第9話 光よ、来たれ

「人よ、以下略、ここに聖なる光あり。悪しきもの、穢れしもの、澱みしもの――ただただ消えよ、ただ消えよ」


 ぴかー。

 ブドウ園が光に包まれて、瘴気が一瞬にして霧散した。


「終わりましたよ」


「おお!」


「だけど、大元を叩かないと、すぐに戻ってしまいますけど」


 しゅん、とグラハムが落ち込むのがわかっていたので、すぐにダメだと告げておいた。

 今はまさに夏。ブドウは実をたわわに実らせている。収穫までの短時間だけ持ってくれれば、少しは品質のいいものになるのだろうけど。


(結局、瘴気溜まりをどうにかしないと……)


 ここ一帯の瘴気は、前回の田園地帯よりも濃くなっていた。

 瘴気溜まりに近づいている確信はあるのだけど、それがどこかはわからない。

 ……とはいえ、エルミーゼの用事は終わった。ロイヤル・ワインを手に入れたので、大司教たちと合流して――

 ソフィアがにこやかに提案してきた。


「エルミーゼ様、ワインを作る水を汲み上げている川の水源まで行ってみませんか?」


「え?」


 そんな話だったっけ? これってワインをもらうだけじゃなかったっけ?

 そんなことを思うが、ソフィアが構わず続ける。


「水源に何かあるかもしれません。……お願いできませんか?」


(むー、困ったなあ、でもワインをもらうとき、助けてもらったしなあ……)


「わかった、任せなさい!」


 本質的に人がいいエルミーゼはそんなふうに応じた。

 それを聞いたグラハムは、


「すまねえな……本当に感謝する」


 そんなことを言って、エルミーゼの右手を硬く両手で握ってくれた。そして、家に戻ると、ロイヤル・ワインとお昼ご飯を詰めてくれた弁当箱を渡してくれた。


「じゃあ、行きましょうか」


 そんな感じで、エルミーゼたちは川の上流を目指して移動する。

 しばらく進んでいると、山の麓にある大きな湖にたどり着いた。


「おおおおおおおお!」


 エルミーゼは興奮した。夏の暑い日差し! 涼しい水辺! テンションが上がらないほうがおかしい話だ。


「水遊びしましょうか。泳ぐ感じで」


「「ええ!?」」


 あっさりとしたエルミーゼの提案に二人が驚く。

 暑いから水遊びしたい――単純な結論だけど、根は深かった。前世では文字通り、教会のロボットのように24時間365日働き続けたのだ。友達と一緒に遊んだ記憶などなく、水浴びといえば、儀式的な感じでしただけだった。


(今度は、友達と――いや、友達じゃないかもしれないけど、一緒に遊びたい!)


 そんなことを思ったのだった。これもまた、前世の『やってみたかったけどできなくて我慢したリスト』に入っていることだ。


「暑いですし、それもいいかもですね」


 これまた勝手な深読みをしたソフィアが、うんうんとうなずく。


「ですが、どうしましょうか。水着を持ってきていませんけど」


 水着!


「裸でいいのでは? 皆さん、女性ですし」


「「いやいやいやいや、恥ずかしいです」」


 クレアとソフィアが手をパタパタと振った。この辺、普通ではない人生を送っていたエルミーゼは感覚が他と違っている。


(……確かに見られると恥ずかしい部分があるのも確かね)


「では、隠せればいいのですね?」


「え、ええ、まあ……?」


 ざっくりとしたエルミーゼの確認に、ソフィアが要領を得ないまま了解する。


「わかりました――光よ来たれ、来たれ。見せてはならぬもの、見られてはならぬものを消すために。世界の果ての記述に従い、その義務を果たせ」


 その言葉と同時、ふわわーんと光の粒子が3人の周囲を舞った。


「これで大丈夫ですよ」


「え、えーと……?」


 何が大丈夫なのかわからないクレアとソフィアは困ったように視線を巡らす。


「百聞は一見にしかず。ソフィアさん、上の服を脱いでください」


「え、ええ……?」


 気まずそうな様子でソフィアの動きが固まる。

 ソフィアにとっては不運だった。指名された理由は着ているブラウスが脱ぎやすそうだったからだ。聖女であるエルミーゼは重苦しくて作りの細かいローブを着ているし、護衛であるクレアは革鎧を身につけている。


 えいや、と覚悟を決めてブラウスのボタンを外し始めるが、その手はおぼつかない。

 いや、だって恥ずかしいし。

 ソフィア以外の二人はがっちり着込んだままだし。


 なんでこんなことをしているんだろう? いやいや、でも、きっと聖女様の言うことだから、これはもう、信じるしかない。


「ふぅ……」


 そんなこんなで覚悟を決めて、ソフィアはブラウスを剥いだ。

 下着をつけた胸があらわになる。


「こ、これで、いいですか……?」


「え? いえ、下着も脱いでくださいね?」


 恥ずかしくて、ソフィアの頭はぐるぐるしてきた。いや、女性同士だから。でも、なんか脱げと言われて自分だけ脱ぐのは何か違うくないか?


 ソフィアも15歳の思春期、恥じらい成分はまだまだ豊富に保持している。

 頭がカッと熱くなって、恥ずかしさで思考が飛ぶけども、むしろ、真っ白になったからこそ、余計なことを考える必要もなかった。


 信じるんだろう、聖女様を!

 がんばれ、ソフィア!


「えええええい!」


 覚悟を決めて、ソフィアは己の下着を剥ぎ取った。

 あらわになる白い肌、胸の膨らみ、そして――

 そのときだった。

 太陽から届く一条の光が強さを増す。ちょうど胸の部分が、強くなった光線によって遮られることとなった。


「え、え、え、かかか、隠れていないんですけど!?」


 主観的にはモロ見えのソフィアが悲鳴を上げる。


「大丈夫です。謎の光が隠してくれています。見えません。ね、クレア?」


「は、はい……見えていませんね……」


 エルミーゼが使った魔法は、謎の光によって恥ずかしい部分を隠すものだった。360度完全ガード。決して漏らすことのない聖なる光――

 だけど、ソフィアには関係なかった。

 だって、主観的にはモロ見えだから。


「そ、そんなの、わかりませんよー! 恥ずかしいですうううううう!」


 胸を両腕で隠して座り込んでしまった。


(あれ、ダメだった!?)


 これでいいわけないのだが、本質的にずれているエルミーゼは今更になって慌てた。


「お気に召しませんか……申し訳ありません。では、別の方法を考えましょう。服を着ていただいて構いませんよ」


 背中を向けて服を着るソフィアを待ちながら、エルミーゼは次なる作戦を提案した。


「では、服が濡れない魔法をかけましょうか」


「「そんな魔法があるんですか!? なら最初から使ってくださいよ!?」」


 二人から同時に苦情が来た。


(いやー……それだと、水遊び感がないからなあ……)


 ああ言うのって、水に濡れてなんぼのものじゃないの? 服を着ていたら興醒めじゃない? やったことないから知らないけど。

 そう思いつつも、二人の意思を無視するのも良くない。

 水に濡れない魔法を使って、3人は水遊びを始めることにした。靴を脱ぎ裸足になって、じゃばじゃばと湖に入っていく。

 ひんやりとした水が気持ちいい。クレアもソフィアも心地良さそうに惚けている。


(あー……これはいいなあ……)


 楽しい気持ちになりながら、ばしゃばしゃと湖の中を歩いていく。

 ソフィアが慌てた声を飛ばす。


「あ、エルミーゼ様! そっちは急に深くなっていますから気をつけてください!」


「へえ、そうなん――だ!?」


 ずるっと足が滑り、一瞬にして視界が水面に没した。


(もがもがもがもが!?)


 空気がすごい勢いで口から漏れていく。

 ちなみにだが、エルミーゼは泳げなかった。

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