第36話 秀頼 讃岐に現る

空想時代小説

今までのあらすじ 

 天下が治まり、日の本は諸大名の元、安寧の世の中になると思われた。

 朝廷より武家監察取締役に任じられた秀頼は真田大助と上田で知り合った僧兵の義慶それに影の存在である草の者の太一と諸国巡見の旅にでた。越後からいっしょだったお糸は琉球で火事にあい、亡くなってしまった。徳川家光は後継ぎとして駿府にもどって、本多忠刻が亡くなったため、徳川家再興となり駿府藩の藩主となっている。平泉から供をしていた元山賊の春馬は震災にあった土佐の村で好いたおなごができて、そこに残った。旅の供は最初の3人となったのである。


 秀頼の諸国巡見は7年目となった。秀頼31才、大助24才、義慶26才、太一23才である。巡見が始まったころと比べると、皆たくましくなっている。路銀は各大名からいただけるので、懐がさみしくなることはないが、土佐・鳴門と被災地をめぐってきたので、路銀が少なくなってきているのが最近の大助の悩みであった。

 讃岐・高松藩の城主は生駒高俊(13才)である。先年3代城主正俊が亡くなり、後見人として母の父である藤堂高虎(68才)が指名されている。高虎は伊勢藩主なので、その家老が高松藩に派遣されているのである。生駒家はもともとは秀吉の家臣であったが、関ヶ原では東軍に参陣したので旧徳川家臣である。だが、幕府滅亡の際に四国探題の長宗我部氏に逡巡したので、17万石は本領安堵となっている。先の諸侯会議には先代の正俊が参加している。

 秀頼らは城下の旅籠に泊まった。そこで宿の主人に暮らしぶりを聞いてみた。

「讃岐のくらしはいかがかな?」

 と大助が聞くと、

「よくはありませぬ。ここ2年日照りが続き、飢饉で食べ物が足りませぬ。お客様にもろくな物がだせませぬ」

「地震のせいではないのか?」

「讃岐の被害はさほどのものではありません。それよりも土が塩分を含んでおりますので、米がまともにとれませぬ」

「そうか。米はとれぬか。平野が多いのにな」

 夕餉は鍋にはいった麺であった。

「これはうまいではないか」

 と食べ物をめったにほめない秀頼が喜んでいる。

「うどんともうします」

「米ではないですよね」

「はい、麦でございます。それに塩をまぜこんで作ります」

「ほほう、それはどこで作っておるのですか?」

「それが・・・職人が体を壊し、今作っておりません。このうどんが食べおさめです」

「それは残念。作るところを見たかったな」

「見るだけならできまする。弟子ががんばって練習をしております。できれば味見をしてくだされ」

「それはよい。後で案内してくれ」

 秀頼と義慶もうなずいている。こういう巡見はうれしい。


 宿の裏手にある小屋で、うどん作りがされていた。若い弟子が、粉をこねている。その日によって、水のまぜる量や塩の量がかわるという。それを袋にいれて、踏みつける。そして一晩寝かせてから、丸い棒で伸ばす。そしてうどん用の大きな包丁で切り分ける。同じ太さに切るだけでも難しい。最後にゆでるがその時間も日によって違う。暑さ寒さ湿気そういうものが影響してくるのだ。食べる際は、いりこや魚粉がはいっただし汁にいれて食す。簡単なようで、なかなか難しい工程である。

 秀頼らが試食をしてみる。

「これはこれで、結構うまいぞ」

 と義慶が言うと

「ですが、夕べ食べたうどんとはちと違うような」

 と大助が言う。この二人の意見が一致することはめったにない。

「たしかに、うどんの旨味がたりないというか、のどごしが昨日とは違う感じがする」

 若い弟子の首がうなだれている。宿の主人が「修行」と声をかけている。


 翌日、秀頼らは高松城へ出向いた。家老の内藤助左が対応してくれた。客間に通されると、まもなくして城主の生駒高俊がやってきた。元服したばかりの初々しさがある。

「秀頼公、よくぞまいられた。父正俊から秀頼公の偉業を聞いております。一度お会いしたいと思っておりました」

 と言いながら、城主の席である首座には座らず、秀頼の下座の対面に座った。幼いのにかかわらず、礼儀を知っていると感心させられた。もっとも家老の内藤がそうするようにすすめたのであろう。儀礼的な挨拶が終わり、秀頼が話を始めた。

「高俊殿は城主として、日が浅いと思うが、領内の見聞はされましたかな」

「いえ、まだでござる。城内の見回りがやっとでござる」

「そうであろうな。われも大坂におった時はそうじゃった」

「そういえば、秀頼公も幼きころに城主になられたのでしたね」

「うむ、わずか6才であった。後見人だらけで、なんやかんやと言われつづけ、大人になってもそれは変わらんかった」

「それはわかりもうす。でも、拙者は内藤の言うことを聞くのがつとめと思っております」

「一人ならまだいいのです。大坂にいた時は、治長・治房の近習二人をはじめ、奥向きの女房衆そして母者が一番うるさかった。最後はうんざりであった」

 と秀頼がなげきを言うのは珍しかった。

「それで諸国巡見に出られたのですね」

 と高俊が強烈な一言を言うと、

「そういうわけではない。日の本の平穏を願ってのことじゃ」

 と必死に否定しようとするが、高俊は笑みを浮かべていた。隣室で聞いている大助は、手に汗をにぎっている。

 そこからは、諸国巡見の話になった。熊におそわれたことや、山賊退治、そして暗殺集団に襲われたことなどを秀頼が話すと、高俊は身を乗り出して聞いている。

 その内に讃岐の話になった。

「讃岐の民が米がとれないと嘆いておりましたが、どう思われますか?」

 と秀頼が聞くと、高俊は困った顔をして、

「拙者はまだよくわかりもうさん。家老の内藤に任せております」

 ということで、控えの者に内藤を呼びに行かせた。しばしの後、内藤助左がやってきた。

「殿、お呼びでござるか?」

「うむ、秀頼公が讃岐の米づくりに聞きたいということじゃ。内藤が応えてくれるか」

「はっ、讃岐は土が肥えておらず、米作りには適しておりませぬ。他の作物を作るようにすすめてはおりますが、近年日照りが続き、水不足で困っております」

「そうであるか、似たようなことを宿の主人も言っておった。ところで麦はどうじゃ?」

「麦ですか。一部で作っておりますが、麦飯はまずくて食えたものではありませぬ」

「飯で食うのではなく、麺にして食べるのはどうだ? 宿で食べたうどんはおいしかったぞ」

 その言葉に高俊が反応した。

「うどんか、拙者も食べてみたいものじゃ」

 すると内藤が語気を荒げて

「殿、うどんなどは下賤な者が食べるものでござる!」

 と言ったので、秀頼が

「食べ物に下賤なものはない。現にわれは昨日食べたぞ!」

 との剣幕に内藤は頭を下げている。

「内藤の失礼、もうしわけありませぬ。ここはご容赦の上、なにかいい知恵がありましたら教えていただけますか」

「うむ、それでは知恵袋の大助を呼ぼう。信州真田藩の跡取りじゃぞ」

 そこで、隣室の大助が入ってきた。

「水不足の件ですな。諸国を歩いて、水不足対策をしているところがいくつかありました」

「それはどういうことですかな」

「簡単に言うとため池です」

「ため池なら讃岐にもあるが・・」

「ただのため池ではなく、川から水を引いたため池でござる」

「それではあふれてしまうのでは?」

「そこが工夫なのです。あふれそうになるところで堀に流れ、別のため池に流れます。そのようにして一の池、二の池、三の池とつづくのです。最後は海や川にもどすことであふれることはありませぬ」

「たしかに、それならばあふれることはないし、多くのため池ができますな。今までは雨水をためるのが関の山でしたが、これならば水が絶えることはなくなりますな」

「それと米が育たない土であれば、麦を育てるのが得策だと思います。春に刈り取れば、そこで別な作物を作ることができまする。せっかくうどんを作る技術があるのですから、それを広めれば食べ物にも困ることはありませぬ。うどんには塩が欠かせませんが、対岸の赤穂には有名な塩があります。いいうどんができまする」

 その話を聞いて、秀頼と高俊はうなずいている。下賤な食べ物と思っている内藤は納得いかないようだ。

「では、明日皆でうどんを食べに行こうぞ」

 と秀頼が言うと、高俊が真っ先に賛成し、内藤もしぶしぶ了解した。


 翌日、高俊と内藤が秀頼の宿にやってきた。裏の小屋に案内する。粗末な小屋に内藤はしかめっ面をしている。

 うどんを作る弟子には、

「知り合いの侍が食べにやってくる」

 としか言っていない。緊張させないためである。事前に準備は終わっており、後はゆでるだけの工程が残っているだけだ。城主の高俊は毒見後の食事しかとっていないので、こういうあったかい食べ物には慣れていない。目の前に出てきたうどんを見て、目を丸くしている。

「殿、拙者が先に食べまする」

 と内藤が先にはしをつけた。一口食べて、

「大丈夫でござる。どうぞ」

 と言って、そそくさとうどんをすすっている。二人とも一気食べである。食べ終わって、フーッと満足気のため息をついている。と、周りの雰囲気を察したのか、気を取り直して、

「殿、いかがでございましたか?」

 と聞いている。高俊は、

「そちの顔に書いてあるぞ。うまいぞ、と」

 そして、二人はこのうどんが修行中の弟子が作ったうどんと聞いて驚いていた。

「師匠が作るうどんを食べてみたいものじゃな」

 と絶賛である。これで讃岐にうどんが広まることとなったのである。


 数日後、秀頼らは讃岐を去ることになるが、内藤から充分すぎるくらいの路銀が渡されたことは言うまでもない。それと船に乗る秀頼らを影で見ているおなごがいた。鳴門で秀頼を襲った加代である。ずっと後を追いかけていることを、秀頼らはまだ知らなかった。


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