧の世の中になると思われた。

 朝廷より武家監察取締役に任じられた秀頼は真田大助と上田で知り合った僧兵の義慶それに影の存在である草の者の太一と元山賊の春馬を伴って諸国巡見の旅にでた。越後からは身請けをしたお糸もいっしょで、駿府からは徳川家光も同行している。


 秀頼らは冬を三河で過ごしている。三河湾にある竹島をのぞむ安楽寺にお願いして寺の仕事をしながら冬を越すことにしたのである。と言っても、秋田の山中で過ごした昨年のことを思えば天国の地であった。雪は降ることはあっても、積もることはない。温暖の地で果物もとれる。うれしいことに近くには湯屋もある。

 この安楽寺であるが、来た時には秀頼は身分を隠して宿を頼んだ。しかし、その夜住職らと話をしているうちに長居をすることにしたのである。その時のいきさつは次のようである。大助と住職の会話である。

「住職、こたびは我らを泊めていただきありがたく存じる」

「なんの、なんの。旅のお方たちが難儀されているのを見たらほおっておけませぬ」

「さすが三河の方は情があつい」

「当然のことでござる。ただ、その三河の良さも少々乱れてござる」

「乱れている?」

「はっ、徳川家が久能山にて家康公の冥福を祈っていることで、徳川の臣下の方がここ三河にもどってまいりました」

「徳川の家臣は駿府の本多家が面倒を見たのでは・・?」

「そういう方もおりました。しかし、本多家をよしとしない方々も多くいます。そこで三河には多くの者がもどってきて土着し、畑を耕したりしておりました。ところが、一度は三河を出た方々ですから、元々いた者たちとのいさかいが起きるようになり申した。中には砦を作る者もあらわれました。いさかいが絶えなくなりました。先日も隣の村で小競り合いがおきました」

「領主の大野治房殿はどうされているのじゃ?」

「大野様は、東海探題ということで、今は美濃を治めるのがやっとでござる。それでまだこちらまでは力が及びませぬ。代官所はありますが、数人の役人しかおりませんし、皆大坂から来た者たちで、土地の者たちとうまくいっておりませぬ」

「大野殿は苦労されておるな」

 その話を聞いていた家光が、

「けしからん連中だ。わしがやっつけてやる」

 と声を出したが、秀頼にたしなめられた。

「住職殿、われらが代官所にかわり、そのいさかいの仲裁にはいろうか」

 と秀頼が話をすると、

「お武家さま方を初めてみた時に、なにかを感じ申した。この寺にいて、周りの村々をめぐってくだされ。少しでもいさかいが減れば、村の人々も喜びまする」

 ということで、安楽寺に居座ることとなったのである。ちなみに秀頼は秀殿、家光は竹千代殿と幼名でよばれることになった。二人の身分が明かされては、何かと支障があると思われたからである。

 この安楽寺、あとでわかったことだが、家光の曾祖母にあたる於大の方が住んでいたことがあるという。家康も何度か訪れたことがあるという由緒ある寺であった。


 翌日、大助と春馬が代官所に行き、事情を聞いてきた。役人はわけのわからぬ若侍を相手にしてくれなかったが、銀子一粒でべらべらしゃべり始めた。すると、3人の役人で近在の5つの村を管轄しているとのこと。手がたらぬとぼやいていたが、まるでやる気は感じられなかった。

 近在の村の中心になっているのは大久保忠元という者である。猛将と言われた大久保忠世の末裔らしい。この者が、他の村といさかいを起こしているというのである。どうやら徳川の旧家臣が忠元の元に集まり、それで領地を拡大しているようだった。

 大助がそのことを秀頼らに告げると、家光が激しい声で

「わしが忠元にいっぱつくらわす」

 といきまいたが、秀頼は制した。

「家光、われらは豊臣でも徳川でもないのだ。かつての威光は通じぬ。今は人としての理をとくのみ。武力で解決するのは日の本の平穏にはつながらぬ」

 家光は恐縮していた。

「さて、皆の者、忠元をこらしめ、この地に平穏を取り戻したいのじゃが、何か手はないか?」

 しばしの沈黙の後、義慶が口を開いた。

「拙僧がもぐりこみましょうか」

 すると大助が

「無理だな。山賊の砦ではない。それに中に入れるのは徳川ゆかりの侍だけじゃ」

「そうか、それでは男は無理か・・・となると、女子ならば」

 と言い、義慶は隅にいるお糸に注目した。すると、大助があわてて

「だめだ。お糸を巻き込むわけにはいかぬ」

 と大きな声をだした。他の者は苦笑している。大助はなんだかんだ言ってもお糸がかわいいのである。だが、お糸がきっぱりと言った。

「私、行きます。砦の様子をさぐればいいのですね」

 と言い切って、身支度して砦に向かった。義慶が悪者役でお糸が砦に逃げ込むという筋書きである。それはうまくいき、お糸は砦に入ることができた。草の者の太一が万が一に備えて、お糸の近くにいるよう大助が頼んでいた。


 数日後、お糸が買い物の使いを頼まれたということで、安楽寺にやってきた。大助は抱きしめんばかりに喜んだ。

「殿、砦の中はうまくいっておりませぬ。忠元殿の直系の一族と、旧家臣の方々との溝ができております。それで忠元殿は他の村を倒して、旧家臣にそこをあてがうつもりですが、直系の方々が納得しておりませぬ。何かをきっかけに斬りあいが始まるかもしれませぬ」

 と言い残して、また砦にもどっていった。そこに太一がやってきた。

「お糸殿はうまくやっております。台所で甲斐甲斐しく働き、女房頭からも信頼を得てきております。賢いおなごでござる」

「して、先ほどのお糸の話はまことか?」

「はっ、拙者もいつ斬りあいがあっても不思議ではないと思っております」

「そうか、では引き続きお糸を頼む」

 と大助は太一をねぎらった。

「殿、今のふたりの知らせをお聞きとのことと思いますが、きっかけを作れば中で斬りあいが始まるといいいます。そのきっかけを作ればいいのでは?」

「斬りあいをさせるのですか?」

 家光が尋ねる。それに大助が応える。

「そこに、殿の出番がやってくるのです。武家監察取締役の出番でござる」

「この方をどなたと存じる! の出番ですな」

 家光がおどけて言うので、皆の笑いをさそった。


 翌日、義慶と春馬が砦近くで噂を広めた。忠元直系の一族が隣の村を治めるという話である。この噂は、すぐに村々に広まった。

 夜半に、太一がやってきて、

「今、双方の勢力が対峙を始めました。砦の近くの河原で集結を始めています。明日の朝にはぶつかります」

 という報告を受け、秀頼らも支度をしてでかけた。苦手な馬にのって出た。

 朝に、ふたつの勢力がいまにもぶつかりそうになった時に、中央に秀頼が現れた。

「待てー! その争い、われが引き受けた」

 その言葉に双方の勢力の足が止まった。そこに家光のどなり声が響く。

「この方をどなたと存じる! 朝廷より任じられた武家監察取締役の木下秀頼公なるぞ。そしてわしはその配下、徳川家光である!」

 との言葉で、双方の勢力が二人に注目した。大助は傍らで笑っている。木下秀頼の名より徳川家光の名の方がきいたのかもしれない。

 双方の首領らしき者が家光のところにやってきて、

「家光殿が久能山を出て、諸国をめぐっているという話は聞いておるが、そなたが家光殿という証しは?」

 と聞くので、父秀忠がだした鑑札と、脇差しに彫られた葵のご紋を見せた。すると、二人はひざまずき、頭を下げた。他の者たちもそれにならった。そこで、秀頼が話を始めた。

「この平穏な世の中に争ってどうする? 民のことを思えば戦っている場合ではない。また戦国の時代にもどすつもりか!」

「そんな気はござらぬが・・・」

 と相手の顔を見合った。

「にらみあってどうなる? 暮らしにくいだけじゃ。その方たちの身はわれが預かる。悪いようにはせぬ。しばらく待て」

 という言葉で、双方の勢力は引き揚げていった。

 大助が

「殿、これからどうされるつもりで?」

「うむ、大野治房に会う。この浪人どもを役人として抱えるように頼むつもりだ」

「それがよろしいと存じます。土地のことは土地の者に任せるのが一番でござる」


 翌日、秀頼らは名古屋城へ向かった。大野治房には文を出しておいた。名古屋までは一日の道のりである。途中で、治房自らが迎えにやってきて、旅籠で治房を会うことができた。

「秀頼公、懐かしうござる。諸国でご苦労されているのではないかと心配しておりました。お元気のようで安心いたしました」

「うむ、治房こそすこしやせたのではないか? お主こそ苦労しているのでは?」

「はっ、東海探題を命じられましたが、知らぬ土地であり、以前は徳川の治世の土地でもあり、難儀しております」

「うむ、そのようだの。われも三河でそのあらそいに巻き込まれたぞ」

「そうでございましたか? 拙者の力がおよばずもうしわけありませぬ」

「そこでだ、治房。役人を増やす気はないか? われがいたところの代官所には3人しかおらぬのに、5つの村を管轄しておるということじゃ。これでは全く役にたたんし、大坂ことばで言われても、何を言っているのかわからん状態だ。ここは、土地の者を役人として抜擢してはどうか?」

「たしかに、そのとおりでござる。早速、役人応募の高札を立て、広く人材を募りましょう」

「いわば科挙であるな。そこに不正があっては、また争いの元になる。公平な目で見られる者を役につけよ」

「はっ、わかり申した」

 その後、治房に名古屋へ来るように誘われたが、窮屈になりそうなので、安楽寺にもどることにした。治房の仕置きを見届けなければとも思ったからである。

 しばらくして、役人応募の高札がたち、代官所で試験が行われた。名古屋から目付の飯田文兵衛がやってきて審査にあたった。かつて、やる気がなかった3人の代官所役人はこまごまと仕事をさせられていた。そこに大久保忠元をはじめとして、多くの旧家臣が応募してきた。今さら試験を受けることに抵抗を示した者もいたが、これからの平穏な世を考えた場合は、役人として統治する側につく方が賢明であることは明らかであった。

 試験は第1次試験が飯田文兵衛との問答で、そこで今までの経歴や家族のことが聞かれ、これからやってみたいことが聞かれる。飯田はそこで、その者のやる気を見るのである。同じようなことを話す者は外した。口裏を合わせているのが見え見えだからである。2次試験は武芸と書とそろばんに分かれて行った。武芸に秀でる者は、門番や兵士として採用されるし、書やそろばんに秀でる者は政務や勘定方に採用されることになる。飯田文兵衛は出を気にすることなく、三河中の村々の代官所に新しい役人を配置していった。大久保忠元は、いくつかの代官所を束ねる奉行所の長におさまった。

 その様子を見届けるまでに一冬かかった。秀頼と家光の身分がばれてしまったので、安楽寺には連日付け届けが届いたが、秀頼はそれをもらう理由がないので、義慶や春馬たちが民に分け与えていた。大助は、お糸が無事もどってきたので、ほっと一安心している。春になり、また秀頼らの旅が始まった。めざすは飛騨である。飛騨の南は大野治房の管轄であるが、北は前田の管轄である。前田の力がどの程度及んでいるのかを見たかったのである。


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