第35話 秀頼 鳴門に現る

空想時代小説

今までのあらすじ 

 天下が治まり、日の本は諸大名の元、安寧の世の中になると思われた。

 朝廷より武家監察取締役に任じられた秀頼は真田大助と上田で知り合った僧兵の義慶それに影の存在である草の者の太一と諸国巡見の旅にでた。越後からいっしょだったお糸は琉球で火事にあい、亡くなってしまった。徳川家光は後継ぎとして駿府にもどって、先年本多忠刻が亡くなったため、徳川家再興となり駿府藩の藩主となっている。平泉から供をしていた元山賊の春馬は震災にあった土佐の村で好いたおなごができて、そこに残った。旅の供は最初の3人となったのである。


 冬になろうとしているころ、秀頼らは鳴門の渦潮を見ていた。

「あんな渦は初めて見ました」

 と大助が言うと、

「あの渦にのまれたらどうなるのでしょうか? そのまま地獄行きですかな」

 と義慶が返す。

「その前に船が壊れるだろうから、やはり地獄行きかな」

 と秀頼が応えると

「おーこわ。これだから海はこわい。上田の山の方が平和だ」

 と坊主らしくない言葉に

「義慶はそろそろ帰りたくなってきたか?」

 との大助の言葉に

「いえ、そんなことはござらん。ただ足が地についていないと不安なだけだ」

 と義慶が応える。秀頼も心からそう思っていた。浮ついた気持ちを戒めねばと常々思っているが、全国を巡見してきてより一層強く感じていた。


「殿、そろそろ寒くなってまいりました。ここで冬を越すことを考えては?」

 と大助が言うと、秀頼はうなずいた。その言葉に義慶は喜んで、勇んで前に進む。とそこへ、

「助けてー!」

 と一人のおなごが駆けてくる。後ろから数人の男が追いかけてくる。そのおなごは義慶の裏に隠れる。

「お坊様、お助けくだされ。悪い男たちに追われております」

 そう言われると義侠心の厚い義慶は見過ごせない。薙刀をふるって、その男たちを追い払った。

「ありがとうございます。一時はどうなるやと思いましたが、助かりました」

 と頭を下げて、去っていった。義慶はその後ろ姿をにやけた顔で見送る。それを見た大助は

「なにをにやついている。このくそ坊主が」

 と言うと、でれーとした顔で

「いい女だったぞ。香のにおいもよかったなー」

 と怒りもせずにいる。ふだんならば追いかけっこをするところである。


 湯治宿に入ると、そこに先ほどのおなごがいた。義慶がすぐに気づいた。

「おぬしは、先ほどの・・・」

「先ほどはどうもありがとうございました。同じ宿でございましたな」

「奇遇であるな。殿、いかがですか? いっしょに夕餉でも」

 と聞かれた秀頼はだまってうなずいた。

「殿の許しがでたぞ。いっしょに夕餉をとろう。あとで我らの座敷に参れ。ところでおぬしの名は?」

「ありがとうございます。わたしの名は加代と申します」


 夕餉の時間となり、加代が秀頼らの座敷にやってきた。旅姿ではなく着物姿はなかなか艶っぽい。義慶は鼻の下を伸ばしている。そこで、大助が加代に声をかける。

「加代殿はどうして旅をしておるのだ?」

「三味線のお師匠のお供をして諸国を歩いております。ですが、お師匠は昼間の物盗りに殺されてしまい、一人になってしまいました」

「それで、これからどうされるつもりじゃ」

「大坂にお師匠のご実家がありますので、そちらに行こうかと思っております」

「加代どののご実家はどちらなのじゃ?」

 という問いに加代は返事をためらった。そして

「松江でござりまする」

 と応えた。だが、それ以上深くは応えようとしなかった。少し気まずい雰囲気が流れた。故郷のことには触れられたくなかったのかもしれない。もしかしたら身売りをされたのかもしれない。大助が話を続ける。

「加代どのも三味線をなさるのか」

「はい、修行中の身ですが、できまする」

「それでは後できかせていただけるかな」

「はい、お助けいただいた御礼です。喜んで・・」

 ということで、三味線をひく機会があったが、決してほめられる技量ではなかった。修行中というのは本当のようだ。


 夜半、秀頼は寝入った。秀頼は一人部屋である。隣室に大助と義慶が控えている。深夜、秀頼の部屋の障子があく。そこに一人の影。懐から短刀を取り出し、振りかざすと同時に秀頼の布団に突き刺す。だが、そこに秀頼はいなかった。部屋の隅にうずくまっていたのだ。それに気づいた賊が秀頼におそいかかる。しかし、秀頼はさる者、短刀をかわしてその腕をとる。おなごの腕であった。

「加代どのか?」

 その声に隣室の大助と義慶が灯りをもって入ってきた。義慶が

「お加代どの、どうして?」

 と口をあけて放心状態だ。大助がとりおさえて、なわで手をしばる。

「何かお主に殺気を感じ、用心をしておった。なにゆえ、われをねらった?」

「弟の仇ゆえ」

「弟?」

「月山富田城で討ち取られた松原次郎介だ。血はつながっていないものの、幼きころからいっしょに過ごした仲。叔父より仇の名は木下秀頼と聞き、四国にいると聞いてさがしていた次第」

「あの次郎介であるか。仇と思われても仕方ないな。われが斬った唯一の人間だ」

「しかし、あれは真剣勝負の上でのこと。お互い納得づくの勝負でございました」

 と大助が助け船をだすが、

「殺したことには変わらん。加代どのを放してやれ」

「そんな、番所に届けないのですか?」

「仇討ちは公認じゃ。われとて、不幸な者を増やしたくない。それに負の連鎖は避けたい。われは次郎介にいどまれて戦ったが、勝ったのはこちらじゃ。恨まれて当然だ。だが、われが亡くなれば負の連鎖は無くなる。妻や子はおらんからな」

「そんなー殿! 殿が亡くなれば多くの者が悲しみまする」

「悲しまれるうちが華だな」

 ということで、加代は解き放たれた。加代は軽く会釈をして、部屋から去っていった。

「いいのですか? またねらわれるのでは・・・」

 と大助が心配すると

「その時はその時だ。それもわれがもつ運命やもしれぬ」

「そんな悠長な」


 鳴門は土佐の支藩であり、鳴門城には城代がいる。土佐ほどの被害はなかったものの、崩れた家があったので、秀頼らは湯治宿に泊まりながら復興作業にあたっていた。その輪が広がり、多くの者が片づけ作業や家づくりに汗を流していた。しばらくして、その中に加代がいることに秀頼らは気づいた。警戒はしたが、秀頼は殺気を感じないということで、そのままにしておいた。義慶だけがやたらと気になっていた。

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