第15話 秀頼 飛騨に現る
空想時代小説
今までのあらすじ
天下が治まり、日の本は諸大名の元、安寧の世の中になると思われた。
朝廷より武家監察取締役に任じられた秀頼は真田大助と上田で知り合った僧兵の義慶それに影の存在である草の者の太一と元山賊の春馬を伴って諸国巡見の旅にでた。越後からは身請けをしたお糸もいっしょで、駿府からは徳川家光も同行している。
雪がとけ、花が咲き始めたころ、秀頼らは飛騨白川郷に入った。ずっと山道を歩いてきて、急に開けたところにかやぶきの家々が点々と並ぶ。のどかな光景だ。秀頼らはその中の百姓家に宿をとった。囲炉裏のある部屋に通され、夕餉の時間となった。
でてきた汁物にはキノコがはいっており、さすが山の幸と思わされるところであった。大助が主人に話しかける。
「ご主人、ここ白川郷は平穏でござるな。さすが前田殿の統治だ」
と言うと、主人が
「前田殿とはどなたですか? ここは佐々木殿の領地でござる」
「佐々木? 佐々木なんというのじゃ?」
「たしか佐々木蔵人(くろうど)と申したはずですが・・わしらは佐々木の殿と呼んでおります」
「佐々木蔵人? 殿、ご存じですか?」
「いや、初めて聞く名だ。土着の領主か?」
「かもしれませぬ。明日、早速調べてみます」
翌日、大助と春馬が丘の上にある佐々木蔵人の館に向かった。中に入ることはできなかったが、いろいろな情報が手に入った。
「殿、佐々木蔵人のことがわかりました。以前の飛騨の領主である金森氏の配下で、このあたりを治めていたとのこと。徳川幕府崩壊で金森家はなくなりましたが、家臣の多くは駿府に行きました。佐々木氏はそれに従わず、ここに居座ったようです」
「そうか、となると前田殿の力はここまで及んでいないということだな」
「そのようでございます」
「治世に問題がないとすれば、前田殿に話をしてここの代官にしてもらうとするか」
「そこが問題なのでござる。前田領との境に関所を作っており、そこで前田の侍を留め置きをしているとのこと。何人かは斬り捨てられたという話もあります」
「それが真とすると、ゆゆしき問題だな。その関所の様子をさぐる必要があるな」
ということで、翌日、大助と義慶が関所まで行くことにした。しかし、二人はもどってこなかった。夜半、太一がやってきて、
「お二人とも関所の牢屋につながれております」
という知らせをもってきた。何かもめごとに巻き込まれたのは間違いない。
「家光、どう思う?」
「お二人は前田の間者と間違われたのでしょうな。通行証は大野治房殿の名で書かれたものです。豊臣方と思われてもいたし方ないことでしょう」
「前田殿は大坂の陣で、徳川方を裏切り秀忠公を攻めた先陣じゃ。もしかしたら佐々木は秀忠勢の中にいて、前田と戦ったのかもしれぬ」
「その可能性はございますな」
「それで二人を救う策じゃが、何か考えはあるか?」
「私の名を出すのはどうでしょうか?」
「無理であろう。佐々木何某は独立勢力を気取っておるようじゃ。いまさら徳川の名を出したところで、従うとは思えない」
「徳川の名も今では通じぬか」
「豊臣とて同じだ。とりあえず、二人の救出が先じゃ。明日、関所にまいろう」
「はっ、わかり申した」
次の日、秀頼らは関所に向かって出発した。お糸はおいていくつもりだったが、ついていくと頑として言い張り、少し離れてついてきていた。
関所近くになり、近くのやぶに身を伏し、様子をうかがった。そこに太一がやってきた。
「お二人は牢につながれたままです」
「他に何人つかまっている?」
「5人ほどです」
「錠前はどうなっている」
「それほど難しいものではありませぬ。固いものでたたき落とせば開くと思います」
「では、太一と春馬とわれで侍どもをひきつける。家光殿は牢の錠前を壊し、逃がしてやってくれ」
と言っていると、お糸が秀頼に話を始めた。
「わたしが関所の侍どもをひきつけまする。その間に牢屋に向かってくだされ」
「お糸が侍をひきつける? どうやって?」
「おなごの武器を使いまする」
「なぬ! お糸がか、そんなことができるのか?」
「いつまでも子どもではござりませぬ。男のたぶらし方は、越後で教わっております。したことはありませぬが・・」
「おーこわー。これだからおなごはこわいのじゃ。だが、大助がいたら心配するであろうな。まあよい。お糸はこの前も三河で大役を果たしたからな。太一、お主は影ながらお糸を守ってやれ」
「はっ、わかり申した」
お糸は関所に向かい、あろうことか関所の前で転んだ。着物のすそが乱れて、足が見える。そこに関所の侍が駆け寄ってくる。控えからも侍たちがやってきて、お糸を囲んだ。若いおなごが珍しいのだろう。その中の一人がお糸を抱え、控えに連れていった。治療をするということで着物をはだけ、血止めを始めた。他の侍はそれを見ながらニヤニヤしている。牢屋の見張り番も一人になってしまった。そこで、牢屋に近寄り、見張り番をみね撃ちで気絶させ、牢屋の錠前をたたき壊した。ガシーンという大きな音で、関所の侍たちが異常事態を悟った。皆、刀をもって牢屋にやってくる。その数7人。そこで斬りあいが始まる。数はこちらが多いが、戦えるのは5人、後の5人は逃げるのがやっとだ。何とか、関所を越えた。そこで太一が目くらましの破裂だまを投げつけ、追手を防いだ。お糸もいっしょである。大助はけがをしたお糸を見て右往左往している。血止めになりそうな大き目の葉をさがして治療をし、そこからはお糸をおんぶして歩いた。落ち着いてから、お糸がしたことを聞いて、大助は気が狂ったようにわめいていた。お糸の太ももを他の者に見せるなど、あってはならぬことだからだ。他の者たちは、さっさと情けをかけてやればいいのにと呆れていた。
しばらくして、前田の代官所につき、事情を話した。白川郷の佐々木何某には困りはてているということであった。その後、前田藩の目付に指揮された軍勢がやってきたが、力攻めをすることを秀頼は止めた。
「佐々木はいわば土着の領主。民はそれに従い、治世に問題はない」
「しかし、前田の言うことはききませぬ」
「前田に攻めてくるわけではあるまい。自分たちの土地を守っているだけではないか。日の本平穏のことを考えれば、それでもよいではないか」
「しかし、そのような者たちを認めてしまっては、他の土地でも土着の領主が出てまいります。それでなくても前田の領地は広くて、全てに目が行き届きませぬ」
「それでもよいではないか。三河でも旧徳川家臣を役人として採用し、その土地の治世を任せたぞ。それで充分なのじゃ」
「しかし、今のままでは困りまする」
「そうだな。あの関所はいらぬな。それでは明日、われが佐々木と交渉してまいる。もし、われがつかまるようであれば、軍勢を出してもかまわん」
「心得ました」
翌日、秀頼らは関所まで戻り、
「われは武家監察取締役木下秀頼でござる。佐々木蔵人殿と話がしたい。取次をたのむ!」
関所の侍は、すぐにでもかかってきそうだったが、後ろに前田藩の軍勢が控えているのが分かると、関所を固め、守りに入った。そのうちに、佐々木蔵人がやってきて、関所前にて1対1の対談が始まった。関所では弓矢が構えられ、佐々木に何かがあったら、すぐにでも秀頼に矢がとんでくる気配だった。
「佐々木殿、われは武家監察取締役木下秀頼である」
「あの豊臣秀頼殿でござるか?」
「うむ、豊臣の姓は朝廷に返上した。今は領地のない役職である」
「それでも諸大名からは日の本平穏の象徴と言われておる由。それぐらいは拙者も知っております。さて、今回はどうして白川郷へ?」
「諸国見聞で参った次第。お主の統治がうまくいっているのには感服したしだい」
「おそれいります。民百姓はよくしたがってくれております」
「そこで、佐々木殿をここの代官として任命するように前田公に進言したいと考えておる」
「前田藩の家来になるということですか。それはいやでござる。あの裏切者は許せませぬ」
「やはり大坂の陣で秀忠勢におられたのじゃな」
「そうでござる。何人と斬りあったことか、やっとのことで大坂から脱出でき、ここに戻ってきたのでござる。その後、幕府が解体し、ここは前田藩の領地になったと聞きました。それで、領民を守るために前田藩に抵抗しているしだい」
「そこでだ。白川郷は佐々木殿に任せる。そなたの治世は民百姓に歓迎されているようだからの。しかし、あの関所は撤廃してほしい。前田殿の家臣になれとは言わぬ。ただ、前田殿といさかいをしてはならぬ」
「前田藩が我らに手出しをしなければ何もせん」
「それでよいな。ここに白川郷の村々の名が記載されている。これが佐々木殿の領地でよいか」
佐々木はその文書に目を通し、うなずいた。
「それでは、本領安堵ということで前田殿と交渉してまいる。返書を待て」
ということで対談は終わった。
翌日には、城主の前田利常と会うことができた。前田家3代目当主である。大坂の陣では先陣として秀頼とともに戦った旧知の仲である。
「秀頼公、お懐かしうござる。息災のご様子というか、大坂におられた時よりも生き生きとされていらっしゃるように見えます」
「こちらこそ、利常公こそ立派な城主ではないか。この金沢城も見事な造りじゃ」
「おそれいります。北陸探題として恥ずかしくない城を構えたいと思っております」
「その北陸探題の件だが、飛騨の方は手こずっているようだな」
「はっ、白川郷のことですな。あそこの佐々木には参っております。交渉には応じず、軍勢をだせば伏兵にやられるということで、後回しになっている次第。お恥ずかしいかぎりです」
「そのことだが、われは白川郷の百姓家に世話になり、民百姓の話を聞くと、佐々木の治世は悪くないということだ。むしろ金森氏の統治の時代より良くなったと言っておった。われはそういう者が統治をするのが一番だと思っている。土地のことは土地の者に任せるのが一番だと思うが」
「土地の者に任せたら、かつての国人領主の再来を招くことになるのでは?」
「いい国人領主がおればそれでいいではないか。その国人領主同士のいさかいがないように見張るのが北陸探題の仕事ではないか。現に越後では旧上杉の家臣が元々の領地を治めているではないか」
「それはわが前田に逡巡したゆえ、認めたのでござる。しかし、あの佐々木は頑として金沢に来ようとはしません」
「無理もない。佐々木はあの大坂で秀忠の陣にいたそうな。お主の手勢と戦ったそうだ」
「徳川の残党でございましたか・・」
「過去は過去じゃ。今は佐々木の治世を認め、白川郷を任せてみてはどうか。お主も広い北陸の統治で大変なのだろうから、飛騨の片田舎までは手がまわらんだろう」
しばしの沈黙のあと、
「秀頼公がそう言われるのであれば、しばし白川郷を佐々木に任せてみましょう。ですが、加賀に出張ってきたり、関所で人々を引き留めたりしたら黙ってはおれません。本気で倒しにまいりまする」
「関所のことは開放するように申しつけておいた。佐々木は前田藩が手を出せねば何もしないと言っておる。われも信頼できる男とみた」
「わかり申した。秀頼公の眼力を信じます」
前田利常との話を文にしたため、佐々木蔵人に届けた。その後、飛騨と加賀の交流がすすみ、共に栄えたという。土地のことは土地の者に任せる。日の本分割論も元々はその発想からできた考えであった。
秀頼らは北陸をあとにして、畿内へと向かった。しばらくぶりに京に行き、朝廷にあいさつをせねばと思ったからである。
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