第38話 秀頼 姫路に現る

空想時代小説

今までのあらすじ 

 天下が治まり、日の本は諸大名の元、安寧の世の中になると思われた。

 朝廷より武家監察取締役に任じられた秀頼は真田大助と上田で知り合った僧兵の義慶それに影の存在である草の者の太一と諸国巡見の旅にでた。越後からいっしょだったお糸は琉球で火事にあい、亡くなってしまった。徳川家光は後継ぎとして駿府にもどって、本多忠刻が亡くなったため、徳川家再興となり駿府藩の藩主となっている。平泉から供をしていた元山賊の春馬は震災にあった土佐の村で好いたおなごができて、そこに残った。旅の供は最初の3人となっていたのである。


 夏の盛り、秀頼らは姫路にいた。日陰でないとつらい。城下の旅籠にはいり、水風呂に入るのがうれしい。

 姫路城主は池田光政(16才)である。先年、諸侯会議に参加した先代の池田利隆が亡くなっている。初代の池田輝政が姫路城を整備し、全国屈指の名城という誉れを受けている。

 宿の主人に城下の話を聞くと、

「最近、かどわかしが続いております。昼夜関係なしに商家の娘が被害にあっており、身代金を要求されて、それを払うと解放された娘もおりますが、殺された娘もおります。今、娘がいる商家は皆びくびくしております」

 との話に、秀頼らは心を痛めた。

 翌日、番所に行き、その話を聞くと、今までに9人の娘がかどわかしにあい、解放された娘が6人、殺されたのが3人いるということだった。解放された娘に聞くと、目隠しをしていたので、犯人は見ていないという。殺された娘のことはよくわからぬが、もしかしたら犯人を見てしまったのかもしれない。由々しき問題だが、番所は打つ手がないという。囮捜査をしたくても、志願する娘がいないとのことだった。

 義慶がため息をつきながら、

「お糸がいてくれたらなー」

 とぼやいている。すると、扉の陰から

「私がしましょうか?」

 声をかけてきたおなごが現れた。その顔を見て義慶は驚いて思わず退いてしまった。加代である。

「おまえは、加代。ずっと追いかけていたのか?」

 と義慶が言葉を詰まらせながら聞くと、

「追いかけていたわけじゃないけど・・あんたたちがするのを見ていただけ」

 と加代が応える。義慶は早速、秀頼と大助に加代を引き合わせた。

 大助が、

「お主は鳴門で殿をおそったおなごではないか。まだ殿をねらっておるのか!」

 と語気を強めて聞く。それに対して加代は凛として

「最初はそのつもりでした。ですが、皆さまのなさりようを見て、人としてのありようを感じ取りました」

「どのようなことを見たのか?」

「讃岐では、うどんを広めることを城主にすすめ、地域振興に貢献されましたし、備前では鬼退治をされました。それもただ罰するだけでなく、その者を活かす策を取られました。鬼であった者も土地の者に感謝されるということで喜びをもって生きていけます。負を正とする秀頼公の配慮に心酔している次第。そこでいつの日か秀頼公のお役にたちたいと思っておりました」

「我らの仲間になりたいということか? 一度は殿に刃を向けたお主がか!」

 秀頼は怒りを込めて声を発したが、秀頼がそれを止めた。

「いいではないか、人は変わる者じゃ。過去にこだわることなく、己れのあるべき姿を見定めた者は強い。来る者は拒まずじゃ。それに加代の言い分だと、われが生きる価値のある人であれば、殺さぬということだろう。われが殺される時は生きる価値がないと思われた時じゃ。それでもよいではないか」

「殿、おなごはわかりませぬぞ」

「大助、お糸を思い出せ。あの娘は心根がよかった。ああいう娘もいるのだ。うるさいおなごだけではない」

 そう言われた大助はそれ以上何も言えなかった。


 番所で、対策を立てた。役人のつてで、加代を近くの織物問屋の姪にすることにした。花嫁修業にきているという設定である。加代が町を歩く時は、大助・義慶・太一が遠巻きに見守っている。

 3日目に、連中が現れた。昼間、加代が一人で歩いていると、かごかきが

「えっほ、えっほ」

 と近づいてくる。すると、加代のところで止まり、かごの中から一人の男がでてきて、加代に抱きつき、口をふさぐ。かごかきの一人が加代のみぞおちをたたき、気絶させた。そしてかごの中におしこめて、さっと連れ去っていった。見事な連携で、手際のよさである。これでは昼間でもかどわかしができるわけだと大助は妙に感心していた。大助は太一に合図を送り、後をつけるように目で指示をした。

 そこに、義慶がやってきた。加代が見えなくなったので、右往左往している。どうやら加代がかどわかしに合う瞬間を見逃したようだ。大助が義慶に近づき、まずは番所にもどることにした。


 しばらくたってから、太一がもどってきた。

「殿、かどわかしの一味の巣がわかりました。船問屋の蔵です」

「船問屋?」

 どういうことか、役人に問うと

「先年、嵐にあって船をなくした問屋です。その資金稼ぎにかどわかしをはじめたのかもしれませぬ」

 ということで、役人どもを集めて捕縛に向かった。秀頼らも後方で立ち会っている。動きが素早かったので、一網打尽で捕まえることができた。首謀者はやはり船問屋の主人であった。新しい船を造るための資金集めだったということだった。町の者からは顔を知られているので、目隠しを外した娘は殺したという。むごい話である。

 加代は無事だった。大助から「目隠しははずすなよ」とくぎをさされていたからだ。

「殿、わたしはお役にたちましたでしょうか?」

「うむ、よくやってくれた。お主がいなければ解決しなかったであろう」

「それでは、お仲間にいれていただけますか?」

 大助は渋い顔をしているが、秀頼は

「いいのではないか。義慶も喜ぶと思うぞ」

 と応えた。義慶は声にはしなかったが、にんまりしている。

「ありがとうございます」

 と、加代は艶っぽい表情をした。義慶は身をもだえて喜んでいる。


 翌日、城へ表敬訪問をした。かどわかしの件は報告済みということで、家老が大手門まで迎えに来てくれていた。門をくぐると馬場が広がっている。これだけで、ひとつの城の広さがある。その奥に天守閣がそびえ、左側には西の丸館の土塀が連なっている。見ただけでは大坂城に匹敵する広さである。さすが、徳川方が西の大名をおさえるために造った城である。携わったのは池田輝政であるが、資金源は徳川である。広い馬場を抜けると、また大手門に見える大きな門がある。菱門というそうだ。そこを抜けると、二の丸で大きなため池がある。万が一の水場である。この水が井戸の水源となっている。ここで家老が秀頼らに聞いてきた。

「ふつうの道を行かれますか、それとも最短の道を行きますか?」

 秀頼は大助らを見回し、

「ふつうの道でお願いします」

 と応えた。義慶はがくっと首を落とした。殿の山登り好きを知っているからである。そこから土塀沿いに登る。多くの狭間があり、二の丸に侵入した敵をせん滅することができる。そこからは小さな門が続く。多くの兵が通れないように細くなっている。門の前で立ち止まった敵をまわりの櫓から仕留めるのだ。ある門を抜けてまっすぐ行くと行き止まりになるしかけもあった。そこで、まわりの櫓から攻撃を受ける。門を抜けて天守閣に背を向けていく道があったのである。7つの門を抜けて、やっと天守閣に入ることができた。その天守閣にもいくつかの工夫がされている。武者隠しの部屋がいくつもある。隠れていた武者が背後からやってくるのである。

 やっとのことで、天守閣の上まで登ることができた。そこに池田光政がいた。

「はじめまして、池田光政でござる。本日はここまで来ていただき、ありがとうございます。ここからの眺めを見ていただきたかったのです」

 と言って、自ら扉を開けた。そこにきれいな城下町が広がっている。大手門からまっすぐに伸びた大通り。碁盤目状に整備された町並み。池田輝政が精魂こめて造った城下町が眼前に広がっている。戦国の世ではない。平穏な町の姿がそこにはあった。

「いい眺めですな。今の平穏な世が見られる」

 と秀頼が言うと、

「はい、おかげさまで、かどわかしも解決されました。ありがとうございます」

「なんの。人としてあたり前のことをしただけでござる」

「たしかに武家監察取締役の職務ではございませんでしたな。しかし、お仲間の活躍があって解決した次第。お礼に宴席を用意させていたできましたので、西の丸へどうぞ」

 と言われると、義慶が

「また歩くの?」

 と嘆いていた。家老が

「帰りは最短の道でもどりますから来た時の半分ぐらいでござる」

 と応えたのが救いであった。

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