悪女は温泉宿を所望する
第22話 山籠りとか嫌なので温泉地に向かいます
年末になるにつれて、聖女の仕事は多忙になる。
「エルミーゼさん、今度はこっちです!」
「聖女お守り1000個を売りたいので祈ってください! 一個ずつ!」
「あ、いたいた! ぼうっとしてないで! 早く!」
はい、わかりました。と聖女スマイルで応対しつつ、
(ぼーっとくらいさせろやああああああああああ!)
エルミーゼは内心でキレていた。
前世では、これもまた聖女の務め――皆さんの喜びのために尽くしましょう、などと殊勝な心持ちで24時間を捧げたのだからと頑張り続けていたが、今世のエルミーゼは違う。
いやいや、そういう生き方、おかしいよね!? 無理をしないと決めたので、率直に不満が溜まる。どうやって、このストレスを吐き出せばいいのだろう……そんなことを考えていると、モーリス大司教に呼び出された。
「エルミーゼ様。今年の冬はクローディア神殿に参りますぞ」
クローディア大聖堂とは、それはそれは由緒正しき教会の建物である。神の子に仕えた聖人クローディアが建てたとされている。
「ええと……どうして?」
「霊山で山籠りをしてもらうためです」
ほほー。ただでさえクソ寒い中、空気が冷え切って肌が痛くなるような山頂に打ち捨てられる哀れな犠牲者は誰なんですかね?
モーリス大司教の「してもらう」というから推測できますね?
はーい、私でーす。
意識が遠のきそうになるのをエルミーゼは理解した。
(ああー、そうだわ……この年、霊山で山籠りしたわー……)
なんだか聖女の霊力向上と、人々の安寧と幸せを願うために。
そう、このクソ寒い中を。
ちなみに、聖女が対外的な活動をしている際、『厚着』は許されない。聖女っぽい神々しい感じの服を夏も冬も着る必要がある。夏は暑くて冬は寒い、微妙な感じのものを。
前世の完璧なる聖女エルミーゼは『これも聖女として当然の行い』としてド根性を発揮していたが、今世のエルミーゼにそんな気持ちはさらさらない。
「……寒くないですか?」
「ここ10年で最大の寒波が来ているらしいですな」
殺す気か! 殺す気か!
いや、死なないのは前世で死ななかったから知っているんだけれど。
「山籠りの最中って人の目がありませんよね? てことは、コートとか着ていても大丈夫ですよね……?」
「神の目がありますぞ?」
まさかの切り返し。それはエルミーゼにとって盲点だった。
最近は信心もずいぶんと適当になってきたので(前世であれほど献身したのに神様は助けてくれなかったじゃんとやさぐれ中)、神の目とか知らんがな、と言いたいけれど、立場的なものがある。
「むう……」
どうやら、このペラペラ聖女服で山籠りは避けられないらしい。むっちゃブルーになっているエルミーゼに、さらなる追い打ちがかけられる。
「それと、小聖女アリアナの聖女降誕の儀を執り行いますので参加をお願いします」
「…………!」
すぐに反応ができなかった。
それは『小聖女アリアナ』の名前に精神が過剰に反応したためだ。
前世において、小聖女アリアナは苦手な人物だった。
王国の状況が次々と悪化していくなか、聖女エルミーゼの立場もまた急速に悪化していく。
教会における急先鋒の一人が小聖女アリアナだった。徹底的にエルミーゼを弾劾し、あるいは黒い噂を流し続けて様々な手口で苦しめてきた。
冷たい牢獄に捕えれて、いつ処刑されるかわらかない日々を過ごしていたとき、アリアナは姿を見せた。
アリアナは銀色の髪が美しい細身の女性だ。歳はエルミーゼより若く、その頃は16歳か。
彼女は牢の外からエルミーゼを見て、ふふふ、と笑った。
「無様ですね、お姉様。どうですか、そちらの居心地は?」
「アリアナ、どうして、どうしてこんなことを……」
「あなたが悪いのです、お姉様。あまりにも完璧で絶対すぎたから。あなたのような人間がいてはいけないのです。とてもとても……私を不快にさせる」
そんな意味のわからないことを言ってから、こう続けた。
「あなたの処刑の日が決まりました。聖女エルミーゼは火炙りによって天に召されます。きっと天国で良い席が与えられるでしょう――ああ、あなたは地獄に落ちるから関係ありませんね?」
自分の言葉が気に入ったのか、アリアナは大笑いした。
そして、その笑いの余韻を残したまま、足音を響かせて牢獄から去っていった。
ありありと思い出せる。一瞬にして気分が滅入った。
(……あのアリアナが出てくるのかあ……)
憂鬱の極みである。
10年前はまだまだ子供だったけど、かわいげのあった記憶はない。
そんな苦手な人物との再会はストレスである。ストレスが高じたせいだろうか、エルミーゼの頭はとんでもない閃きを手に入れた。
(そうだ……霊山といえば――!)
霊山はミズリー連峰を構成する1つの山でしかない。同じミズリー連峰内にあるトール高原は絶景が楽しめて、さらに温泉地で有名だった。
(絶景! 温泉!)
それだけでエルミーゼの脳内に快楽物質が出た。
昔からずっと気になっていたのだ。霊山にはちょくちょく行くのだけれど、その近くのトール高原にはいったことがない。
貴族たちから「あそこは素晴らしいところだよ!」「最高の骨休めだ!」なんて聞かされて、いつか言ってみたい場所であった。
計画はこうだ。
山籠りが始まると同時に、エルミーゼは霊山を脱出する。山を移動してトール高原へと向かう。温泉宿には聖女ではない一般人として宿泊、のんびりと過ごす。終わったら、再び連峰を移動して霊山へと戻る。
そして、しれっとした顔で「修行しましたよ? 頑張りましたよ?」という顔で下山する。
完・璧・す・ぎ・る!
山籠りという、誰の干渉も受けない状況だからこそできる荒技である。誰も見ていない環境だからこそ可能。神の目がある? 知らんがな!
(ていうか、そもそも霊山と高原は連峰で繋がっているんだから、ある意味で高原も霊山では?)
そもそも、山とはどこからが山でどこからが別の山なのか? それはもう、人が決めただけでの境目でしかないのでは? であれば、高原で過ごしても立派な聖女の山籠りでは?
超解釈である。
超解釈でエルミーゼは己の良心を黙らせた。
(アリアナとの再会は息苦しいけれど、楽しいことがあると思えば!)
そう悪くはない。
それにこう……山籠りを華麗にサボって温泉地でバカンスとか、完璧に悪女である。エルミーゼ的には聖女ではなく悪女な感じである。そこも気に入っている。
(ふふふ、悪女エルミーゼとは申し分ないんでは!?)
意外とポジティブな気持ちでエルミーゼは山籠り(温泉バカンス)の日を待ち侘びた。
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