秀頼公諸国巡見記 続 政宗VS家康

第8話 秀頼、秋田に現る

空想時代小説

今までのあらすじ

　天下が治まり、日の本は諸大名の元、安寧の世の中になると思われた。

　朝廷より武家監察取締役に任じられた秀頼は真田大助と上田で知り合った僧兵の義慶それに影の存在である草の者の太一と元山賊の春馬を伴って諸国巡見の旅にでた。

　秋田領に入り、男鹿半島に秀頼らはいた。寒さを感じる。もうすぐ冬がやってくる。秀頼らは、百姓家に宿をとった。きりたんぽやいぶりがっこという漬け物がうまい。

「殿、秋田はいいところでござるな」

「うむ。佐竹公も常陸から国替えになり、だいぶ落ち着いたのであろう。政宗は、秋田が一番心配だと言っておったが、そんな気配はないな」

　ところが、その家の主人が妙なことを言い出した。

「実は、ここ数年、神隠しが多いのでござる」

「神隠し？」

「はっ、この村だけでなく、近くの村々でも起きておりまする」

「男鹿のなまはげがでてきているのか？」

「なまはげは、悪い子をつれていく鬼でございます。子どもは神隠しにあいませぬ」

「では、どんな人が神隠しにあうのですか？」

「主に若い男です。時に若い女も神隠しにあいます。家族４人が神隠しにあったこともあります」

「それは人さらいなのでは？」

「かもしれませぬ。ですが、だれも見たことがないのです」

　という不可思議な話を聞いて、秀頼らは調べてみる必要があると感じた。

　翌日、冬に備えて湯治場のある温泉地に向かった。腰までつかる雪では動きがとれない。一冬を過ごす地が必要だった。

　山ぞいの温泉に着いた。鶴の湯という。銀１粒で５人が７日暮らせる。草の者の太一も寒さに耐えきれず、秀頼らと同じ部屋に泊まっている。ただ、食い物は漬け物と大根飯だ。たまにイワナなどの川魚が食べられる。天気のいい時は、弓をもってうさぎ狩りにでた。春馬がもっとも獲物をとるのがうまかった。

　ある日、湯につかっていると、２人の泊り客がおかしなことを言い出した。

「今日、狩りにいった仲間がもどってこないんだ。どこかで遭難したのかな」

「それって、例の神隠しじゃないのか？」

「この雪だからな。遭難だと思うんだが・・明日、足跡をもとにさがしてみるよ。吹雪にならなければいいんだが・・」

　その話を聞きつけた秀頼は、例の神隠しにつながるのではないかと思い、自分も行くと言い出した。結局、５人みんなで同行することにした。

　翌日、天気がよかったので足跡はすぐに見つかった。太一の知恵で、竹で作った雪踏みとわらで作った履き物をはいている。今でいうスノーシューと長靴である。

　一刻（ひととき・２時間ほど）で、その足跡の周りに複数の別の足跡が残っている。それに人を引きずったような跡があった。

「これは人さらいですな」

　と大助が言うと、

「拙者がこの足跡を追ってみます」

と春馬が言う。どこまで続くかわからない。雪山で夜を越さなければならないかもしれない。

「どこまで行くかわからんぞ」

「衣川でも雪山に泊まったことがあります。何とかなりまする」

それで、太一を同行させるということで秀頼らは湯の宿にもどった。

　翌日の夕方、春馬と太一がもどってきた。

「殿、鉱山がありました。多くの人が働かされています」

「鉱山とな。神隠しはそこで働かせるための人さらいだったか」

「それでですが、指図をしているのは武士でございました。どうやら藩の役人のようです」

「なぬ！　藩がらみで鉱山を掘っているということは隠し鉱山か。それで神隠しで人をさらってきているのだな」

「そう思われます」

「さて、それではどうする大助？」

「はっ、探題の政宗公に知らせるのでは時間がかかりまする。かと言って、我らだけでは手がたりませぬ」

「うむ、たしかに・・・だが、鉱山に行けば人はいるな」

「神隠しにあった人々ですか？　役にたちますか？」

「いないよりはましだろ。ましてやうらみ骨髄であることにはかわりない」

　そこに春馬が口を開いた。

「拙者がもぐりこみましょうか」

「やってくれるか。うまく扇動して暴動を起こしてくれれば、後は我らが本部になぐりこむ。大助、しかけを考えて作っておいてくれ」

「わかり申した」

　ということで、３日後に作戦決行となった。

　作戦決行日。春馬と太一の道案内で鉱山近くの山に陣取る。幸いに雪は降っていない。鉱山からはいたるところから噴煙があがっている。地熱のせいか雪は少ない。ふもとにいく道には、頑丈な門が造られている。まるで砦の様相だ。しかし、山側の守りはうすい。まさか山から攻撃があるとは思っていないのだろう。

　夕闇にまぎれて、春馬と太一が牢屋にもどる民の列にまぎれ、牢屋に入った。もちろん小柄や忍びが使う破裂玉を隠しもっており、牢屋の鍵を壊す用意はしてある。

　深夜、牢で騒ぎが起きた。

「牢破りだー！」

　と見張りが騒いでいる。その騒ぎを合図に秀頼らも下にかけ降りて、本部をめざす。本部の見張りも牢屋に駆け付けたので、本部へは楽々と入ることができた。そこには女といっしょにお頭らしい武士がいた。月明かりだけなので、その武士からは、こちらがだれかは分からない。

「何事だ！」

　と怒鳴り、枕元にある刀をとろうとしたが、義慶の薙刀がそれをたたき落とした。

大助が首元に刀をかける。

「この方は、武家監察取締役木下秀頼公なるぞ。観念せい！」

　その武士は、何のことかわからずにひざまずいた。

「配下の者に刀を捨てるように言え！」

　とその武士は、外に引きずり出され、配下の者に

「者ども、刀を捨てよ！」

　と大声をだした。

　１０人ほどの配下は、それで刀を置いた。しかし、櫓の上からきらりと月明かりに光る物が見えた。

「ダーン！」

　種子島が火を噴く。大助の顔をかすめていった。それを見た頭らしい武士は逃げようとしたが、義慶の薙刀で足を払われた。もんどり倒れる。櫓の上の兵士は太一の手裏剣によって倒れた。

　鉱山に閉じ込められていた民は「オー！」と歓喜の声を上げている。

　頭らしい武士は堀田助左衛門と名乗った。秋田藩の下級武士だとのこと。どうやら家老の命で動いているとのことがわかった。雪解けまでは、砦にこもることにした。

家にもどりたい民はもどしたが、雪が深くほとんどの者が途中で砦にもどってきた。米などの食料は一冬もつぐらいはある。

　秀頼は奥羽探題の政宗宛の文を春馬に託した。雪の中、仙台まで何日かかるかわからぬが、できるのは雪道に慣れている春馬しかおらぬ。

　春になり、秀頼は堀田助左衛門らを連れて秋田城下をめざした。民はみな故郷へ戻らせた。堀田助左衛門を罪人籠に乗せ、配下の１０人に手分けしてかつがせた。街道沿いの人々は異様な行列に目を見張っている。秀頼はいつものかぶき者姿ではなく、紋付袴姿で馬上の人となっている。これも大助がもっている銀子のおかげである。

　城下に入ると、早速佐竹藩の藩士が駆けつけてきた。中には、制止しようとする者もいたが、大助の

「武家監察取締役の木下秀頼公なるぞ。控えい！　控えい！」

　と大名行列なみの声で通りにいる人々は退いてしまっていた。

　大手門前に到着。大助が

「武家監察取締役、木下秀頼公の訪問であるぞ。開門！　開門！」

　と大声を発したが、門は開かなかった。かわりに櫓から

「城主、佐竹義宣（よしのぶ）は不在である。出直されよ」

　という声が聞こえてきた。居留守であることは明白である。幕府はないので江戸勤めをする必要はない。領内経営に専念することができるはずなのだ。城主義宣は高齢なので、病床に伏せっていることが予想された。どちらにしても堀田助左衛門の裏にいる家老が手を回しているに違いない。

　夕刻になっても城門は開く気配がないので、秀頼は仕方なく城下の旅籠に泊まることにした。大助と義慶には

「襲撃があるやもしれぬ。油断するなよ」

　と、言い含めておいた。堀田助左衛門は大事な証人なので、蔵の中へ閉じ込め太一に見張らせた。１０人の手下には、夕餉をふるまってから堀田とは別の蔵に閉じ込めた。義慶が見張りであるが、未明に覆面の集団が襲ってきた。義慶が奮戦するものの蔵が破られ、１０人の手下どもは逃げ出した。だが、そこに矢がとんできて、１０人全てが倒された。義慶はなんとかその攻撃をかわすことができたが地団駄を踏んでいた。

　堀田作左衛門は無事であった。太一が蔵の中のむしろの中に隠していたからである。一人にしておいたのが幸いした。

　朝、１０人の死体を始末してから、堀田作左衛門と話をした。

「堀田とやら、お主らをねらって刺客がやってきたぞ。もう義理立てする必要はないのではないか」

　と諭すと、今までのあらましを細かくしゃべりだした。やはり家老の小堀新右衛門の企みであり、領主義宣には秘密とされ、掘り出された銅はある場所に隠匿しているという。いずれ精錬して藩の資金にする計画だというが、小堀の個人資産になることは目に見えていた。

　そこに、仙台に行っていた春馬がもどってきた。

「殿、仙台から目付が来ます。佐竹殿への詰問を行うそうです」

「うむ、これで城に入れるな」

　翌日、仙台からの目付、目黒嘉門がやってきたという知らせがきて、秀頼らも秋田城に向かった。お堀には蓮が一面に広がっている。夏には見事な蓮の花が咲き誇るとのことである。目黒嘉門に続いて、秀頼らも入ったが、大助と義慶は堀田助左衛門を連れて別に入った。後で呼ばれた時に参上するためである。家老の小堀新右衛門は先日の襲撃で、堀田助左衛門は死んだと思っているからだ。

　客間に通された目黒嘉門は秀頼を上座に座らせた。そこにいた小堀ら秋田藩の重臣らは目を丸くしている。目付の目黒が口を開く。

「この方は、朝廷から任命された武家監察取締役の木下秀頼公でござる。此度は、秀頼公の申し出により、奥羽探題の政宗公が動き、拙者が詰問にきた次第。返答しだいでは、探題みずからが出向くこともあると思っていただきたい」

　その言葉に、小堀ら秋田藩重臣は平伏していた。目黒が話を続ける。

「さて、佐竹義宣公がおられぬが、どうされたのかな？」

「城主は高齢のため療養中でござる」

「寝込んでいるということか？」

「はっ、今は寝所で休んでおりまする」

「先日、秀頼公が来られた時は、不在ということであったと聞いたが」

「はっ、寝所で休んでおられました。会うことはできませんでしたし、武家監察取締役というおつとめがあることは初めてきいた次第。もうしわけありませぬ」

「うむ、わかった。ところで、義宣公には後継ぎがおらなんだが、それはどうされるつもりだ？」

「それは甥の義隆殿を養子に迎える予定でございます」

　義隆はまだ７才の幼年である。義宣が亡くなった後に、家老の小堀が実権をもつ算段かと思った。そのための鉱山開発だったのかもしれない。秘密なので、神隠しという手段で、人集めをしたのだと思われた。

「しっかり考えておられるのじゃな。して、今回の鉱山開発だが、これはどうしてかな？」

「それは初耳でござる。鉱山開発に秋田藩は関知しておりませぬ。あったとしたら、一部の者の策略ではなかろうかと・・」

「小堀殿は知らぬとおっしゃるか」

「はっ、拙者の知らぬことでござる」

「そうか、では証人を呼ぼう。これ、連れてまいれ」

　と言われた春馬が大助らを呼びに行った。堀田作左衛門もいっしょに出てきた。小堀の顔色が変わった。

「お主、生きておったのか！」

　と大声を発する。体がわなわな震えている。

「小堀殿、この場で堀田作左衛門に話を聞いてよろしいか？」

　小堀は返事もできずに、へなへなと座り込んでしまった。そこに、介添えを伴って客間にやってきた者がいた。城主の佐竹義宣である。秀頼がそれに気づいた。

「義宣公、大丈夫でござるか？　伏していたと聞くが・・」

「面目ない。よる年波には勝てず、このところは床に伏しているばかりでござる。駿府での評定の際には、秀頼公のおかげで本領安堵となり感謝いたしております」

「いやいや、幕府により常陸から秋田に移され、ご苦労があったと思う。数々の心労があったと思われる」

「秀頼公の天下泰平への尽力に比べれば、さしたることではござらん。秀頼公が奥羽を巡見されているのは、知っておったのですが、秋田に来るのはもっと先だと思っておりました」

「うむ、弘前で長居していたからな。ところで、今回の鉱山開発は義宣公はご存じだったのかな？」

「いえ、恥ずかしながら今日初めて聞いた次第です。小堀が何のために鉱山開発をしていたのか？　また神隠しという手段で人集めをしていたのを問いただしたく、ここに参ったしだい。小堀、どういうことじゃ？」

　家老の小堀は頭を下げたまま、半分涙声で話し始めた。

「そ、それは・・殿が長く床に伏せっておられ、後継ぎ問題が話題になり申した。それで、もし殿が亡くなった場合、葬儀や新城主お披露目式等で多額のお金がかかることが予想されました。そこで、私めの判断で鉱山開発を命じた次第」

「わしの許しを得なかったのは、なぜじゃ？」

「そ、それは殿はいつも領民を大事にせよ。とおっしゃられ、人夫を雇えばそれなりの金がかかるゆえ、今回のように神隠しという手段をとった次第」

「それが浅はかなのじゃ。領民を苦しめて、政事（まつりごと）ができるか！」

　小堀ら家臣はかしこまって伏している。

「秀頼公、藩内の問題をわずらわせることになり、まことにもうしわけぬ。家老の小堀は蟄居閉門といたす。神隠しにあっていた民には、働きに応じた給金を支払う。そして拙者も隠居し、甥の義隆を後継ぎとしたい」

「その申し出は、わしよりも探題の政宗公の管轄。目黒殿、よろしくお伝えくだされ」

「わかり申した」

　ということで、秋田での任務は終了した。