悪女は運命に打ち勝つ
第43話 クーデター
聖女エルミーゼによる、病死に見せかけたラキアーノ公爵の殺害――
その影響は王国に大きな波紋を投げかけた。
「な、なんだと……ラキアーノ公爵が代替わりする……!?」
己の執務室にいた第二王子ガルガド・ガルダニアが報告を受けると同時、筋肉質な背中を背もたれに預けた。戦士としても鍛え上げた重量感のある質量を受け止めて、ぎしり、と椅子が悲鳴をあげるが、ガルガドの耳には届かなかった。
亡くなった前ラキアーノ公爵は、貴族の中の貴族である。50年以上も政治に君臨した存在感は途方もないもの。彼の言葉は貴族たちを否応なく束ねていたが、それが消えてしまった今、どう揺れ動くのか、誰も想像ができない。
まもなくの国王の崩御に向けて、貴族たちが激しい派閥争いに興じているのに。
それはガルガドにとって頭の痛い事実だ。
なぜなら、前ラキアーノ公爵はガルガドを強く推薦していた人物だからだ。
通常であれば、兄である第一王子が国を継ぐのが筋なのだが、長男は利口で頭が良すぎた。貴族の傀儡にするには不向き――公爵は考えたのだろう。
そこで白羽の矢が立ったのはガルガドだ。
代々ガルダニア王国は国王に肉体的な強靭さを求める傾向があった。亡くなりそうな現国王も、今でこそ枯れ木のような様相だが、若かりし頃は膂力に優れた偉丈夫であった。ゆえに、父親に似たガルガドを立てようという建前が生まれた。
(ふん、本当のところは、バカな神輿が欲しいだけなんだろう?)
ガルガドは見抜いていたが、おとなしく神輿になる道を選ぶことにした。
諦めていた王の座が手に入るのだから!
ガルガドの胸の中で、俺のほうが王にふさわしいのに! という気持ちがなかったのかというと嘘になる。
むしろ、ずっと炎のように燃え盛っていた。まるで業火のように燃えていた。
王の座は強靭な肉体を持つものにこそふさわしい――
その暗黙的な認識が、ガルガドに野望を忘れることを許さなかった。だから、ガルガドは公爵の敷いたレールを歩むことに決めた。
(なんでもいい。この国がどうなろうとかまわない。俺が王にさえなれれば――!)
状況は第一王子支持派が多かったが、ガルガドは不安には思わなかった。
ラキアーノ公爵の権勢には、それを覆すだけの力がある。公爵が本気を出せば、貴族たちの多くは旗色を変えてくるだろう。
ガルダニア王国では、最終的に次代の国王を、王位継承権を持つ候補者の中から貴族たちが投票によって選び出す。ラキアーノ公爵ならば、その日までに票数をまとめることは簡単だろう。
懸念点は、ラキアーノ公爵が老齢であることだった。
「ははははは、心配なさるな! 100を超えて生きる予定です。宮廷の妖怪と呼ばれてみせますから!」
などと笑いながら厚切りのステーキを食べていた公爵だが、病に倒れてしまった。
その報告を聞いたときもガルガドは肝を冷やしたものだが、病自体はそこまで深刻なものではなく、聖女エルミーゼならば癒すことができるだろいう、という診断だった。
「まだまだ死ぬつもりはありませんわ!」
そう笑っていたラキアーノ公爵だった。
(確かに、公爵であれば100を超えるまで生きてもおかしくはない。そもそも、現時点で宮廷の妖怪のような人物なのだから。妖怪が簡単に死ぬものか)
そんなふうにガルガドは楽観的に思ったが――
死んだ。
あっさりと死んだ。
ラキアーノ公爵は死に、次の世代へと引き継がれた。
「おのれ、ラキアーノ! 中途半端なところで死におって……!」
国王の死期が迫る中、宮廷の権力争いは激しさを増していた。ガルガドが第一王子を支えようとせず、弓を引いていたのは誰の目にも明らか。
もちろん、第一王子にとっても。
第一王子が戴冠すれば、最初にすることは間違いなく粛清だ。叛逆の意思あり、と確定した大物たちには何かしらの処罰がくだるだろう。
当然、ガルガドも例外ではない。
あの怜悧な兄が、全ての罪を許して弟を抱きしめてくれるとは想像もできない。
(間違いなく処刑される――!)
その想像には自信があった。
なぜなら、自分が王になったときも、第一王子を処刑するつもりだったから。
これは王位継承権を争う戦いであり、己の未来と生死をかけた戦いでもある。
「次のラキアーノ公爵家の当主が、俺を支持してくれればいいのだが――」
前公爵の影響力は死してもなお残っている。以前ほどの威光はなくとも、次の当主が同じ方針であれば、なびく貴族たちは大勢いるだろう。
しかし、運命はガルガドの願いを裏切った。
次のラキアーノ公爵は何も明言しなかったが、様々なチャンネルを通じて1つのメッセージを社交界に伝えた。
――ラキアーノ公爵家は王位継承争いに関与しない。次代の王が決まり次第、ただ全力で忠義を尽くすのみ。
「貴様っ!」
ガルガドは思わず激怒してしまった。
嫌な予感はしていた。
政治家として権力を操ることに喜びを見出す先代に比べて、次期当主は、それほど政治的な野心のある人物ではなかった。代替わりによって、家の威光が弱まったのもあり、派手な動きは自重することにしたのだろう。
手がたい方針ではある。
公爵の死を受けて、貴族たちの帰趨は第一王子支持派に傾きつつある。先代が死んだ今、危ない橋を渡って第二王子を支えるより、流れる状況に任せていればいい。
怒っているガルガドは、放っておけば失脚するのだから。
代替わりしている状況を鑑みれば、王となった第一王子が公爵家に何かしらの落とし前をつけさせる可能性もない。
何も得をしないが、何も損をしない。
だが、そんなもの、ガルガドが受け入れられるはずもない。このままだとガルガドは王になれず、首と胴が離れるだけなのだから。
「そうはいくか……そうは……!」
怒りに燃えたガルガドは、公爵の死から温めていた作戦を決行することにした。
――クーデター。
武力を持って、王位を奪い取ること。
(ふはははは! もともと迂遠だったのだ、貴族の権力争いに任せるなど! 精強を良しとするガルダニア王国の王であるなら、実力で奪い取ればいい!)
決行日は、第一王子が王の代理として、大昔の戦場であるガルパー平原に献花を行う日と決まった。王都を離れるために防備が手薄になり、また古戦場であるため、兵士たちの運用にも不満はない。
公爵の死後もガルガドに固く忠誠を誓う貴族たちと共謀し、ガルガドは準備を進める。
旅に出る前、第一王子はガルガドにこう告げた。
「それでは私は王都を離れる。留守を任せる」
冷え切った関係を証明するような、儀礼的で冷めた言葉。そもそも、冷たい人物でもあるのだが。
「お任せください」
ガルガドもまた感情のこもらない声を吐き出す。
(ふん、次に会うときのお前は首だけだろうがな! いや、俺自らが首を刎ねてやるのも悪くはない!)
第一王子が王都を出た後、ガルガドもまた秘密裏に王都を抜け出した。
馬を走らせながら興奮が胸を燃やす。
もうすぐだ! もうすぐ栄光が! この俺の手で王の座をつかむ!
第一王子を討ち、返す刀で無能で役立たずの第三王子を捕獲する。第三王子はどうでもいい存在なのだが、謀反者に王位を譲れないと言い出す貴族もいるので、無力化しておく。
それで終わりだ。
あとは死に損ないの王が死ぬのを待って、王位を継承するだけ。
そのバラ色の未来にガルガドは酔いしれる。
「はっはっはっは! もう少しだ! もう少しで国が俺のものになる!」
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