第7話 秀頼 津軽に現る

空想時代小説

今までのあらすじ

 天下が治まり、日の本は諸大名の元、安寧の世の中になると思われた。

 朝廷より武家監察取締役に任じられた秀頼は真田大助と上田で知り合った僧兵の義慶それに影の存在である草の者の太一を伴って諸国巡見の旅にでた。


 盛岡でくされ役人を引き渡し、領主の南部信直と会い、野盗の身を秀頼が請け負うということで、罪に問わぬという確約を受けた。だが、領内に放すことは認められなかった。領外放逐なら認めるということであった。当然のことと秀頼は思い、20人の元野盗を連れて津軽へやってきた。

 大助は信直の家臣からいくばくかの銀子を受け取っていた。政宗から奥羽諸藩の家老たちに秀頼が立ち寄る可能性があるという文が送られていた。義慶が預かっていた銀子を使い果たしていたので、大助はありがたく頂戴していた。

 津軽領に入ってから、津軽藩の番所に行き、各自の手形を作らせた。これで、堂々と生きていける。そして元野盗どもにいくばくかの銀子を渡し、自由の身とした。ほとんどの元野盗は新天地を求めて旅立っていった。だが、一人だけ秀頼から離れない者がいた。名を春馬といった。出は、小藩だった和賀藩の百姓兼足軽だったが、南部藩に攻め落とされ、その後衣川の野盗に入り、いくばくかの抵抗を示していたという。野盗だけあって、乗馬は得意とのこと。伝令として役にたつと思われ、秀頼は近くにおくことを認めた。ふだんは馬の世話係である。秀頼は馬に乗ることもあったが、「けつがいたくなる」と言って乗るのは好きではないようだ。

 堀越城跡にやってきた。ここは先年まで津軽藩主の信枚(のぶひら)が居城としていたが、弘前城を建てたので、そちらに移っていた。館や櫓・門は移築されている。いわば廃城になった堀越城は寂しげに感じた。そこに、浮浪者が数人いて、物乞いをしていた。無視して立ち去ろうとしたが、しつこくついてきて、しまいには大助に抱きついてきた。義慶と春馬はそれを無理やり離そうとする。そこを秀頼がとめた。

「待て、この者にも道理があるのであろう。どうしてこうなったか聞いてみろ」

 そこで大助がくいさがってきた物乞いに尋ねた。

「お主はどうしてここにおるのじゃ?」

「何かくれるか?」

 と言うので、義慶がもっていた干物を1枚渡した。そして身の上話を始めた。

「われは、ここから2里ほど離れた村におりました。戦が終わって泰平の世になったのに、年貢が上がりました。お城を造るためだそうです。不作で年貢が払えないと、家の中にある蓄えの食い物をすべて持っていきました。家の者は病で死にました。それで、結局は村を捨てました。殿さまにひとこと文句を言いたくて、ここに参りましたがもぬけの殻でござった。そこで、ここにくるお武家さまにたかっている次第。斬られればそれも良しと思っております」

 それを聞いて、秀頼はうなった。必要のない城を造るために年貢を上げる。なんという悪政であろうか。藩主信枚は若いので、おそらく家老どもがたきつけたのであろう。年貢のピンハネや、裏金などが動いたに違いない。秀頼はなんとかして、その連中を懲らしめたいと思った。

 その日は、堀越城近くの旅籠に泊まった。旅籠の主人も藩主に対する不満を言っていた。泰平の世になったのに、税は倍になるし、米や塩といった生活必需品が値上がりし、生活が苦しくなってきていると嘆いていた。

 秀頼はますます怒りが増してきた。ただ城に出向いて話をするだけでは、あきたらないと思い、大助らに意見を求めた。

「何か懲らしめるいい考えはないか?」

そこに、春馬が口を開いた。

「民から吸い上げた食料や金品を民に返せばいいのでは?」

「どうやって? 野盗でもするか?」

「それもよいと思いますが、南部家にとってこわいのは、だれですか?」

「それは奥州探題の政宗であろう」

「それでは政宗公の使者になればいいのでは?」

 そこで、皆は納得した。秀頼を政宗の使者にしたて、城内に入れ、藩政の悪行をただし、蔵を開放し、民に食料や金品を分け与えさせるのである。だが、大助がそれに異を唱えた。

「何も政宗公の使者になる必要などないのでは・・秀頼公は武家全体を取り締まる武家監察取締役である。そのことを前面に出すだけで、事を成すことはできる」

「その武家監察取締役というのはえらいのか?」

 春馬は、秀頼の本当の姿を知らない。

「そうか、春馬にはまだ秀頼公のことを話しておらんかったな。実は、天下泰平の世を作ったのは、この秀頼公の判断で決まった。徳川家を滅ぼした時の総大将で、日の本を分割し、大大名を各地の探題に任じ、自らは領地をもたず、諸国を巡見する武家監察取締役を朝廷から任じられ、今にいたっている」

「徳川を滅ぼしたのは豊臣秀頼公のはず?」

 春馬が怪訝な顔をすると、

「豊臣は朝廷から与えられた名前なので、それを返上し、父秀吉公の元の名前である木下を名乗っておるのじゃ」

「秀頼公は秀吉様の息子か!」

 大助がうなずくと、春馬はそこにひれ伏してしまった。それを見た秀頼は

「そんなにかしこまることはない。今までのとおり、どこぞの若侍というふうに思ってついてくればいいのじゃ。父は幼い時に亡くなったので、よくは覚えておらん。ただ、かわいがってくれたことだけは覚えておる。一度は日の本を統一したのだが、また戦乱の世を生んでしまった。わしはそうしたくないだけだ」

「おそれいります」

 また秀頼が口を開いた。

「武家監察取締役を表に出していったのでは、何の解決にもならん。ただ力をもってねじ伏せるだけじゃ。それでは、また元の木阿弥になってしまう。そうではなくて、信牧や家老どもに心底から思い知らせてやりたいのじゃ。そういう手立てはないのか?」

 皆、押し黙ってしまった。

 そこに、太一が現れた。

「太一、久しいの。今日はどうした?」

「殿や皆さまがご苦労されているようなので、拙者がひとつ」

「太一の考えか? 初めて聞くな。よし、話してみよ」

 秀頼の許しを得たので、太一は話を始めた。

「弘前の城にもののけを潜入させるのです。そして苦しんで死んでいった者のたたりじゃと民百姓に言いふらさせるのです。そこに、秀頼公が現れてもののけを退治します。さらに、民百姓を大事にせねば、またもののけがでると諫めるのです」

「ほー、それはおもしろいな。どうだ、大助?」

「たしかにおもしろうございますな。ところで、もののけはどうするのじゃ?」

「それは拙者がやりまする。義慶殿と春馬殿にも助けていただくことになると思いますが・・・」


 翌日から、弘前城にもののけがいるという噂が広がり始めた。数日後、城下の旅籠に入って秀頼と大助の耳に、旅籠の主人が

「最近、お城にもののけがでるという話がございまする。泰平の世の中になったというのに、いやでございますな」

 と言うので、大助が

「その話はどこから聞いたのじゃ?」

「それは、辻説法をしているお坊さまから聞いたのじゃ。何やらお城がたたられていると言っておった」

 義慶が噂を広めていることは明らかだった。

「それで、どんなもののけがでるのじゃ?」

「それが、だれもいないのに音がなったり、物が動いたり、娘の影が見えたりするそうです」

「お城を建てる時に人柱をたてたのではないか?」

「いえ、それは聞いておりません。お城といっても、堀越城にあった3階櫓を移したものでござる。お武家さまがいた大坂城と比べれば小さきものでござる」

「どうして、我らが大坂人とわかる?」

「それは、言葉や風情でわかりまする。わたしとて、旅籠で多くの人を見ておりますゆえ」

 実はその主人は、津軽藩の藩士で、旅籠の主人は別な顔であった。不審な旅人を見張る役目をおっているのだったが、秀頼と大助はこの時点では分からなかった。

 数日後、義慶が番所に連れていかれたと話が聞こえてきた。世間を騒がす不審な坊主ということだ。秀頼と大助が番所へ出向こうとすると、旅籠の主人と役人がやってきた。

「その方たち、不審である。よって、番所において詮議いたす」

 二人はあっけにとられたが、番所に行くことには変わりない。違うのは縄をかけられていることだ。大助が身分を明かそうとしたが、秀頼がそれを止めた。

「まずは様子を見よう」

 ということで、おとなしく番所に行った。そこでは、義慶が縛られ、拷問にあっていた。気を失っているようだ。

「それでは、詮議をいたす。まずは手形を見せよ」

 そこで秀頼は旅籠で見せた偽物の手形ではなく、本物の手形を出した。

「なぬ、これは菊のご紋。朝廷のものではないか? なぜこんなものを持っている?

なになに、武家監察取締役 木下秀頼。これはたいそうな名前だな。旅籠で見せた手形とは違うではないか。これは偽物だろ!」

 そこに大助が怒鳴った。

「無礼者! この方は諸国の武家を取り締まる役目をおった木下秀頼公なるぞ。前の名前は豊臣秀頼公。豊臣の名を朝廷に返上し、今は秀吉公の元の名、木下を名乗っておられる。頭が高いぞ!」

 と言ったが、番所の役人はせせら笑っている。

「何をたいそうなことを。すべてまやかしであろう。さっさと本名を申せ。でないと痛い目にあうぞ」

 と言ったところで、役人の手下が秀頼から取り上げた脇差しを抜くと、そこに五七の桐の家紋があった。豊臣家の家紋である。それを取り調べの役人に見せる。

「お主、これは?」

「父から譲り受けたもの。家宝の脇差しじゃ」

そこで、その役人は取り調べを中止し、城へ使いをだした。


 しばらく番所の牢屋に入れられた。義慶もいっしょである。義慶が気が付き、

「殿、ご心配かけ申した。あのくされ役人のおかげで、殿まで巻き添えにしてしまい、申しわけありませぬ」

「なに、そちこそ痛い目にあって、つらいだろうに」

「そんなことはありませぬ。修行時代のことを思えば、さしたることではございませぬ」

「ところで、もののけの話だが、太一らは何をしているのじゃ?」

「そのことでござるか。おもしろがってやっておりまする。津軽には元々、座敷わらしという話があり、夜中に音がしたり、物が動いたりするのはあったそうで、皆信じておりまする。先日は、殿の寝床を水浸しにしたそうです。それに床の間の掛け軸の藩祖為信公の目から血の涙を流した時は、さすがに祈祷師を呼んだそうです」

「全て太一と春馬の仕業か?」

「だと思われます」

 すると、役人がやってきて、

「お城からお呼びがでた。いっしょに参れ」

 ということで、城に連れていかれた。大手門は格式のある門で、堀を越えると桝形に配置されている。中にも内堀があり、本丸の櫓からねらわれる。取り調べは二の丸の屋敷で行われた。

 取り調べ官は目付の後藤三治郎と名乗った。

「木下秀頼とはそちか?」

「そうでござる」

「本物か偽物か吟味いたす。大坂の今の城主はどなたかな?」

「大野治長であるが」

「それでは京都守護は?」

「今は細川忠興でござる」

「うむ、すらすらでるな。では、秀吉公が最初に城主になったのはどこの城じゃ?」

「近江の長浜城でござる」

「では、秀頼公が関ヶ原で陣を張ったのはどこの城じゃ?」

「玉城でござる。狭い山城であった」

 ここまでくると、後藤三治郎の顔がみるみるうちに変わった。このことは、藩で一冊しかない関ヶ原戦記に書かれていることで、一般の武士は知らぬことである。そこで家臣に家老を呼ぶように言いつけていた。

 しばらくして、家老の目黒左衛門がやってきた。駿府で初代藩主津軽為信に供をして、一度、秀頼と会ったことがあるという。

 来た途端に、左衛門はひれ伏した。

「本物の秀頼公なるぞ。皆、頭を下げい!」

 の一言で、その場にいた者が皆ひれ伏した。左衛門は城主の信枚を呼びに行かせた。しばらくすると、信枚がやってきた。秀頼とは初対面である。信枚は秀頼を上座に座らせ、対面に腰を下ろし、深々とあいさつをした。

「家臣が無礼を働いたとのこと。まことに申しわけありませぬ」

「いや、こちらとて予告なしに訪れたから仕方ないこと。家臣の皆さまは職務に忠実に励まれただけのこと」

「そう言っていただくと、心がやすまりまする。ところで、今回はどうして津軽へ?」

「うむ、そのことだが、堀越城跡に行った時に、弘前城にもののけがでると聞いたのだ。それは本当かの?」

「恥ずかしながら、本当でござる。ここひと月、不可思議なことが城内で起きております。祈祷も行ったのですが、効果はありませぬ」

「うむ、それはたたりの元凶をたたねば無理でござろう」

「元凶とは?」

「堀越の住人が言っておった。津軽家の年貢の取り立てが厳しすぎると」

「それが元凶と?」

「まずは民百姓にほどこしをしてみては?」

「どのように?」

「信枚殿、それは自分で考えてすることです。私が言ったのでは効果はないと思われます」

「分かり申した。左衛門らと何ができるか話し合ってみましょう」

「信枚殿、何ができるかではなく、何をしなければならないかが肝要ぞ」

「ははっ、肝に命じます」


 その後、津軽藩は蔵を開放したり、年貢を減らす政策を行った。次第に藩内は落ち着き、平静さをとりもどしていた。

 秀頼らが津軽を出たのは、稲の収穫が終わったころだった。民百姓の明るい顔を見て、次の目的地秋田に向かうことにした。太一と顔を合わせた時、ねぎらいの言葉をかけた。

「こ度は、ご苦労であった」

「なんの、もののけに扮するのはおもしろございました。のう春馬殿」

「拙者もおもしろござった。ひもをひいて物を動かすだけで、悲鳴が聞こえるのでござる。ばけもの屋敷でからくりをやるのは楽しいものでござる」

「ばけもの屋敷か、おもしろいたとえだな。ところで、娘の影はだれがしたのじゃ?」

その言葉に太一と春馬は顔を見合った。

「娘の影のしかけはしておりませんが・・・」

その返事に、皆は怪訝な顔をした。

「となると・・・それは座敷わらしか」

秀頼らは、お互いの顔を見合った。津軽おそるべしである。






 

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