第2話 秀頼 武蔵江戸に現る
空想時代小説
蒸し暑さを感じる初夏、秀頼と大助・義慶の3人は江戸にいた。義慶は、信州の中だけという話だったが、自分からすすんで、秀頼についてきていた。まるで、三国志の劉備玄徳を支えた関羽雲長と張飛翼徳のようである。もちろん大助が関羽で義慶が張飛の役割である。それに、上田から草の者がひそかについていた。真田信幸が秀頼の警護のためにつけてくれた。名を太一という。3人が知らぬところにいて、どこかから3人を見守っている。
江戸の町はにぎわっていた。3人は江戸城に近い神田に宿をとった。まさに商人の町だ。旅籠に入ると、久しぶりに酒の日となった。3人で酒をくみかわしていると、階下がやや騒がしくなってきた。何事かと大助と義慶が様子を見にいく。
そこでは、2人の男が争っている。かたわらには若い女がいる。女の奪い合いだと思ってみていたら、ヤクザ風の男がいきなり匕首(あいくち)を抜き
「女を返しやがれ。でないと親分がだまっちゃいないぞ」
「なんだと! おまえらが勝手につれていったくせに! キヨはおれのいいなずけだ」
「ばか言え! キヨの親父は娘を借金のかたに1両をうけとっているんだぞ。取り戻したかったら2両もってこい」
「キヨ、お前は売られたのか!」
その女は泣きながら、頭をさげただけであった。その男はあきらめたのか、へなへなと座り込んでしまった。
女はヤクザ風の男に連れていかれてしまった。
残った男の前に大助が出て、声をかけた。
「大丈夫か? わが主人が事情を聞きたいと言っておる」
その男は義慶にだきかかえられるようにして、秀頼の部屋にやってきた。そこで、大助が口を開く。
「この男はいいなずけをとられたようでござる」
その男はくやし涙で声がでない。
「泣いてばかりでは何もわからん。まずは名を申せ」
と、秀頼が強い口調で言うと、やっとその男は口を開くことができた。
「おいらは弥助。神田で魚売りをやってるんや。いいなずけのキヨは魚を仕入れている魚屋の益三さんのむすめなんや」
「どうして、身売りすることになったのじゃ?」
「身売りしたのでねぇ、だまされたんや。益三さんの魚屋にヤクザが何度もきては、いやがらせをし、魚をだめにしていくため、身入りがなくなって、しまいには仕入れる金がなくなったんや。仕方なく高利貸しの堀田屋から1両を借り、魚を仕入れたが、それもヤクザにだめにされた。それで期限までに2両が返せず、キヨがヤクザに連れていかれたんや。これは堀田屋とヤクザがぐるになって、借金をかたに娘をかどわかして、女郎屋に売り飛ばしているんや」
「あくどい奴らだな。番屋には訴えないのか?」
「番屋は堀田屋から金を受け取っていて仲間や。訴えを聞くふりだけで、何もしてくれんのや」
「奉行所へは訴えないのか? 目安箱とかはないのか?」
「目安箱?」
「領民の訴えをきく箱じゃ。大坂にはあったが、江戸にはないのか?まだ上杉殿の治世が行きとどいていないようじゃの」
秀頼は、上杉に申すことがひとつ増えたと感じていた。
その夜、3人と弥助で救い出し大作戦を考えた。場所は堀田屋の蔵である。そこに数人の娘といっしょに監禁されているとのこと。明日、そこに女郎屋が集まり、せりをするということだった。
「こらしめねばならぬぞ」
と4人は頭を寄せて策をねった。
翌日、女郎屋の列にまぎれこんで、蔵の中に入った。さすがに義慶は女郎屋には見えないので、堀田屋の前で待機することとなった。弥助もいっしょである。
蔵の中には娘が5人いた。キヨもその中にいる。
堀田屋の手代の合図でセリが始まった。
「1両」から始まり、「2両」「3両」と値が上がっていく。そこで、一気に秀頼が
「10両」と値をつり上げた。皆が秀頼の顔を見る。
「お主、どこの女郎屋だ?」
と不審な顔をして手代がきいた。
「木下屋だ」
と答えると、
「そんな名の女郎屋はないぞ」
と、皆がさわいだ。それで、よそ者がまぎれ込んでいたということがわかって皆が、一斉に蔵の外にでた。斬り合いが始まるとわかっているのだ。秀頼と大助が蔵の外にでると、そこには堀田屋の用心棒たちが待ち構えていた。その数6人。いずれも浪人だ。2対6と劣勢だが、そこに助っ人がやってきた。店の前で待ち構えていた義慶である。蔵の様子をさぐっていた草の者の太一が義慶に知らせたのである。これで3対6。なんとかなる人数になった。そこに、手裏剣がとんできて用心棒の一人が倒れた。太一は屋根の上に陣取っている。
大助が2人、義慶も2人、そして秀頼も一人に傷を負わせ、用心棒たちは戦えなくなった。大助と義慶は娘たちを解放し、弥助が娘たちを連れていった。そして、秀頼は堀田屋に詰め寄った。
「この悪徳商人め。観念せい」
「お前らは何者だ! すぐに番屋からお役人がやってきて、お前らはつかまるぞ」
と叫んだ。そこに同心と目明かしに、与力もやってきた。
「御用! 御用!」
と十手を構えてわめいている。そこに大助が
「無礼者! 静まれ! この方をどなたと存じておる。武家監察取締役の木下秀頼公なるぞ。控えい、控えい!」
と言ったが、まだ庶民にはこの名前が浸透していない。
「ええい、わけのわからないことを抜かしおって、ひっとらえろ!」
という与力の命で、投げ縄がとんできて、3人は身動きがとれずにつかまってしまった。
奉行所の牢屋に3人は入れられた。その晩はそこで寝ることになった。
翌日、お白洲で取り調べを受けた。奉行が仰々しく出てきて詰問を始めた。
「各々の生まれと名前を申せ」
そこで義慶から応え始めた。
「生まれは信州の上田、名は義慶」
「生まれは紀州の九度山、名は真田大助じゃ」
ここで奉行が反応を示した。
「九度山の真田大助? 父の名は?」
「父の名は真田信繁でござる」
「なんと、信州松本の大名、信繁公か? 信繁公の嫡男は豊臣秀頼公にお供して諸国をめぐっておると聞いておる。では、その方が秀頼公でござるか?」
「いかにも、この方が武家監察取締役の木下秀頼公なるぞ!」
と大助が言ったが、だれも信用しない。奉行だけはその声を聞き、
「して、お主が真田の嫡男という印は?」
「昨日、取り上げられた脇差を見ていただければお分かりになるはず」
そこで、奉行は家来に言って、脇差をもってこさせた。だが、それは大助のものではなかった。だれかがすり換えていたのだ。
「どこにも真田の印はないぞ」
という奉行の声に
「それは偽物でわしの脇差ではござらん。だれかがすり換えたようじゃ」
とどなったが、通じなかった。その夜も奉行所の牢屋暮らしになってしまった。
明日は、伝馬町送りになるらしい。伝馬町の牢屋に入れば出ることは不可能になる。
その夜、奉行所の牢屋に新人がやってきた。草の者の太一である。ちょっとした盗みをして、わざとつかまったのである。だが、笑みを浮かべている。そして、着物の中から小柄(こづか)をだしてみせた。いざという時には手裏剣となる。そこで、義慶が腹をかかえて、痛みを訴えた。牢屋番が近づいてくる。スキを見て、太一がその牢屋番を倒した。牢屋の鍵束を手に入れ、牢屋に入れられていた罪人を皆逃がした。奉行所は混乱のきわみとなった。
奉行所の混乱の報で、上杉家の目付衆がやってきた。それで騒ぎはおさまった。その日は、奉行だけでなく、目付衆の立ち会いの元、取り調べが行われた。
「再度、尋ねる。そなたらの生まれと名を申せよ」
今度は秀頼からである。
「わしの生まれは大坂。名は木下秀頼である。朝廷より武家監察取締役をおおせつかっておる者。もし、わしになにかがあれば、全国の諸大名がだまっておらんぞ。お主ら、それでもよろしいかな?」
その言葉を聞いた奉行は
「えーい、何を戯言を! 秀頼公の名をかたるとは、なんたる悪党、伝馬町送りにいたす」
と言ったところで、目付の一人が
「お奉行、待たれよ。木下殿、お主が武家監察取締役だという印は?」
そこで、秀頼は着物を脱ぎ出し、ふんどしの中から朝廷から託された札を取り出した。その札には、朝廷の菊のご紋と裏には監察と書いてあった。
「これが朝廷からいただいた監察の命のしるしでござる」
それには、さすがに皆が頭を下げた。その後、上杉家の家老が迎えにきて、江戸城へ案内された。
客間で上杉景勝と面会した。直江兼続は先年死去していた。景勝も年老いていた。
「秀頼公、お懐かしゅうござる。この度は、家中の者が無礼を働き、申し訳ないことでござった」
「景勝殿こそ越後から関東に移封され、大変なご苦労をされたことであろう。それに直江殿が亡くなり、辛いことでござったなぁ」
「たしかに直江が藩の切り盛りをしておったゆえ、なかなか治世が落ち着いておらぬ。恥ずかしいかぎりでござる」
「いずれ、直江殿に替わる忠臣が現れることでござろう。今回、我々を救ってくれた目付は物のどおりがわかる御仁のようだったが・・」
「宇佐美という目付で、亡くなった宇佐美定満の縁戚の者でござる。まだ若いゆえに目付につけているが、いずれ家老にとりたてるつもりでござる」
「それは楽しみな人物ですな。ぜひ、大事に育てなされませ。ところで目安箱で庶民の声を聞く気はござらんか。今回の騒動も目安箱があれば、事前に防げたのではなかろうか」
「おおせのとおり庶民の声を聞くことは大事でござるな。早速、奉行所に目安箱を置くように申し付けよう」
「それと悪徳商人と癒着している役人の排除も忘れるでないぞ」
「それは目付に指示しており、早々に一掃されるはず。それにしても、監察の札をふんどしに隠しておられるとは、大変な苦労ですな」
「それは大変なことよ。厠(かわや)では落とさぬように気をつけねばならぬし、これがずれると歩きにくくてな。つらい時もあったぞ」
という話にその場にいた皆が、笑いを隠せなかった。これで武蔵江戸での任務を完了した。
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