第19話 ガルガド・ガルダニア第二王子
「……ご無沙汰しております、ガルガド王子」
エルミーゼは頭を下げる。その裏でバクバクと心臓を鳴らしていた。
(おおおおおお……! ここで出てくるなんて……!?)
前世でのこの日を思い出しても、こんな過去はなかった。エルミーゼは国王と別れた後、一直線に王城を出て教会へと戻っただけ。だけど、今世では国王との会話が始まり、それによって退室時間がズレたせいで鉢合わせになってしまった!
(正直、あんまり会いたくはなかったんだけど……!)
彼が王となり、国が傾き、そして、エルミーゼが責任を取る形で処刑された。そのとき、彼もまたエルミーゼを糾弾した人間の一人である。
そのときの記憶が生々しく――正直なところ、顔を見ているだけでげんなりする。
「なあ、聖女よ。こいつは親父の病気に効くのか?」
ぶっきらぼうな言葉の後に、どさりと担いでいた大猪を床に放り投げる。
侍従の一人が血相を変えた。
「ガルガド様!? おやめください! 部屋が汚れます!」
「掃除をすればいいではないか。そのためにお前たちがいるのだから。それにもう捨てた後だ。どうしようもないだろう? そう邪険に扱うな。これは、俺が親父のためを思って狩ってきた獲物だぞ?」
「国王様のため……?」
「そうだ。こいつはグレイト・ボア。こいつの臓物で作った薬は滋養強壮にいいらしい。だから、俺がとってきたんだ。親父には長生きしてもらわないとな?」
猪には斬撃の跡がない。
(……え、てことは、この猪を素手で倒したってこと? ゴリラすぎる……)
エルミーゼは首を振る。
「ガルガド様。私は神の力を振るうのみで、薬に関する知識はありません」
「なんだよ、つまんねーな」
ガルガドは首を家臣団のほうに目を向けた。
「どうなんだ? こいつは役に立つのか?」
エルミーゼに代わって御典医が答える。
「……それは……はい、薬にすれば効果があるかと。ただ、病気がすぐに治るようなものではありません」
「特効薬にはならないのかよ! でも、ないよりマシか。そいつで薬を作ってやってくれ」
興味を失ったかのように切った視線が動き、
(え、私!?)
ガルガドが口元に笑みを浮かべて、近づいてくる。
「面白いことをしてくれるじゃねえか、聖女! まさかお前がな!」
言うなり、ばぁんとエルミーゼの背中を叩く。
「あ、痛!?」
「おっと、すまないな。力加減がわからなくてな」
そんな能天気なことを言って、ガハハハハと笑う。
「ウィルトン領をとったんだって?」
言葉の気安い調子は変わらない。今日の天気を聞くかのような適当さだ。だけど、その瞳に本気の輝きが差している。
(……ここで見逃すつもりはない、か……)
当然といえば当然だ。王位継承争いをしている渦中も渦中、主役にあたる人物だ。その流れに大きな波紋を投げかける動きを無視するつもりはないのだろう。
あまり間の抜けた返事はできない。
油断はするな――
前世での、嫌な記憶がそうささやく。
「はい、そうですが。何か問題がありますか?」
「問題ない。お前はお前の権利を使った。そうだろう? 何も問題はない。気になるのは、お前の腹の中だよ、聖女。何を考えている? しみったれた子爵領になんの価値が?」
「わかりませんか? 私にとっては価値があるんですけどね」
未来に殺されかけたときの避難場所です! と言っても頭がおかしい人という扱いを受けるし、そもそも敵(予定)のガルガドにそれを伝える必要もない。
(とりあえず、聖女スマイル(意味深)を使うことにしよう!)
そんな感じの笑顔で迎撃する。
その表情を見るやいなや、ガルガドが楽しそうに口元を歪めた。
「ははは! なかなか言うじゃないか! 教会の人形だと思っていたのになあ……こいつは聖女というより悪女なんじゃないか!?」
胸がどきりとする。
わかっている、冗談だということは。しかし、直撃されて平静とはいかない。油断すると顔に動揺が浮かびそうなので、さらに強く聖女スマイル(意味深)を発動しておく。
すると、何か勘違いしたガルガドも、強めの野生味スマイルで対抗してきた。
(あ、いや……そういうの、求めてないんだけど……)
困ってしまう。
その一瞬の静寂が、破られた。
「ごほっ、ごほっ!」
老王が苦しそうに咳をしていた。御典医がその背中を撫でながら口を開く。
「国王様には静養が必要です。ガルガド様、今日は何卒、お引き取りください」
「わかったよ。じゃあな、親父。邪魔したな」
やれやれ終わった終わった、とエルミーゼは内心で安堵の息をこぼす。
(……あいかわらず粗野だねー……)
正直、第二王子ガルガドが国王にふさわしいとは思えない。だけど、彼は貴族たちから意外と人気があった。
実は、武闘派である現国王の若い頃と似ているからだ。
ガルダニアの王は強くなければならない! と考えている輩も多い。
一方、今のところは優勢で王を継ぐだろうと目されている第一王子は武芸には興味がなく、少しばかり頭でっかちで神経質な性格もあって、一部の貴族から人気がない。
(……単純に第二王子のほうが扱いやすそうというのはあるかもしれないけれど……)
神輿は軽くてパーがいい、という言葉があるからね。
そんな理想の神輿であるガルガドは、部屋を出ていこうとして思い出したかのように口を開いた。
「……ああ、そうだ。モーリス」
「はい!」
進み出たモーリス大司教にガルガドが話を続ける。
「少し話がある。ついてこい」
「は、はい!」
慌ててモーリス大司教がついていく。
(おやおや……? 前回はこんなことなかったけどな……?)
前世での流れだと、ガルガドに会っていないのだから、当然だけど。
どうやら、何かが変わってしまったらしい。
困っていると、女性の侍従がやってきた。
「モーリス大司教をお待ちの間、別室でお休みください」
そう言って、残されたエルミーゼたち教会の一行を別の部屋へと連れていく。エルミーゼもその部屋に入ろうとしたら――
「エルミーゼ様は別の場所でお願いします」
そんなことを言われて、別の場所へと案内される。
(……聖女特権ってやつ?)
聖女だから他の人間と同じ扱いは嫌だろうという配慮だろうか。別にエルミーゼは気にしないのだけど、勝手に気を回されることは多々ある。
きっと素晴らしくてゴージャスな部屋に違いない。
「ここです」
案内されたのは、王宮の庭にあるベンチだった。
「え」
本当にただのベンチだった。座ったら、ぽかぽかとした日差しが気持ちいいに違いない。
いやいやいやいやいや!?
さすがにベンチって!? なんだかショボくないですか!? 扱いひどくないですか!?
(扱いにはワガママ言いませんけどー、ちょっとこう、え!? という感情は伝えたほうがいいのかしらん?)
そんなことで頭を悩ませてしまう。
「ベンチ――なんですか?」
「聖女の力の回復には光合成が効くからと上司に言われまして」
「私のどこかに緑要素あります!?」
「それでは失礼します。モーリス大司教の用事が終わりましたら呼びに参ります」
「いや、葉緑素ないですって!?」
女性の侍従はぺこりと頭を下げるとスタスタとどこかに行った。
そんなわけで、エルミーゼはベンチの前に取り残されてしまった。強引だなあ、と思いつつ、立っていても疲れるのでぺたんとベンチに座る。
少し暑さの和らいだ秋の日差しが心地よい。うっかりぼんやりしてしまう。
(あー……これは光合成できるわあ……)
そんなことを思考力ゼロで思っていると、
「ねえ、お姉さん」
エルミーゼより少し年下に見える少年が声をかけてきた。金髪の髪で顔立ちは整っているが、質素な身なりだった。
(ううんと……王宮で働いている下働きの子かな……?)
服装の感じだと、そんな雰囲気ではある。
「なんでしょうか?」
「隣に座っていい?」
そんなことを人懐っこい笑顔を浮かべて言ってくる。
「構いませんよ」
「やったあ!」
嬉しそうな声で応じると、少年がエルミーゼの横に座った。
少年の名前はクロノ・ガルダニア――この国の第三王子である。そんなことを知らないエルミーゼに、少年はにっこりとした笑みを浮かべて続けた。
「ねえねえ、お姉さん、少しお話をしようよ?」
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