第10話 秀頼 越後に現る

空想時代小説

今までのあらすじ 

 天下が治まり、日の本は諸大名の元、安寧の世の中になると思われた。

 朝廷より武家監察取締役に任じられた秀頼は真田大助と上田で知り合った僧兵の義慶それに影の存在である草の者の太一と元山賊の春馬を伴って諸国巡見の旅にでた。


 夏の終わり、秀頼らは越後の村上にいた。越後は3つに分かれており、村上は下越(かえつ)地方と呼ばれていた。地図上では上に位置するのだが、京都に近い方が上越・中間が中越と言われるのである。上杉謙信がいた春日山は上越である。

 村上城は今では廃城となっている。小高い臥牛山の頂上に城跡があるということで、秀頼らは登ってみることにした。ふもとにあるかつての大手門跡から登り始める。ところどころ、道がくずれているところがあるが、歩けないわけではない。半刻(はんとき・1時間ほど)で石垣が見えてきた。櫓や館は壊されるか、移築されているが、石垣を崩すわけにはいかず、今でも残っている。おもしろいことに、3種類の積み方が残っている。ふもとに近い方には野面(のづら)積みという自然の石をうまく重ねて作った石垣が見られ、中間地点には表面を平らにした打ち込み接ぎ、奥の方には完全に加工した石を積んだ切り込み接ぎが見られた。廃城になった際の城主は上杉謙信に反旗をひるがえしたこともある猛将、本庄繁長である。かつて上杉と政宗が戦った時に繁長が守っていた城を政宗が落とせなかったという策略にも長ける武将である。今は、その子孫がふもとの館で、この地域の治世をしているとのことである。

 本丸館跡から見ると城下がよく見える。川ぞいに街並みがならび、材木商でにぎわっているというのがよくわかる。日本海も広く見える。ここならば、船の行き来がよく見えたことであろうと秀頼は思った。

 夕刻、城下に降り立った。旅籠に泊まろうとしたが、どこも満員であった。材木の積み出しで、船が多く入っており、あいている旅籠はないということであった。しかし、親切な旅籠で、

「置屋なら泊めてくれるかもしれない」

 と教えてくれた。置屋とは芸者が所属する家である。中には、宴会をする部屋をもつ置屋もあるということで、秀頼らは紹介された長谷川屋に出向いた。大助が、女将と交渉する。すると、宴席部屋がひとつ空いているということで、そこでよければということで泊まることにした。

 隣の部屋では宴席が行われ、やたら賑やかである。秀頼らの世話をしてくれたのはお糸という十五才の娘である。昨年、飢饉があり、1両でここに売られてきたという。来年には半玉として座敷にあがらなければならぬということだ。まだ、赤味をおびた頬をした純朴な顔が、白粉にまみれた芸者になるのは想像しがたかった。

 お糸の世話は甲斐甲斐しいものであった。膳を下げる時に大助が聞いた。

「お糸とやら、仕事はつらくないか」

「はい、冬の寒い時の水しごとや雪かきはつらい時もあります。でも、女将さんやお姉さん方にやさしくしてもらっていますので、つらさもとんでしまいます」

「冬は厳しいだろうな。家に帰りたいとは思わぬのか」

「弟や妹に会いたいと思う時はあります。ですが、風のたよりで二人ともどこかに売られたという話を聞きました。母は妹を産んですぐに亡くなりました。父はのんだくれのどうしようもない人です」

「そうか、来年は芸者になるということだが、稽古はしているのか」

「そんな稽古など・・」

 とお糸は口をつぐんでしまった。芸者とは名ばかりで、酌婦と変わらない。時には客と同衾する枕芸者になるのである。

 秀頼らは、お糸が不憫(ふびん)でならなかった。隣の宴席がお開きになり、別室に客が入ると、同衾したであろう芸者のあられもない声が聞こえてきた。大助と義慶は初めて聞く声に興奮して眠ることができなかった。もしかしたら屋根裏にいる太一もいっしょかもしれない。

 翌日は、二人とも目を赤くしていた。朝餉の支度を甲斐甲斐しくするお糸を見て、大助が一言、

「殿、この娘を自由にしていただけぬでしょうか?」

 秀頼は、しばし大助の顔を見てから

「お主がそうしたいのであれば、するがよい。だが、それで解決とはならんぞ」

 と、秀頼の許しがでたので、大助は女将と交渉をし、5両をはらって、お糸を自由の身にした。

「お糸、これでお主は自由の身だ。家へ帰るなり、好きなところへ行ってよいぞ」

 と大助が言うと、

「家へは帰りたくありませぬ。弟や妹もどこにいるかわかりませぬ。どこにも行くところがございませぬ。できましたら、身請けをしていただいた殿様についていきとうございまする」

 大助は秀頼の顔を見た。秀頼はしばし大助の顔を見て、

「ほれみたことか。解決とはならんぞ。お主がなんとかせい」

 と声を発した。そして、お糸にむかって

「お糸とやら、お主を身請けしたのはわしではなく、こちらの大助じゃ。ついていくならこの大助についていけ。いずれは真田の殿様になる人ぞ」

「殿ー!」

 と大助は悲痛な声をあげた。産まれてこれまで、おなごの手もにぎったことがないのだ。それが四六時中いっしょにいるとなると、まだ20才の大助には目の毒でしかないのだ。

「お糸、いいからどこかへ行け!」

 と大助は言ったが、お糸は少し離れて4人についてきた。無下にもできず、食事時はいっしょにまぜるようにした。宿だけは別間にしたが、大助は悪い男に襲われていないかと気が気でなかった。秀頼らは、そんな大助を見て

「いっしょに寝てやればいいのに・・・」

 と思っていた。

 秀頼らは、金沢へ行く予定を変更して、大助の父信繁がいる松本をめざすことにした。

 

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