第39話 秀頼 紀州に現る

空想時代小説

今までのあらすじ 

 天下が治まり、日の本は諸大名の元、安寧の世の中になると思われた。

 朝廷より武家監察取締役に任じられた秀頼は真田大助と上田で知り合った僧兵の義慶それに影の存在である草の者の太一と諸国巡見の旅にでた。越後からいっしょだったお糸は琉球で火事にあい、亡くなってしまった。徳川家光は後継ぎとして駿府にもどって、本多忠刻が亡くなったため、徳川家再興となり駿府藩の藩主となっている。平泉から供をしていた元山賊の春馬は震災にあった土佐の村で好いたおなごができて、そこに残った。しかし、鳴門で秀頼を弟の仇と襲った加代が姫路から同行することになった。秀頼の旅の供は4人となったのである。


 義慶は姫路から加代が同行することになり、うきうきしていた。しかし、大坂は目の前である。これで旅は終わりかと思うとさびしい思いもあった。

 灘の港に来て、大助が

「殿、紀州へ行きませぬか。拙者の育ったところを見ていただきたいのですが」

「そうだな。このまま大坂に入ってもつまらんしな、奈良にも行ってみたい」

 ということで、江戸に行く商船に乗り、那智勝浦で下船した。めざすは那智の大滝である。港に着いたのは夕刻であったので、その日は滝を見ることをあきらめ、熊野那智大社の宿坊に泊まった。

 翌日、朝早く起きて滝に行こうとすると、途中の青岸渡寺の三重の塔が黄金色に輝いている。その後ろに那智の滝が見える。なんとも荘厳な景色だ。秀頼はしばし足を止め見入ってしまった。そして自然と手を合わせた。しばらくすると、三重の塔は本来の朱色にもどっていった。

「殿、なんとも見事なながめでございましたな」

「うむ、陽が上る少しの間だけ見られる景色なのだな。いい物を見た」

 そこに義慶が口をはさむ。

「お天道さまと、仏と神さまがいっしょになって、殿の行く末を祝っているのではないでしょうか」

 すると大助が

「珍しくいいことを言うではないか」

 と義慶をほめたたえている。二人のやりとりをにこやかに見ていた秀頼が

「われだけではない。これからの日の本の行く末を祝ってくれているのだ」

 との言葉に皆がうなずいていた。

 那智の滝の近くまで行くと、水しぶきだけでなく、滝の轟音がすごい。まるでお坊さんが座禅の時に撃つ警策でたたかれているみたいだ。秀頼らは、心を新たにするのであった。

 そこからは高野山に向かう。熊野古道と言われる山道をひたすら登る。いつもなら義慶が泣き言を言うところだが、加代が黙々と歩いているので、ひたすら歩いている。秀頼と大助は加代効果だと笑みを浮かべた。

 4日で熊野本宮神社についた。やっと宿坊で泊まることができる、ずっと山道で山小屋や百姓家の馬小屋に泊まったりしていたので、臭いがひどい。湯屋には入れなかったが、水浴びをすることができ、すっきりした。加代の水浴びの時に、義慶がのぞこうとしたので、大助に小突かれていた。生臭坊主とののしられている。

 ここからはまた山道が始まる。ただ、他にも巡礼の者がいて、声を掛け合ったりできる。宿の情報もそれで得られるのは心強かった。

 5日で高野山に着いた。奥宮は聖地であり、今でも上人が生きていると言われ、毎朝食事を運ぶ僧侶たちがいる。信仰の力は大きい。秀頼らが目を見張ったのは、武将の墓が立ち並んでいることである。信長公・信玄公の墓がある。謙信公の墓は廟が建てられている。謙信公は熱心な信者だったということだ。なぜか秀吉公の墓まであった。秀頼は自分が知らないうちに父秀吉の墓が建てられたことに、いささか憤りを感じた。おそらく家臣のだれかが建てたのだろうが、一言断りがあってもいいと思った。しかし、7年も諸国を見聞しているから、連絡は難しい。無理な話かと思い直した。

 高野山には宿坊が多く、宿には困らなかった。湯屋にも入ることができた。しばらくぶりにのんびりできた。3日そこで体を休め、次は大助が過ごした九度山をめざした。ここからは下りの山道になるので、比較的楽に歩ける。1日で九度山に着いた。

 大助が、

「ここが、真田家が住んでいた庵です」

 と寺の離れを指さした。家来は別に住んでいたということだが、真田家は多い時で8人もいた大家族なので、あまりにも狭い家であった。そこに、

「どなたかな?」

 と声をかけてきた老人がいた。その顔を見て大助が

「じいではないか!」

「その声はもしかして大助坊ちゃまではないですか?」

「そうだ。大助だ。10年ぶりかな。じいは変わらんな」

「70になりもうした。して、この方は?」

「この方は秀頼公である。武家監察取締役をなさっている」

「もしかして、秀吉公のご嫡男?」

「そうだ。豊臣の名は朝廷に返上し、今は木下と名乗っておる」

「それはそれは、天下をおさめる方がここまで来られるとは思いもかけないことです」

 ということで、その日はじいと呼ばれる五兵衛の家に泊まることになった。

「じい、九度山はどうじゃ?」

「九度山ですか。今は何もありませぬ。ただ、真田家が出ていった時は、代官にずいぶんやられました」

「その節はもうしわけぬ。迷惑をかけた」

「いえ、そんなことはありませぬ。村人皆で真田家を見逃すと決めていたのです。それに大坂の陣の後、信繁公からは詫びの手紙と米が届きました。それで充分でござる」

「父はちゃんと詫びをしたのだな。拙者からも改めて詫びを申す」

「もういいのです。浅野家も大坂の陣の後、本領安堵ということで紀州に残りましたから、それからはいやがらせもなくなりました」

「そうであったか。ところで、じいに願いがあるのだが・・」

「どんなことでしょうか?」

「祖父、昌幸の墓地を整備したいのじゃ。今の木塔ではなく、石塔を建てたい。これは父信繁の願いでもある」

「それでは住職とも相談して、石職人に作らせましょう。ただ、日数と費用がかかりますが・・・」

「もちろん、それは用意してある。手付金はすぐにでも払う」

「出来上がるまで、ここにいらっしゃいますか?」

「いや、これから奈良に行かねばならぬ。できあがったら信州の父に連絡してくれ」

「奈良にいかれるか。奈良は今荒れていると聞きます。特に山城である高取城には浪人どもがたむろしているとのこと。お気をつけくだされ」

「そうか、まだそういうところがあるのか。殿、次の目的地が決まりましたな」

 との大助の言葉に、秀頼はうなずき、覚悟を決めたのである。

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